第25話 お嬢様、変なフラグは折るに限ります!

――場面は変わって、書店の外では。



「その人を離せ……!」

「ハッ! それが人様に頼む態度かよ! キゾクサマのガキは躾がなってなくて困るぜ」



 悔しそうに睨むブランを物ともせず、俺を背後から羽交い締めにしたフード男がバカにしたように言った。

 く、そっ……! ジュリーのやつ、本当にもやし野郎だからマジで全然逃れられねえ! 前世の俺もそんなにすげえパワフルタイプじゃなかったけど、こんな顔色の悪い男に足蹴りの一つくらいならできたってのに!

「おっと、嬢ちゃん、暴れない方がいいゼェ。そのかわいいツラが焼き爛れたくなけりゃ大人しくしてるんだな」

「ヒィッ」

 キモ! 声がマジでキモいよ、こいつ! 嫌悪感を通り越して意識を飛ばしたくなるレベルだよ、これ!

 キモさにガタガタ震える俺がお気に召したのか、フード男は満足げにグフグフ笑う……っひー! ジュリーの肌という肌にサブイボ立ちまくりだよ!

 そんなサブイボマンと化した俺をよそに、ブランは腰に下がっていた短剣の柄に手を添える。

「お? この女を見殺しにするのか? お前がそいつを抜けばどうなるか、分かってるだろ?」

「……っ、目的は何だ」

「金さ。金をよこせ。オキゾクサマならガキといえど持っているだろう? 高級店の茶をしこたま買い込んでいたのは見ていたゼェ?」

 な、何と……お茶の専門店のところからこいつに付けられてたのか、俺たちっ!?

「なぜ魔力を持ちながら金を要求する? 魔力を持つ人間は申請すれば生活の保障が約束され、それなりの仕事も与えられるはず」

「はんっ! それも平民の出ならばみみっちい程度だってのを知らねえのか! んなことするよか、オキゾクサマを襲った方が余程稼げんだよ! 特に、てめえらみたいな世間知らずなお坊ちゃんどもをな!」

 うう、声がキモいけど、なるほどな……。

 この世界において魔力持ちは稀有な存在だ。基本的には貴族の人間が持つものとされているけど、この物語の主人公みたいに平民の中にも魔力を持つ者がいる。主人公はお嬢様と同じ「シャンスのラピュセル」だから貴族のような扱いを受けるけど、それ以外の平民はゲーム内じゃほとんど出てこないが、出てこない辺り、あんまりいい扱いは受けてないんだろうなあとは想像できる。出てきても精々クリスティアーヌの召使いが雇った、それこそこの男みたいな奴が主人公を襲ったりとか……。


 ――って、あれ? このシチュ、知ってるぞ?

 確か、ブランのルートでなかったか? お忍びで城下町デート中に魔力持ちの男に襲われて……で、その男の雇い主はクリスティアーヌでって……。

 え?! どういうこと?!


「さあ、金を出せ! この女がどうなってもいいのか!」

 ひーっ! 混乱する俺の耳に男のキモ声が襲いかかってくる! マジでやめろ!


「――っは、早まらないで! 話せばきっとわかります!」


 サブイボを我慢しながら、俺は懸命に声を張り上げた。

 よくわからんが、とにかく今はこの危機を脱することが先決だ!

「うるせえ! お前は黙ってろ!」

 おきまりの悪役台詞が汚え唾とともに飛んできて、本当に吐きそうだ。

 ブランは男を睨みつけたまま、小刻みに震えている。

 そうだよな、まだ十三歳なんて子どもだし。

 それに、ブランはとにかく自分に自信がない内向的なやつだ。五年後はヒロインへの思いを勇気に変えて風の魔法をうまく使って助けてくれるけど、まだブランにはその力がないはず。

「か、金を渡せば、解放するんだな……」

「っだ、ダメです、ブランさ、むぐっ」

 最悪の手を取ろうとするブランに俺が懸命に止めようとしたら、口を塞がれた。

 ヒィ! こいつの手、なんかぬちゃぬちゃするし、変な匂いする! やば、意識飛ばせるもんなら飛ばしたいぃ……!

「おう、分かってんじゃねえか! おら、そこに置いとけ! 少しでも妙な動きしてみろ、この女が消し炭になるからな!」

 うっ、い、意識が遠のく……っ、だ、だめだ、ブラン、こんな……こんなモブメイド(♂)のためなんかに屈して金を渡すんじゃねえ! 

 ただでさえ自分に自信のねえお前が、さらに殻に籠っちまうぞ! 幼馴染であるペールのわがままに振り回され、自分よりも優秀な妹と比べられ、自己肯定感が消し炭寸前だったお前をもしルートに乗れたらヒロインが救ってくれる。どんな生まれであっても、どんな能力であっても卑下しないヒロインの強かさに惹かれていき、ブランも強くなりたい、変わりたいと願うようになる。

 でも! それはヒロインがお前を選んだらの話で、そうならない未来も全然ありうる! なんせこのゲームは攻略対象が他にもいるんだから!

 もしヒロインがブランを選ばなかったら? 

