第12話
世間では服装が身分を語る。
庶民、貴族、商人、冒険者。その他にも職に応じた服装が身分を示す。
簡素な服に上からフードのついたマントを羽織る姿は誰がどうみても冒険者だった。
だというのにオズはつばの広い帽子をかぶり、スーツの上から丈の長いコートを身に纏っていた。その首には白いマフラーがだらんとかかる。いかにも怪しげな風貌で、伸びた背筋や上品な仕草から隠しきれない高貴さは感じるものの身分は読み取れないその恰好は大変目立つ。
ミアは相変わらずメイド服だ。
ちぐはぐな三人組の出来上がりである。
「準備はいいかな?」
「う、うん」
宿屋の前には簡素なつくりの幌馬車が停まっていた。
貴族向けの豪奢な街並みから、その素朴さは浮いていたが気にする人間はこの場にいない。
二頭立てで、馬たちは大人しく止まっている。
御者席にミアが乗った。
続いてオズが荷台に乗る。
フェリスもそれに倣って荷台に乗った。
二人が乗ったことを確認してミアが馬車を動かす。
馬車は西の国へと向かっていた。
魔王討伐隊のスタート地点はここよりずっと西だからだ。
ガタゴトと揺れる馬車で、フェリスは舌をかまないよう気を付けながら口を開いた。
「色んな馬車をもってるのね。こういう馬車、初めて乗る」
「旅用の目立たない馬車さ。昔滅ぼした村から拝借したものでね」
物騒な話にフェリスは慄く。
「この前の馬車は没落した貴族から徴収したものだ」
いわくつきのものばかりこの男は持っているらしい。
昨日は優しいと思っていた相手が十数年前まで敵対していた魔族だったことをフェリスは思い出す。
「流石に服は魔族の仕立て屋のものを着ているよ。すべてがすべて人間から奪ったものではない」
魔族にも仕立て屋がいることにフェリスは驚いた。
想像もしていなかった事だった。
「人間が生業にしていることは魔族も生業にしている者がいるよ。何もかも同じというわけでもないがね」
確かに吸血鬼のように人型の魔族はいる。
異形のものもいるのは知っているが人型の魔族のために衣服は必要不可欠だろうことは、言われれば容易に想像できた。
ガタガタと揺られながら、街を抜ける。
あたりは森が広がるばかりで、人っ子一人いなかった。
何せ時刻は夜である。当然のことだった。
昨晩、夕食中に今日の予定を話した。
夜に出発すると聞いた時は目を見開いたものだ。
しかし彼は夜の眷属だ。彼にとっては当然のことだったらしい。
馬車の中は天井につられたランタンが灯りを灯してくれていた。
フェリスは後部に垂らされている防水皮の隙間から馬車の外をのぞく。
夜闇を月明かりが照らし、木々のざわめきがより鮮明に聞こえた。
不意に、馬車の揺れが無くなったことに気が付く。
木々の葉が近くに見え、下を見ると馬車の影が見える。
勢いよくフェリスは御者台を振り返った。
そこにはミアと、二頭の羽の生えた魔物がいた。
「う、馬は!? 馬車じゃなかったの!?」
宙に浮かぶ馬車。それをけん引する謎の魔物。フェリスを混乱させるには十分だった。
「少しの間見た目を誤魔化していたんだ。彼らはワイバーン。下級竜さ。俺の足としてよく使っているよ。なに、安心するといい。朝には目的地についているさ」
「こ、この馬車、浮いて……」
「道を走っていたら日が昇ってしまうだろう?」
当然の事のようにオズは言った。
みるみる内に馬車改めワイバーン車は高度を上げていく。
それと同時に速度が上がったのが肌でわかった。
御者席から流れて来る風が強くなったからだ。
ランタンの炎が揺れる。
ぶるりとフェリスは肩を震わせた。
「おや。この風は寒いね」
パチンとオズが指を弾く。
風がぴたりとやんだ。
なにもかもが出鱈目だ。
フェリスの中の常識がガラガラと崩れ落ちていく。
「人間は地面を這いつくばることしかできないのだろう? せいぜいこの空の旅を楽しむといい」
オズが楽しげに言った。
しかしフェリスは楽しむというよりも、地に足をついていないことへの恐怖が勝って膝を抱えた。
「こ、こんなの、こんな、……オズは、楽しいの?」
「普通だね。君は馬車に乗っていて楽しいと思うのかい?」
当然のことを聞かれたかのようにオズは言葉を返す。
人にはせいぜい楽しめと言ったのになんたる言いぐさか。
独特の浮遊感がフェリスを襲う。
耳を圧迫するような感覚がして痛くなった。
「耳、痛い……」
「そういう時、人間は耳抜きというものをするらしい」
こうしてごらん、とオズが鼻をつまみ手本を見せた。
それを真似すると途端に耳が楽になる。
「すごい! 誰に教わったの?」
「昔飼っていた人間がしていたよ。王都で時計塔の世話をしていた人間だったかな」
飼っていたという言葉に衝撃を受ける。
フェリスもまた、オズにとって飼っている人間の一人なのだろうか。
自らの尊厳が失われていく感覚がした。
先日全てを失ったと思っていたがこれ以上失うものがあるとは、と逆に関心さえした。
「ああそうだ、君は飼っている訳じゃない。そうだな……君の処遇は居候のようなもの、だろうか」
どうやら扱いはペットではないらしい。人として扱われていることにフェリスはほっとした。
「養っているから居候ともまた違うな。君の処遇は筆舌に尽くしがたい」
オズは悩まし気に眉をひそめた。
真剣に考えてくれているようで、それが少しうれしくてフェリスは笑みがこぼれる。
「……何を笑っている?」
「真剣に考えてくれてるのがうれしくて」
その返答にオズは訳がわからない、という表情をした。
いつも支配者の立場にいるのであろう彼には分からないことなのかもしれない。
あれこれと話している内に夜明けは近づいてくる。
朝日を届けるように車は西へと進んでいった。
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