まずは友達から
「俺の伴侶になってくれ!」
「タイム‼︎」
ありえない言葉が聞こえて反射的に叫んでしまった。一体これはどういう事だろうと頭を抱えてしゃがみ込む。俺は王子サマとは今日初めて出会った。だというのに一目惚れとは、つまりあのフリーズは俺との出会いに運命を感じていたということだろうか。ハンクさんの事についてやけに食い下がってきたのもそういう事なのか。
頭の中に次々浮かぶ疑問と状況証拠から導き出される答えに混乱する。
「というかそもそも!俺男だぞ!お前も男だよな!」
勢いよく立ち上がって詰め寄れば王子サマは目を丸くした。
「お、俺が女に見えたのか?確かに綺麗な顔立ちだと言われることはあるが女性と間違われたのは初めての経験だ」
「頬を赤らめるな、そう言う意味じゃない!……お前がカエル女に呪われた第一王子サマだよな?て事は次期国王陛下って事だろ?だとしたら世継ぎの望めない相手との結婚なんて……」
「いや、俺は継がない」
「はぁ⁈」
バカ王子の言葉に開いた口が塞がらない。目の前の男は今何と言ったか。継がないと言ったよな。そんなの許されるはずがない。
基本的に大きな問題がない限りこの国では生まれた順番で全てが決まる。眠り姫の呪いはあれどそれ自体は命を脅かすものでもなければ遺伝することもない。公務に多少の支障は来すだろうが、彼を王位継承権第一位の座から引き摺り下ろせる理由にはならないはずだ。だと言うのにこの坊ちゃんは何を寝ぼけたことを言っているのだろう。しかし王子サマときたら取り乱す俺に対し奇妙なくらい冷静だった。
「これは公になっていないのだが俺は王が侍女にお手付きしてできた子供なのだ。王の子だからと王妃様が後見人になってくれたから今の地位があるが血筋の正当性から言っても継ぐべきは王妃の息子であり第二王子のドミニクなのだ」
そう言った王子の顔はどこか表情が固かった。きっと俺には計り知れない何かがあるのだろうが生憎関わりたくないので深く突っ込むつもりは無い。
「そんなっ……ん、待てよ?その話部外者にして許されるやつなの?」
王家のドロドロ昼ドラ事情なんて本来一介の薬草オタクが知って良い内容じゃないと思うんだが。嫌な予感がして王子を見れば穏やかでありながら怪しげな笑みを浮かべた。不安が確信に変わる音がする。
「もちろん知った者は生かしておけない国家機密だ。だから、お前ももう俺のものになる以外に生き残る方法は無い」
「そんな!」
頭のキレる腹黒軍師のような顔で片側の口角だけ上げる王子サマ。王子と言うかもはや悪魔だろコイツ。見た目とフリーズに騙されたがそりゃ腐っても第一王子なのだから頭は切れる方なのだろう。と言う事はこれまでのは全て俺を油断させるための演技だろうか。
「俺に告白したのもこの流れに持っていくための布石か……?」
「何を言っているんだ、俺は貴方を本気で伴侶にしたいと思っている」
この曇りなき眼を潰しても許されますか。
状況を整理しようと溢れた独り言を拾い上げて王子サマは輝く微笑を浮かべる。それを見ているとさっきの悪魔の様な笑みなど記憶の彼方に消え去り目の前にいる男が大天使に見えてくるから不思議だ。
「呪いを解く方法は二つ。一つは解呪の魔女に依頼する事。そしてもう一つは真実の愛を見つける事……だろ?」
堂々と言う王子サマにたまらず噴き出す。彼は目を点にして瞬きを数度繰り返した。その顔ヤメロ。
「真実の愛って……はっ、そんなお子ちゃまみてえな伝説本気で信じてんのかよ。ばっかじゃねーの」
目に涙を溜めて笑えば流石にこれは気に障ったようで王子サマの顔が険しくなる。けれどそれに怯むような俺じゃあない。何せ今の俺はコイツのせいで無敵の人状態だからな。
「たとえ真実の愛で呪いが解けずとも、俺は貴方とこの先も生きていきたい。だから、貴方が何と言おうと俺は貴方を手に入れて見せる」
「……何で俺にそんなにこだわるんだよ。あのさ、一目惚れなんだろ?俺こんなに口も態度も悪い愛想無しの嫌なやつじゃん。何でそんなこだわるんですかね?」
お前も嫌いになれよ。俺のことなんて。つーか好きなフリすんなよ。どうせ俺を利用して魔女に繋げてもらいたいだけだろ————あ。
「そうか……ふむ、お前の提案条件付きでよければ受け入れよう」
取り繕うこともやめて太々しく言ったのにキラキラ王子サマは俺の繰り出した嫌味を避けて子供のように笑う。ずるいずるいずるい!