 そんなの、そんなの――!


「いでぇっ!?」


 怒りが男への不快感を上回り、俺は思い切り奴の手に噛み付いた。

 野太い悲鳴を上げた男から解放された俺は、その怒りのままに叫んだ。

「オイ、モブ野郎!! 変なフラグを立てるんじゃねえよ!! ブランが攻略できなくなったらどう落とし前つけてくれるんだよ、ああ?!」

「ハァ?!」

「大体、子どもを堂々と強請ろうとするその腐った根性が気に入らねえ! みみっちい金しか手に入んないだかなんだかわからんが、そんなの死ぬ気で稼げや! 楽しようとしてるんじゃねえぞぉ?!」

「なっ……! このクソアマ! よほど死にてえらしいな!?」

 憤慨した男からぶわっと熱気が飛んできた。

 うわっ、熱気もくせえ……けど、奴の周りに現れた陽炎はお嬢様のそれとは比べ物にならねえくらい小さい。

 お嬢様ほどじゃないから、避けられるんじゃ……いや、でも奴の背後は書店があるし、ブランはもちろん、おびえながらも野次馬している城下町の住民たちに被害が及ぶのはまずい! 

 くそ、やるなら俺に一点集中してもらわねば! 

 そう考えた俺は恐怖を押し殺し、挑発的に笑って見せた。

「なんだ、その程度かぁ? うちのお嬢様の炎と比べ物にならねえくらい小せえじゃねえか。たかが知れてんな」

「っく、こ、このっ……死ねや!」

 怒りのあまりボキャブラリーの吹っ飛んでしまった男が両手を大きく掲げ、俺めがけて振り下ろす。

 途端に現れた火の玉はやっぱりブチギレたお嬢様ほどじゃないけど、当たったらひとたまりもねえ予感しかしない。

 ブラン、こいつを吹き飛ばすのは難しいだろうが、せめて周りの人たちとお嬢様たちを守ってくれ!

 その思いでぎゅっと目を瞑った時だった。


「――おいおい。ここで君に退場してもらうのはまだ早いんだよ。まったく……困った人だね」


 鈴を転がしたようなかわいい声が脳内に響いた次の瞬間、俺の全身はずぶ濡れになった。

「へ?」

 ぱち、と目を開けると、こちらを見てあんぐりと口を開けているフードの男。魔法を放った時のポーズのままだ。

「な、なんで、水……」

「ご、ごめんなさい……! やりすぎました!」

 また突如可愛らしい声が聞こえてきたかと思うと、書店の隅からひょっこりと女の子が顔を出した。

 顔にそばかすを散らした黒いワンピースのその子は「本当にごめんなさい、すみません」とぺこぺこ頭を下げたかと思うと、脱兎のごとくその場から駆けていった。

 あれ? 今の子、俺、どこかで見たことが――。

 俺がぼんやりとそう思いかけた時、男の野太い悲鳴が上がった。

「大人しくしろ!」

 いつの間にか複数の憲兵たちが慌ただしくやってきて、男を拘束していた。

「っは、離せえ! てめえらも消し炭にするぞ、コラァ! ……っあ?! な、なんで魔法が使えねえんだ! おい、俺に何をした!?」

 赤くなったり青くなったりと百面相をする男を拘束したまま、憲兵たちは慌ただしく立ち去っていった。

 ……えっと……とりあえず、何とかなったっぽい? 一体何がどうなってたのかチンプンカンプンだが……。


「ジュリー!」


 と、書店の扉が大きく開き、お嬢様が飛び出してきた。

 迷うことなく俺の胸元に飛び込んできたお嬢様は、ひゃっと可愛らしい声を上げた。

「つ、つめたい……っ、い、一体、何をしたの、ジュリー!」

「い、いや、それがよく分からなくて……」

 困惑をそのまま口にすると、顔を上げたお嬢様がじいっと俺を見つめた。

「あ、あの、お嬢様、お顔が濡れてますよ……」

「……」

「えと、お、お怪我はありませんか?」

「……」

「……お、お嬢様、何とかおっしゃってくだ」

 ぼろっとお嬢様の大きな瞳から涙がこぼれ落ちたのを見て、俺は言葉を失った。

「っよ、よかった……! ジュリー! 無事で本当に良かった!」

 お嬢様がわあわあ泣きながら、俺の胸に顔を埋める。

 その姿を見て、俺はふと前世の最期を思い出した。

 俺は自分の死の間際しか知らないけど、その後、俺の死を知った姉ちゃんはどうだったんだろうか、と。

 父さんが死んでからずっと俺を育ててきてくれた姉ちゃん。結婚するのだって俺が一人になってしまうからと躊躇っていた姉ちゃん。突然何も言わずに死んでしまった弟を見て、きっと深く悲しんだだろう。

 俺、今世でも同じように身近な人を姉ちゃんと同じように泣かせるところだったんだ。

「……ごめんなさい、お嬢様。悲しい思いをさせて、本当にごめんなさい」

 俺は目頭が熱くなるのを感じながら、お嬢様を抱きしめた。

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