第30話 お嬢様、こういうフラグは想定外です。

――時は戻り、俺はブランを前に固まっていた。

 

「あなたは『男』だろう? 何故、侍女の格好をしてクリスティアーヌ嬢にお仕えしているのかと聞いている」



 マリーと兄妹とは思えないくらい精悍なブランの顔つきは、十三歳とは思えないくらい大人っぽい。今の俺、ジュリーが十五歳で、ブランは年下なんだが身長差とか体つきとかが全然違うんだよな……まあ、ジュリーはそもそも女のフリをしてメイドをやっているから、男っぽく見えちまうのは困るんだけど。



 ……って、今は呑気にブランの顔つきを観察してる場合じゃない!

 なんで?! どうして俺が男だってばれてんの?! ブランとは二回しか会ったことないのに?!


「えっと、あの……ぶ、ブラン様……」

 いまだに頭の中はパニックだが、何か言わねばなるまい。

 そう思って口を開くが、うまく言葉にならない。

 すると、ブランはハッとしたように目を見開いたかと思うと、気まずそうに焦げ茶色の目を伏せた。

「すまない。あなたを害ある存在だとは思っていない。あなたはメルセンヌ家の使用人だから、俺があなたの処遇について口出しできる立場ではない」

「え……」

「ただ、あなたのような方に会ったのは初めてだったから、聞いてみたいと思っていただけなんだ。決して、あなたを否定するつもりはない」

「そ……そうなんです、か?」

「ああ。あなたが男性であることは当然、クリスティアーヌ嬢も存じていて、それで傍に置いているということだろうし」

 ホッとしたのもつかの間、こちらをまっすぐ見据えたブランの言葉に俺は冷や汗をかいた。

 いや、それは知らない。っていうか、知られるわけにはいかない。

 でも、ここでブランに「そうなんです」と言ってしまったら、奴を通してお嬢様に俺の正体がバレてしまう可能性がある。そうなれば解雇まっしぐら……やっぱりこれ、なんで発生してるのか分かんねえけど、俺の死亡フラグ立ってるじゃん!

「……あ、あの……た、大変申し訳にくいのですが、その、言葉では表現しがたい、ふかぁい事情がありまして……そ、そのことについてはお伝えできかねるんです……はい……」

 しどろもどろに俺が言葉を搾り出す。

 肯定も否定もできない。ならば必然的に隠す以外の選択肢はなかった。

「深い事情、というのはメルセンヌ家の……?」

「まぁ、そんなところでしょうか……ネッ」

 俺の笑顔、絶対引き攣ってる。

 けど、例え曖昧であっても答えなきゃ余計に怪しまれる。

「……そうか。であれば殊更失礼なことを聞いた。すまなかった」

「いっ、いえっ、その……あ、怪しまれるような格好をしていてこちらこそすみません」

 俺がぺこぺこ頭を下げると、ブランは首を横に振った。

「メルセンヌ家の事情とあらば仕方ないだろう。これ以上は詮索しない」

「あっ、ありがとうございます……! あ、あと、私の正体は他言無用で何卒……!」

「わかっている」

 よ、良かった……! ブランの回答次第じゃもうダメだと思った……。

 心の底から安堵したのも束の間、ブランは俺をじっと見つめたままさらに話を続けてきた。



「その代わり……と言ってはなんだが、ひとつ頼みがある」

「へ?」

「……俺に、恋を教えてくれないか?」



 なんですと???

 ブランから放たれた斜め上のお願いに、俺は顎が外れんばかりにぽかんとしてしまった。

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