「ほ、本当か?条件は何でも飲む!ああ……良かった」
目元に涙を滲ませ破顔するイケメンとかズル過ぎるだろ。今から出す条件を口にしづらくなるほどの純粋さだ。ぐぎぎと歯を食いしばれば王子サマは嬉しくてたまらないとばかりに目が合った瞬間また花が咲いた様に笑みを浮かべる。ほんっとずるい。
「条件は二つ」
「何でも言ってくれ」
纏う空気がぽやぽやしててちゃんと聞いているのかは不明だがむしろ今のうちに条件を並べて頷かせた方がいいかと単刀直入に言わせてもらうことにした。
「まず一つ目は、自由に外出させてくれ」
「わかった、取り計らっておこう」
あっさり降りた外出許可に内心小躍りする。これで城周辺の生態系について知ることができるし薬草採取もできる。なんなら鍛えてコイツを超えるなんてのも————いや、俺はそんなキャラじゃない。頭を振って冷静になるよう深呼吸を繰り返す。どうやら思った以上に俺自身嬉しくてハイになってるみたいだ。
咳払いして浮かれた様子の王子サマを見つめる。本題はこちらだ。
「次に二つ目だが————まずは友達から始めよう」
「よし、わかっ……ぇ?」
面食らったように惚ける顔もやっぱり綺麗だな。顔交換してくれねえかな。
思いがけない条件だったのかここに来た時と同様固まってしまう第一王子サマ。俺は柵の隙間から指を伸ばしてその肩をつついてみる。すると確かな弾力が伝わってなんだか面白い————じゃない。
つついていると指が掴まれ王子サマの顔が柵に触れそうなほど近づいてくる。
「友達からとはどう言う意味だ?俺は今すぐ君と結ばれたい。そのために……!いや、なんでもない」
意味深な発言など無視だ無視。とばかりに俺はスルーしてこれ見よがしに腕を組むとじっとりと奴を睨みつける。
「俺にだって心の準備ってもんがある。お前が俺に一目惚れしてようが、お前がこの国の主人だろうが関係無い。俺の要求を飲めないならこの話は無かったことにしてくれ」
「……わかった。でも俺のこと好きになってね」
王子サマは跪くと床に触れる俺の黒髪を一束掬い上げそっと口付けをした。それはこの国では永遠の服従を意味し、一般的には貴族の結婚式で行われる儀式だ。
「なっ……友達相手にこんなことすんな王子だろ」
顔が熱くなるのを感じて慌てて背を向ける。バレてなきゃいいが今のは俺でも心が揺らいだ。ずっと見上げていた顔は見下ろしてみるとまた違った趣があるのだ。激しく動く心臓に鎮まれと心の中で必死に唱える。俺は人を好きになっちゃいけないのだから。
「今日のところは帰るが……また明日訪ねてもいいだろうか」
「勝手にしろ」
階段を降りていく音が聞こえなくなって俺はゆっくりとベッドに近付き倒れ込んだ。なんだか今日は疲れた。まさか王子サマが訪ねてくるなんて。それも求婚してくるなんて。
「さすがに冗談がすぎるよな……」
こんな何の取り柄もない平民に結婚を申し込むなんてありえない。でも、こんなやり方で俺を利用しようだなんて王子というやつは相手の気持ちを覗くことができるのだろうか。だから、こんなにも残酷なことができるのだろうか。
知らないとして————むしろ知らないことが前提なのだが————偶然の産物だとしたら、俺は死んで生まれ変わっても幸せになれないってことなのかな。
丸い月が室内を照らしてあの日を思い出しダンゴムシの様にベッドの上で丸くなった。どのくらいそうしていたのか、まだ月はそこにいて腹の虫が乾いた部屋に虚しく響く。
「ああ、飯食ってねえじゃん……」
ゆっくりベッドから降りるとすっかり冷めた料理にスプーンを付ける。さすがは城で食える飯だ。ハーブの香りや味付けのおかげで冷めても十分美味しい。
すっかり平らげると雑誌を読む気になれず窓から外を眺めた。街の明かりは疎らでどうやら寝静まっているらしい。警備隊のためのガス灯だけが線を使って道を照らしている。
「……本当、異世界だよな」
目を閉じればここに来た日のことを思い出す。けれどその度に前世の自分が薄れていく。最近では親の声が朧げでそれでも浴びせられた言葉の矢だけはこびりついていて意味もないのに耳を覆いたくなるのだ。
「明日は面白いことがあるといいな」
星に願いを乗せて夢の世界へ落ちて行った。
…
翌朝、東の空が明るくなる頃に目が覚めた。ここ数日の中で最もスッキリとした朝に良いことがあるかも、なんてロマンチックなことを呟く。
「起きたか」
その声を聞くまで本当に良い朝だった。
自分以外誰もいないはずの部屋で声をかけてくる奴がいる。それだけでも心臓が飛び出そうな恐怖なのにその相手が友達(仮)というのがまた怖いを超えて気持ち悪い。これがヤンデレってやつなのか。
涼しい顔で柵越しにガン見する王子に恐る恐る声をかける。
「なんでここに……?」
至極当然の疑問をぶつければ王子サマは小さく首を傾げた。え、俺がおかしいの?
