第21話 お嬢様、買い出しに参りましょう。

 お嬢様の作った初めてのケーキとクッキーは、美味しかった。

 焦げもあるし歪さもあったけど、お嬢様の一生懸命頑張る姿を間近で見ていたから、それも込みですごく美味しく感じられたんだ。

 とは言え、マリー嬢に出すものとしてはまだまだ、ということで、お嬢様は毎日クロエさんとお菓子づくりの練習をした。最初はハラハラしたけど、毎日やっていくうちに手つきに戸惑いはなくなっていったし、お嬢様とクロエさんの関係も柔らかいものへと変化していった。


「お嬢様、とてもいい形に仕上がりましたね。うさぎの形のクッキー、とっても可愛いです」

「ほんと? じゃあ、このクッキーはクロエ用ね」

「まあ、嬉しいです。ありがとうございます」


 見よ、この仲良しっぷりを。

 お嬢様もクロエさんも心からの笑顔を浮かべているし、それを見守る俺もニッコニコだ。

 クロエさんとの関係構築は、マリー嬢との友情を育む事前練習にもなる。クロエさんとマリー嬢は纏っている雰囲気が似ているし、ちゃんと話せばきっと同じように仲良くできるはずだ。



「――あら。ペルルの葉がもう残り少ないですね」

 クッキーの焼き上がりを待ちつつ片付けをしていると、不意にクロエさんがそう呟いた。

 小ぶりの麻袋を覗き込んでいたクロエさんは、小さな眉を困ったように寄せた。

「量を調節すればお茶会のお菓子分はありそうですが、それだと薄味になってしまうかも」

「それはだめよ。紅茶もペルルにしたいし」

 お嬢様の主張に、クロエさんも「ですよねえ」と困り顔で頷いた。

「となると、買いに行くしかないですね。ただ、ペルルの茶葉はこの辺りだと高価な上に、あまり質も良くないんですよね……」

「どこか、質のいいペルルの茶葉を売っているところってありませんかね?」

「うーん……城下街ならあるかもしれません。茶葉の専門店がいくつかあるので」

 なるほど。確かに前回のお茶会で城下街を馬車で通った時、いろんな店が立ち並んでた……気がする。あそこなら、あるかも。

「では、私が買って参ります、お嬢様。お嬢様はクロエさんとお菓子作りの練習を――」

「あたしも行くわ、ジュリー」

「え?! で、でも、茶葉を買いに行くだけですよ?」

 思ってもみなかった言葉に俺が戸惑いながらそう告げると、お嬢様は真剣な顔で首を横に振った。

「おもてなしの心は準備から始まってるんでしょう? あたしが選んだものをお客様には味わってもらいたいから」

「っ、お、お嬢様……」

「ううっ……」

 これまでのお嬢さまらしからぬ発言に、俺は目頭が熱くなった。

 それはクロエさんも同じだったようで、潤んだ目元を押さえて、肩を震わせている。

「な、何よ、二人とも! 二人が言ったんでしょ!」

「そ、そうですが……っお、お嬢様、ご立派になられて……っ」

「もぉ! 早くお父様に外出の許可を頂きに行くわよ! お父様がダメって言ったら行けなくなっちゃうんだからね!」

 真っ赤になり、頰を膨らませるお嬢様の指摘はごもっともだ。俺は目尻の涙をエプロンで拭いつつ、頷いた。




 無事に公爵からの許可も下り、お嬢様は俺と共に城下街へ赴くことになったのだった。

 ――そう、で。




「ウグゥ……」

 ようやく馬車から降りることができた俺は、あまりの気持ち悪さにその場で蹲ってしまった。

「あなた、本当に馬車がダメね」

「す、すびばぜん……」

「どこかで休憩しましょ。ほら、ジュリー立って」

「ウ……動かさないで……ううっ」

「ちょ、ちょっとジュリー!」

 お嬢様が懸命に何とかしようとして下さっているけど、申し訳ない、今動かされると人としての尊厳とお嬢様との信頼関係を失ってしまうからやめてほしい。

 クソゥ……にくい……この貧弱な体がにくいいいっ!

 ギリギリ歯を鳴らしながら、俺の状態なんてお構いなく腕を引っ張るお嬢様との地味な攻防戦を繰り広げていると、


「――少し、よろしいでしょうか」


 品のある可愛い声が聞こえてきたかと思うと、俺の体がふわっと軽くなった。

 すると、それまでの気持ち悪さが嘘みたいに消えて――って、これ、この間と同じシチュエーション?!

「あなた……どうしてここに……」

 お嬢様の緊張感ある声に俺が顔を上げると、そこにいたのはやっぱりマリー嬢だった。しかも、ブランまでいる。

「こんにちは。すみません、差し出がましい真似をして。メイドさん、とても具合が悪そうだったので」

 ぺこり、と頭を下げるマリー嬢はお茶会の時と違い、シンプルな緑色のワンピース姿で髪も下ろしている。

 おお、『ヒスラピ』の立ち絵やスチルでよく見たやつ〜。主人公が城下町に出かける時に出てくるんだよな。個人的に、このマリーが一番好みだ。

「……いえ。助かりましたわ。ありがとうございます」

 俺がマリー嬢の姿に注目していたら、お嬢様の不服そうな声が聞こえた。

 やべ、と思ったけど、前回と違ってお嬢様はマリー嬢に噛み付くことなく、丁寧に礼を告げていた。顔は無愛想だが、成長されている……良かった。

「また助けて頂きありがとうございます」

「いいえ。あ、乗り物酔いにはエルブティーが効くって聞いたことありますわ。ジャンジャンやマートあたりがいいかもしれませんね。そちらのお店に確か置いてあったかと思いますわ」

 そう言って、マリー嬢が背後のベージュ色の外壁の店へ視線を向ける。そこはまさにお嬢様の目的地であるお茶の専門店だった。

「私たち、こちらのお店に用があって参りましたの。宜しかったら、ご一緒しませんか?」

 そう提案してきたマリー嬢は、まさに天使と呼ぶにふさわしく眩しい笑顔を浮かべていた。

 

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