第20話
朝日が部屋に差し込む。
窓から見える木には小鳥が止まり、耳触りの良い鳴き声が聞こえた。
フェリスは目を覚ます。
体内時計を調整するために寝ずに夜まで過ごしたのもあり、使用人をしていた頃よりも遅い時間の起床だった。
懐かしい夢を見た気がする。
フェリスは身支度を整えオズの部屋に向かった。
「おはよう」
「ああ、おはよう」
オズはカップを片手に返事をした。
飲み終えたようで、ミアがそれを片付ける。
「今日はミアと町の者に話を聞きに行くんだったかな?」
「そうなの。魔王討伐隊がこの町の人たちにとってどんな人たちだったか気になるし、それに……」
フェリスは少し言い淀んだ。
直感は真実だと告げているが、誰も知らない話だから自信がなかった。
「ママの話が本当だったか確かめたいの」
寝物語の冒険譚。
いろんな町を巡って仲間を集め、魔王を討伐しに行く英雄のお話はフィクションではないのではないか。
何より、真実の先にハッピーエンドがあれば良いとフェリスは思っている。
「あと、せっかく領主様から頂いた教養を深める機会だもの。逃すなんて惜しいこと、できない」
領主様や屋敷の仲間たちに忘れられても、彼らから与えられたものは消えない。
屋敷での記憶は欠片でも取りこぼしたくなかった。
「君は忘れられてもまだあの領主が好きなんだな」
「まだ気持ちの整理は出来てないけど、大切な方なのは間違いないから。忘れられても私は変わっていないし」
彼からすれば他人の、ただの平民のフェリスが一方的に慕うことを烏滸がましいと咎める者もこの場には居ない。
「妬けるな。俺も君を大切に扱っているつもりだが」
「今の私の面倒を見てくれていることには感謝してる。でもそれとこれは別なの」
物心つく前から面倒を見てくれていた領主様とこの吸血鬼がフェリスの中で同等になるには、少なくとも同じだけの年月が必要なのではないかとフェリスは思った。
少なくとも今は絶対にオズに天秤が傾くことはないだろう。
「オズは小さい時からお世話になった人とか、いないの?」
フェリスの問いにふむ、とオズは顎に手を当てた。
「人間には世話になってないな。それに借りは返す主義でね。そういった存在は居ないな。世話になった者が居たとしてももう生きてはいないだろう」
オズの言葉に、そういえばこの男は300年以上生きている吸血鬼だったことを思い出す。
人間以外の種族がどれくらいの寿命なのかは知らないが、見送った者がたくさんいるのだろうとフェリスは思った。
「さて、俺はそろそろ眠るとしよう。存分に探索するといい」
オズはそう言って寝室へと向かった。
話している間にミアが朝食を調達してきたようで、話が終わるのを待っていたようだ。
フェリスの朝食をテーブルに並べる。
スクランブルエッグにベーコン、サラダ、三日月型のクロワッサンが用意された。
出来立てのようでまだ湯気がたっている。
「いただきます!」
元気に朝食を平らげた。
身支度を整えるのに、ミアに声をかける。
「ミア、今日は前に着てたワンピースが着たいんだけど」
「分かった」
するとメイド服のエプロンのポケットにミアが手を入れる。
そこからワンピースが現れた。
しわなどは特になく、新品同様にきれいな状態だ。
予想外の場所から取り出されたが、人外相手に驚くことにももう慣れた。
フェリスはワンピースを受け取り、自室で着替える。
ミアにヘアセットをしてもらおうとオズの部屋を訪れると、片手にコーム、もう片手にリボンを用意して準備万端という状態だった。
ありがたくヘアセットにメイクまでしてもらう。
これで中流階級のお嬢様程度には見えるだろう、と鏡を見てフェリスは思った。
平民の出で立ちよりも階級が上に見えれば聞ける話も増えるだろう、という作戦である。
「行こう、ミア」
「わかった」
今日もミアの返事は素っ気ない。
しかしその表情は満足気である。
外に出る前にフェリスは宿屋のフロントに話しかけることにした。
フロントには若い女性数人と年かさの男性が立っている。
フェリスはとりあえず、と手近にいた女性に声をかけた。
「ごきげんよう。ちょっと伺いたいことがあるのですけれど」
お嬢様を気取ってフェリスは話す。
「おはようございます、お客様。なんでございましょう?」
「この町に魔王討伐隊が訪れた時の話を聞きたいの。何か知っていることは無いかしら?」
「かしこまりました、少々お待ちくださいませ」
こういった質問に慣れているのだろう、女性は年かさの男性に声をかけバトンタッチした。
男性は流暢に話し始める。
「当宿には魔王討伐軍ご一行様が宿泊されました」
ここはこの町で一番大きい宿屋である。
予想できた答えだった。
「お客様のお連れの方が宿泊されているお部屋にはご一行様の中でも第三王子様がお泊りになったんですよ」
「あら、そうなんですの」
歴史書にも王子が同行していたのは記載があったが、まさかその王子様と同じ部屋に出入りしていたとは思っていなかったフェリスは少しの感嘆を表に出した。
喜色を滲ませるのも忘れない。
相手に気持ちよく話させるためにリアクションは大切だ。
「他にも当時側近だった現宰相様や近衛隊長になった方もお泊りになられました」
自らの栄光を話すかのようにプライドを感じさせる話し方で男性は語った。
どんな人間が泊まったかを自信満々に答えるこの男に、フェリスは本題を問いかける。
「他に誰か、特別な方はいらっしゃらなかった?」
――例えば寝物語の英雄のような、一目置かれた誰かが。
内心の期待を見せないように気持ちを落ち着かせながら、フェリスは答えを待つ。
「特別というと……そうですね、珍しい、という意味で言えば真っ白な髪をした若者が居ましたよ。貴族には見えませんでしたが第三王子様とも親し気な様子で印象的でした」
期待していた答えが返ってくる。
顔には出さないが、胸の中に大きな塊が入ったような感覚がした。
「それと一人だけ女性がおりましたな。ちょうど、あなたのようなピンク色の瞳の美しい方でした。珍しい色でしたので記憶によく残っています」
確かに、自分の瞳の色は珍しい。
自国で同じ色を持った人間を見かけたことは無かった。
他国でも珍しい色彩だというのをフェリスは初めて知る。
歴史書や家庭教師の授業ではそんな事、教わらなかった。
だがそれ以上に、特別な人間がいた事が脳内を占めていた。
外見が特別目立つだけだが、それだけでも十分な収穫だ。
「ありがとう。面白い話が聞けて楽しかったわ」
「とんでもございません」
「わたくしは外出してきますわ。ごめんあそばせ」
「いってらっしゃいませ」
男性とその他従業員の礼を背に受けながらフェリスとミアは宿を後にした。
宿を出て、人気のない場所を探してフェリスは歩く。
通りを外れて路地裏に入ると、フェリスは小さく歓声を上げた。
「英雄って、本当にいるかも!」
フェリスは令嬢の見た目にあるまじき勢いで拳を天に突き上げた。
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