第9話
フェリスは朝日が昇るのと同じ時間に目を覚ました。
使用人だったあの屋敷に住んでいた頃と同じ時刻である。
その事に気づいて、屋敷から忘れられてもこの身には思い出が残っている事を再確認した。
フェリスはその手に母の形見の真珠の指輪が握られていることに気づく。
今フェリスが持っている唯一の自分のもので、唯一の母の形見だ。
改めてまじまじとそれを見つめると、いつも母が寝る前に語ってくれた物語を思い出した。
この国を救ってくれた英雄様の冒険譚。
最後は星になってしまうという終わり方だった。
そこまで聞けたのは何歳だったか。
大好きな話だったのに、辛い終わり方をして初めて聞いた時には涙をぼろぼろこぼしたのをよく覚えている。
母のオリジナルのストーリーのようで、知っている者は屋敷に自分しか居なかった。
ふとフェリスは思いつく。
母が語った物語は全て覚えている。
それこそ、今諳んじろと言われればすぐにできるほどに。
語られた舞台は全て現実にある地名であることを、フェリスは知識として知っていた。
お屋敷で家庭教師に教わった時は感動したものだ。
魔王討伐隊の軌跡と同じ道を物語の英雄も通っていた。
それからフェリスは母が歴史をやんわりと教えてくれたのだろうと思っている。
(まあ、それならハッピーエンドが良かったけど)
確かめようにも、学んだのは居なくなってからで、答えは一生分からない。
指輪を見つめていたフェリスは思う。
――同じ道をたどれば、答えがわかるだろうか。
それが脳裏によぎった瞬間、あれほど迷っていた行き先が決まった。
フェリスは着替えがないので寝巻きのまま寝室を出る。
「ミア、いる?」
「ここに」
すぐ横から声が聞こえた。
フェリスが驚き振り向く。
そのしっぽはいたずらにゆらゆら揺れていた。
「その……着替えってある?」
「これ」
そう言ってどこから出したのかミアは手にフェリスの着替えを手にしていた。
今度はピンク色のワンピースだ。
昨日と同じく貴族の令嬢が着るような上等なもので、中のシャツは首元からフリルがついている。ピンクのシャツはパフスリーブになっていて、裾にはレールがあしらわれている。腰元にはコルセットが飾りのようについていた。
フェリスは着る前から窮屈な気持ちになる。
「素敵なワンピースなんだけど、その……平民向けの服ってない?」
「
フェリスはミアから異論は認めない、という言外の圧を感じた。
「そ、そんな滅相もないです! ありがとうございます」
「よろしい」
蛇に睨まれたカエルのように震え上がったフェリスはワンピースを受け取り、一度寝室に戻って着替えた。
着替え終えて主室に戻ったころ、ノックの音が響く。
フェリスが返事をすると眠そうなオズが出てきた。
「君、もう起きたのか?」
「そうなの。オズはこれから寝るの?」
「そうだね。これから寝ようとしていたころにミアと君が話す気配がしたんだ。何か困ったことは?」
またミアから圧を感じる。
平民向けの服を用意してくれとはとても言えなかった。
上等なものを用意してもらっているのにこれ以上文句を言う勇気もない。
「特にない。あっ朝ごはんは何?」
「ミアが用意してくれるだろう」
眠そうにオズはあくびをした。
「そういえば、私行きたいところが決まったの。眠そうだからあなたが起きてから話そう」
「そうしてくれると助かる。朝は俺の時間ではないからね。それじゃあ俺は寝るよ。何かあったらミアに言いつけるといい」
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
オズは部屋へ戻っていった。
起きてすぐにおやすみを言うのはなんだか不思議な気分になる。
今から寝るなら起きるのは夕方だろうか。
それまで何をしようかフェリスは思考を巡らせる。
悩んだ末、フェリスは街を散策することにした。
ミアにお願いし朝食をすませ、身支度を整える。
シャツを着て上からワンピースをかぶるところまでは良かった。
コルセットが後ろで縛る形になっており、ミアに助けを求めることにする。
それからは早かった。
ミアはドレッサーにフェリスを同行し、あっという間に化粧と髪を仕上げていく。
「ありがとう、ミア」
「別にいい」
外に出る前に日傘を貰う。徹底したお嬢様扱いにフェリスは着ているワンピースのコルセットが更に閉まった気がした。
「あれ? あなたも?」
フェリスが外に出ると、ミアも着いてきた。
「お金もないのに外へ?」
ミアは不思議そうな顔をする。
魔族はウインドウショッピングなどはしないのだろうか。
「見るだけでも楽しいの」
「ひやかしが楽しい、と」
「ひやかしじゃない、ウインドウショッピング!」
人聞きが悪い、とフェリスは訂正した。
庶民には何でもかんでも変える財力は無い。見て楽しむのも楽しみの一つだ。
フェリスはどこから回ろうか思案する。
(せっかくご令嬢みたいな服装だし、貴族向けのお店を見て回ろうかな)
フェリスは上機嫌に街を歩く。
外は気持ちのいい快晴だ。
日傘をさし、気分はどこかの貴族の令嬢だった。
スタート地点が高級宿だったためさして歩かずに貴族向けの店が揃う場所に着く。
いつもは通りがかるだけだったが今日は違う。
店の中まで入れるのだ。
それだけでフェリスにとっては十分贅沢だった。
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