「朝起きた時真っ先に見るのは愛する人の顔が良いと思ってな」
「そんな事のために来たのか?……バカだなぁ。つーかアンタの部屋からここまで誰にも会わずに来るなんて不可能だろ」
忍者のようにこっそり周りを伺いながらここまで来ようとする王子サマを想像して噴き出す。見たことはないが侍女や兵士が徘徊してて結構な無理ゲーだと思うのだが。
「だから、ハルトヴィヒと会うために日が昇る前にここに来て寝直したんだ」
「え、キモ」
思いがけない告白に自然と口が動いた。
さすがにショックだったのか王子サマは微動だにしないまま目にうっすらと涙を溜めて俺を見つめてくる。絶妙に罪悪感を刺激される顔が腹立たしい。
「……キモくても構わない。ハルトヴィヒが俺のことを見てくれるなら、俺だけを見てくれるならそれでいいよ」
優しい顔でそんな事を言われると行動のキモさが緩和されるの本当にずるいわ。甘いマスクうぜえ。ニコニコと花を飛ばす王子サマに舌打ちして俺は木製の椅子に腰掛ける。小指に何かが触れ、見てみれば昨日読み損ねた雑誌だった。
王子サマを追い出してじっくり読もうと声をかける。
「で?」
「ん?」
「……顔見に来ただけか?」
それならさっさと帰れと言おうとしたがさすがは王子サマだ。俺に追い返されないよう先手を打っていた。
「いいや。昨日話していた外出について許可を貰ってきたんだ。……よければ朝食の後に一緒に出かけないか?」
「……昨日の今日だぞ?」
目を丸くする俺にヒルデブラントは屈託のない笑みを浮かべた。
「愛する人の頼みだ、当然だろう?」
「……お前、眩しいな」
「?」
「いや、せっかくのお誘いだからな。断る理由は無い」
俺の返事に王子サマは「準備がある」と言って帰って行った。それと入れ違いにハンクさんがやってくる。
「またお貴族様か?こんな朝っぱらからご苦労なこった」
「はは」
お貴族様と言うか王子サマなわけだがそんな事を言って萎縮させるわけにもいかないので黙っておく。
「まあそりゃあ慌てるよな」
「?」
「おめでとう、ハルトヴィヒ。なんだか寂しくなるよ」
「何の話ですか?……もしかしてハンクさんこの仕事辞める気ですか⁈」
降って湧いた死活問題に頭が真っ白になる。鼻を啜って良い感じの空気を醸し出さないで欲しい。ハンクさんがいなくなったら俺は間違いなくコミュ障発揮してコツコツ溜め込んだ道具や薬を捨てられ死んだような日々に戻ってしまう。
「な、なぁ……もしかしてお前何も知らないのか?」
頭を抱えてこの世の全てを呪う俺にハンクさんは遠慮がちに尋ねる。知らない、とはどう言う事だろう。交代について何も聞いてないということだろうか。それならその手の報告はハンクさん経由でしか入ってこないし貴方が言わなきゃ知りようがありませんよと乾いた笑いが溢れる。
「……ええ、ハンクさんとのお別れは初耳です」
せめてもっと早くわかっていたら心の準備を済ませてこれまでの感謝を込めたプレゼントを調合したのに。俺とハンクさんの仲なのにあんまりだ。いや、仲が良いと思っていたのは俺だけでハンクさんからしたら俺は単なる仕事上の付き合いであり監視対象でしか無かったのかもしれない。泣きそう。
「なんだ、てっきりもう聞いたのかと……」
困ったように笑うハンクさんはいつも通りで、全く嫌味が無いから責める気になれなくて悲しさだけが募る。思えばここにきてからハンクさん以外の人間とほとんど関わりを持たなかったので自分でも気づかないうちに依存していたようだ。
「ハンクさん、お元気で……」
「お前今日付で故郷に帰れるらしいぞ!」
「……は?」
俺の声に被せるように響いたハンクさんの声。その意味が理解できなくて間の抜けた声が出る。涙を滲ませるハンクさんの噛み締めるような「良かったなぁ」が無ければ理解するのにさらに時間を要したことだろう。
「帰れる?」
「おう!」
「誰が?」
「お前だよ!」
「え、え、えええええええええええ⁈」
その時の俺の声は塔の外を飛び出して城下町まで轟いたとか。
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