2. VS 刈谷FK

次に刈谷FK戦を振り返っていこう。刈谷FKは愛知県刈谷市をホームタウンとするチームであり、地域密着を理念にN1を戦い抜いてきた。


六月二六日、Nリーガも折り返し地点となるこの試合では会場となる大高グリューンシュターディオンが、藤色に染まった。


 ではフォーメーションを確認してみよう。刈谷FKの基本フォーメーションは四-四-二、対して真岡シュピーゲルは四-二-三-一というフォーメーションをとった。こうするとツートップ以外の選手の立ち位置はミラーゲームとなる。


真岡シュピーゲルの基本フォーメーションではピッチ内で上手く嚙み合わない部分が発生する。その場合に備えて対応するよりも、ミラーゲームに持ち込む方がリスクは低い。監督はそう判断したらしい。


 刈谷FKは長年四-四-二を主体とした戦いを続けており、李洪然監督も選手たちも、戦術の弱点を熟知しているといっても過言ではないだろう。


この戦いにおいて鍵となるのは鏡の中で唯一噛み合わない部分にあたる、真岡シュピーゲルの縦関係となった二人の選手だ。


慣れない戦術ということもあり、前半戦、真岡シュピーゲルは中央から正面突破を狙った刈谷FKに対し、サイドからの攻撃を警戒しすぎた中盤の選手たちが思い切って動くことができず、前線に生じたスペースを使われ、先制を許してしまう。


しかし前半アディショナルタイム、セットプレーから一点を返し、前半戦は一対一のドローで終わりを迎える。


 後半戦、刈谷FKの執拗なマークを外すことを試みた真岡シュピーゲルは、キーパーからのロングパスを用い、空中戦に持ち込むことで相手チームを錯乱させることを狙う。これが功を為したのが後半二七分のことであった。


キーパーである片岡のパスから始まった真岡シュピーゲルの攻撃は、右サイドバックの村瀬のクロスでチームの狙い通りの空中戦に入る。


これを取りにトップのエレメンコフが走ると、彼の後ろ、トップ下の佐藤悟についていたディフェンスもエレメンコフを止めるために走り出す。こうしてフリーになった佐藤がボールを奪い、スペースのある左サイドへと一直線に疾走し、キーパーとの直接対決を決めきった。


この試合はこのまま終了し、スコアは一-二。真岡シュピーゲル、初の逆転勝利だ。


 N1リーガの試合日程の半分を終えた刈谷FK戦の終了後、選手たちはこの勝利をサポーターと共に分かち合っていた。


特に逆転ゴールを決めた佐藤は何度もサポーターにありがとうございますと繰り返し、キャプテン水田も、序盤の四連敗からここまで、見捨てずに応援をしてくれたとサポーターへ感謝を示していた。


ロッカールームでも勝利への興奮は冷めやらぬ様相を見せており、特に連携が光っていたといえるエレメンコフと佐藤は清水監督からも、そろそろ二人に凄いプレーが生まれると思ってたよ、今朝星座占いにそう出てたもん、と冗談を交えながら褒めていた。


 ここから先の試合は全て、一度戦った相手との再戦となる。勿論、開幕戦で大敗を期した東亰FK戦も待っている。加えて、猛暑による中断期間を経て、チームの立て直しが行われる。当然、一度勝利したことのあるチームにもう一度勝つことが出来る保証はない。


 だが、そのようなことを真岡シュピーゲルの選手たちは恐れていない。遥か後方の自陣から放たれるパスを難なく受け取り、相手のネットを揺らすことを何度もしてきた若きストライカー、ルスラン・エルメンコフは楽しみですと語った。


「試合に出られるようになって、チームの皆のおかげで活躍もさせてもらっている自分が言うべきことではないのかもしれませんが、より強くなっているんだろう他チームに挑めるのは、楽しみだなあって思います」


そのためには、もっと練習して、監督に試合に出してもらわないといけないですね、とどこか緊張交じりにインタビューを引き受けてくれた彼だったが、より強いチームに挑むのを楽しみにしている、という言葉はしっかりと重みを持っており、心の奥底から望んでいるのだろうと容易に理解できた。


 また、エルメンコフ選手と共に刈谷FK戦で活躍した佐藤選手も、次のように語ってくれた。


「ここまで、ほとんどベンチでしたけどあっという間でした。前半戦での反省点も踏まえて、後半戦はもっと勝ちを積み上げていけるようにしたいです」


 練習中、エルメンコフ選手と共にヘディングの練習をしている佐藤選手を見かけた。エルメンコフ選手がボールをふわりと上へと向かって投げると、佐藤選手はボールの落下予測地点に素早く移動し、ジャンプしてボールをおさめる。


太陽が傾き、地平線の近くから光の差しこむ中に跳躍する佐藤選手の姿は、逆光に照らされていた。


 多くの選手が練習を終え、自宅かクラブハウスへ帰宅する黄昏時にもう一人、練習を続ける選手がいた。第四節のソルペリオール長崎戦でプロ初出場を遂げた、村瀬行成選手だ。


空が藍色に塗りつぶされていく中、汗を垂らしながらスポーツドリンクを飲む彼の側まで向かうと、私に気付いたのか、お疲れ様ですと声をかけて下さった。


 少し話を聞きたいと私が言うと、彼は快諾し、私はこの新星の持つ後半戦への思いに触れることが出来た。


「まだ俺は完璧な選手からは程遠い。ユキ兄さん(森幸村選手)とかゴーさん(荒井剛選手)のように、相手選手に負けず、相手をゴールから遠ざけるようなプレーが出来るようになりたいです。今でも、憧れなんで」


 プロである以上、どのチームの選手にも憧れを抱いてはならない、村瀬選手はそう考えているらしい。


しかし、プロとして間近で荒井選手や森選手のプレーを見ると、二人へのあこがれがより強くなっていってしまうとも語った。お恥ずかしい話ですけどね、と話を締めくくり、村瀬選手は練習後の片づけへ戻っていく。


荒井選手も森選手も、他のN1クラブに所属していた経験を持ち、守備ラインの形成などディフェンスとして長年活躍してきた。


そして今、彼らにあこがれた選手が自身に厳しい練習を課し、ピッチ上で躍動せんとしている。これからも真岡シュピーゲルには彼らのような素晴らしい選手が活躍していくのだろう、そう思った。

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