第41話 お嬢様、尊みが溢れております。
国王陛下との謁見を終えられ、戻ってきたお嬢様はお一人ではなかった。
「ジュリー。こちらはノエル=ニヴェール様。あたしと同じシャンスのラピュセルに選ばれた方よ」
「は、初めまして! ノエル=ニヴェールです!」
お嬢様の隣で俺に向かって勢いよく頭を下げた女の子。陛下との謁見後だからめちゃくちゃ着飾ってるけど、その顔を俺はよ〜〜〜〜く知っている。
ノエル=ニヴェール。
この乙女ゲーム『ヒストワール・デ・ラピュセル』、略して『トワラピ』の主人公。
孤児院出身の平民で、天涯孤独の身ゆえに色々苦労して育ってきているが、シャンスの加護を受け、生まれながらにして水魔法の才能を持っている。バッドエンドにならない限り、この子がソルシエーヌになる……ゲームの世界では、だが。
「はっ、初めまして、ノエ……ニヴェール様。クリスティアーヌお嬢様の侍女・ジュリーと申しますっ」
主人公と出会えたことに若干テンションが上がってしまった俺は、つい上擦った声で挨拶してしまった。
そんな俺のノリに釣られたのか、ノエルもペコペコ頭を下げている。めちゃくちゃ動きが小動物だな……このノリで陛下と謁見したんだろうか。ゲームだと「緊張しすぎて謁見の記憶は一切ない」のモノローグで流されてたけど。
「ジュリー。彼女はラピュセルとはいえ、こういう場には慣れていないのよ。もっと気軽に接してあげなさい」
「い、いえっ、そんな! こ、高貴な方にお気遣いいただくなんて、そんな、滅相もないですっ」
ぷるぷると首を横に振るノエルに、お嬢様はエメラルドグリーンの目を細めてくす、と優しく笑った。
「あら、これから毎日のように高貴な方と顔を合わせることになるのよ?」
「う……そ、そうです、よね……すみません……」
「ソルシエーヌに選ばれれば、正式に王宮魔法使いの一員となるのだから、今のうちに慣れておくことをお勧めするわ。大丈夫、少しずつ慣れればいいのよ」
「は、はい……ありがとうございます……」
お嬢様とノエルの会話に、俺は内心感動していた。
お、お嬢様がノエルにあんなに優しい顔で優しい言葉をかけていらっしゃる……! ゲームでは最初からライバル心バリバリで「貴方のような方に負けるつもりはありませんわ」「気安く話しかけないでちょうだい」って言ってたのに。
やっぱり、お嬢様はゲームの悪役令嬢・クリスティアーヌとは違うんだ。
そう実感して涙ぐみそうになるのを堪えながら、俺は二人のやりとりを見守った。
その後、部屋に戻るため、ノエルとはその場で一度別れることになった。
俺とお嬢様もセントールから『ドロワット』と呼ばれる棟へ移動し、この王宮でのお部屋で荷解きを行なった。
さすが王宮。メルセンヌ家のお嬢様の私室よりも広々としてらぁ……。ちなみに俺はこの地下にある使用人室のエリアにあるんだが、部屋の広さはメルセンヌ家と変わらないものの、ベッドやら家具やらがどれもこれも使用人用とは思えない高級品ばかり。この中で暮らすのに慣れるのが大変そうだ。
「この後、ゴーシュでペール殿下主催のお茶会があるのよね」
ドレッサーの前に腰を下ろしたお嬢様に、その髪を結い直しながら俺は頷いた。
「ええ、そこでニヴェール様と王宮魔法使いの皆様、そしてブラン様など殿下の親しい方と顔を合わせることになっております」
「あの子、大丈夫かしら。謁見の時も緊張して見ていられなかったのよね」
お嬢様がエメラルドグリーンの目を伏せて、小首をかしげる。
「まあ、ついこの間まで平民の方だったのなら致し方ないかと。私がニヴェール様の立場でも、同じように緊張して自分が何を話しているのか分からなくなりそうですし」
「教育係がついて、貴族としての振る舞いは叩き込まれるでしょうけど、その辛さに耐えきれるか心配ね。せめてあたしは気兼ねなく話せる相手として接していきたいものだわ。年の頃も同じ女性なんて、あたしくらいしかいないでしょうから」
「お嬢様……」
なんか、いちいち感動してしまう。そんなお心遣いができるようになっているなんて。まるでゲーム本編のマリー嬢のような天使っぷりじゃないか。
と、そこで俺ははた、と気づく。
そういえば、ゲームならマリー嬢と主人公がお茶会前に出会うんじゃなかったっけ。
そこで仲良くなり、お茶会でもクリスティアーヌからの冷たい視線や発言から守ってくれて、勇気付けられるエピソードだったはず。
ってことは、今まさにマリー嬢はノエルと遭遇しているのだろうか。
なんて考えていたら、ノック音がした。
「クリス様、マリーです」
まさに今俺の頭の中に浮かんでいたマリー嬢の声だ。
お嬢様に命じられ、すぐさまドアを開けば、淡いモスグリーンのドレスを身にまとった天使、もとい、マリー嬢がいた。
「ごきげんよう、ジュリーさん」
「こんにちは、マリー様。今、お嬢様のお支度が済んだところです。どうぞ」
俺が恭しく腰を折ると、マリー嬢は大人びた笑みを浮かべた。五年前と比べると、やはり大人になったなあと感じられる。気品がより磨かれて仕草一つとっても可憐だし、若干下世話な話になるが、お嬢様に負けず劣らずのスタイルの良さを持っている。前世で見たマリー嬢と何ら変わりないはずなのに、彼女の成長にも思わず感動してしまうのは、お嬢様と交流する姿を間近で五年間見続けてきたせいだろうか。
「マリー! 会いたかったわ!」
ドレッサーから立ち上がったお嬢様が嬉しそうにマリー嬢の元へ向かい、その手を取った。俺には大人びた笑みを浮かべていたマリー嬢も、まるで子供のようにそのヘーゼル色の目をきらりと輝かせた。
「クリス様、この度はおめでとうございます!」
「ありがとう。でも、まだ何も始まっていないわ。試練と儀式はこれからよ、マリー」
「ふふ、そうでしたわね。あ、そうそう。先程、もう一人のラピュセル様にもお会いしましたわ」
きゃっきゃっとはしゃぐ二人に尊みを感じていた俺は、マリー嬢のその言葉に思わず声を上げそうになってしまった。
「ああ、彼女ね。あたしも謁見時に顔を合わせたわ。とても初々しい子でしょう?」
「ええ。道に迷われていたので、ご案内したんです。同い年だと思うのですが、とても可愛らしい方で思わず和んでしまいましたわ」
「ふふ、そうね。あたしも同じことを思ったわ。でも、終始緊張したご様子だったから、少しでもその緊張を解いてあげたいと思っているのだけど……」
お嬢様が思案げに目を伏せると、マリー嬢はぱちん、と両手を叩いた。
「それなら、私とクリス様でお茶会前にニヴェール様をお迎えに行くのはどうでしょうか? まずは同性同士、気軽にお話しながらお茶会に向かえば、少しでも緊張が解れるかと思います」
「名案だわ、マリー! そうしましょう! そうと決まったら急いで支度を整えて、彼女のお部屋に向かいましょう」
「道案内はお任せくださいませ!」
またしてもきゃっきゃっはしゃがれるお嬢様たちを目にして、俺は思った。
マリー嬢を味方につけられて本当に良かったと。
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