第18話 お嬢様、それは予想外すぎます!

 マリー嬢に案内され、俺とお嬢様は再び会場に戻り、ペール殿下のいるテーブル席へ向かった。

 王子の席だけあって、テーブルは他のよりも大きく、椅子も金ピカの装飾のついた豪華仕様だ。そこに着席していたのはペールとブランだけだった。


「やあ、マリー嬢。おや、メルセンヌ嬢も来てくれたのかい?」


 すぐさまペールが俺たちに気づき、にこやかな笑顔を浮かべる。

「はい。先程メルセンヌ様と親しくなりまして、せっかくの機会ですのでこちらの席にお誘いしたんです。よろしいですか、殿下」

「ああ、もちろん、構わないとも。私もメルセンヌ嬢と話してみたいと思っていたからね」

 ペールの言葉にお嬢様はまた頰を赤く染めて、ニマニマと笑い出す。

 ああ、くそ。順調にお近づきになってんじゃねえ……!

 と、声に出すわけにもいかず、俺はとりあえずニコニコしながらお嬢様を見守る。

「メルセンヌ嬢は火の魔法の使い手だったね。発現したのは幼少期からなのかい?」

「ええ。私が三つの時です。あれは確かアブリルの始めの」

「私の誕生月だね」

「え? あ、そうですわ、ちょうど殿下のお誕生日の翌々日だったのを思い出しました。お父様が殿下のお誕生日に王宮へ参ったと話していたのを記憶しておりますので」

「それは素晴らしい! 私の誕生日が君の魔力を呼び起こしたのかもしれないね」

 ――んなわけねえだろ、翌々日って言ったじゃねえか。

 内心そう毒づきつつ、ゲーム内のペールもこんな野郎だったな……と思い出す。とにかく、自分の話に持って行きたがるんだよな。その性格を理解し、切り込んでいく主人公と出会うまでは、ペールはそのことに気づかない。それは彼が王の次男として生まれ、周りから甘やかされまくった結果だ。

「ふふふ、そうかもしれませんわね」

 お嬢様も一瞬戸惑う表情を見せたものの、やはりペールのツラの良さにコロッと騙されてるのか、奴の言葉を普通に受け入れて笑っている。ブランは真顔で紅茶をすすってるし、マリーもニコニコして何も言わない……いや、ブランはゲームで「ペールは昔から何を言っても通じない。通じさせようとするだけ時間の無駄。だから、聞き流した方が身のためだ」って言ってたから、多分聞き流してんだろうな。ブランもブランで、自己主張が苦手っていう弱点もあるしな。マリーは分からんが、ペールとの会話を聞くに、多分聞き流してるんだろう。

 周りがこれじゃ、ペールもペールで自己本位になっている己に気づかないよなあ。

「そうそう、その年の私の誕生日にはね――」

 おい、お嬢様の魔法の話はどこ行った。主はそっちだったろうが。

 聞いているだけでイライラしてくるので、俺は気を紛らわそうとマリーの方を見た。

 ちょうど彼女のカップの中は空っぽになっている。

「マリー様、よろしければお茶のお代わりをお入れいたしましょうか」

 そっと声を掛けると、ちょっとびっくりしたようにマリーがこちらを見た。

「あ、す、すみません。ご迷惑でしたか?」

「いえ、お気遣い頂きありがとうございます。ちょうどもう一杯頂きたいと思っていたところでしたの。あ、茶葉は」

「ペルルですよね」

「まあ。どうして分かりましたの?」

 ――ゲームで度々そう口にしていたから。

 なんて言えるわけもなく、俺は懸命に言い繕った。

「え、えっと、その……マリー様からペルルの香りがしたからです。ペルルは紅茶の茶葉の中でも特に香りが強く、ミークとの相性も良いですから。よく飲まれているのかなあって」

 って、マリーとの出会いのシーンで、主人公がそう話してたから、まんまパクって言ってしまった。

 ちなみに主人公も紅茶が好きで、それがマリーと仲良くなるきっかけにもなっている。

 マリーはゲームでの該当シーンの立ち絵と同じく、ヘーゼル色の瞳を柔らかく細めた。

「ええ、その通りですわ。紅茶自体もとても好きなのですが、ペルルは特別好きなんです」

「マリーは自分の手でよく淹れているからな。わざわざ侍女に淹れ方を学んでいるほどこだわりがある」

 すっと会話に入ってきたのは、兄のブラン。珍しい、寡黙なブランが口を挟むなんて、ゲームでもなかなか見られないのに。

「お茶の淹れ方を学ぶほど、マリー様は紅茶がお好きなんですね」

「私の尊敬しているメイド長さんと比べたらまだまだです。メイド長さんはどんな茶葉であっても素晴らしい味わいへと変えてしまう魔法の手をお持ちですから。そういう魔法を、私もいつか使えるようになることが夢ですの」

 微笑みながらそう話すマリーに、俺は内心感心しっぱなしだった。

 お嬢様と同い年とは思えないくらい落ち着きがあって、所作も綺麗だ。それこそ、五年後のマリーと相違ない。

 主人公もマリーのことを尊敬していたけど、彼女はあくまで脇役だから目立つシーンが少なくて、イマイチそのすごさってのが分からなかったが……なるほど、幼少期からこうなら、五年後にああなってもおかしくないな。

「素晴らしい夢だと思います。マリー様なら、きっと叶えられると思います」

 俺が心の底からそう告げると、マリー様はほんのり頰を赤くして笑った。

 おお、可愛い。派手なパーツはないが、ブランの妹だけあって整ってる顔立ちだし、メインヒロインになれそうなポテンシャルありそうだよな……って、これは乙女ゲームだけどさ。

「あ、すみません、ペルルのお茶、ただいまお持ちしますね!」

 お茶のことを思い出し、俺が慌てて踵を返した途端、ぐっと後ろに強く引っ張られた。

 振り向くと、俺のエプロンの裾を掴んだお嬢様が頰を膨らませていた。


「お、お嬢様?」

「ちょっと! 勝手にどこか行かないでよ!」

「あ、す、すみません。マリー様のお茶のおかわりを持ってくるだけですので、すぐに」

「だめ!! ジュリーはあたしのでしょ! ジュリーはあたしのお茶しか入れちゃダメなの!」


 うぉい! 何をおっしゃってるんですか、お嬢様! みなさんこっちを一斉に見てますよ!?


「お、お嬢様、殿下の前ですよ……」

「つまんない王子の話よりも、大切なことよ!」

「お嬢様?!」

「つ、つまらな……??」

 ドストレートな悪口を変化球で食らったペールが唖然としている。鳩が豆鉄砲を食らったようってこういう時に使うのか……って、そうじゃない! 

「お、落ち着いてください、お嬢様。私は別にお嬢様をないがしろにした訳では」

「それならちゃんとあたしの傍にいなさいよぉ! あたしの知らないとこで、他の子と口きいちゃだめなんだからっ!」

 俺のエプロンの裾をブンブンさせながら、お嬢様が喚いている。

 ああ、もう、これならまだペールといい感じになってくれた方がマシだった! 完全に要らねえことしちまったよー!

 どうしよう。このまま強引に逃げるには、俺たちは派手に目立っている。それに強引に逃げたらお嬢様の印象がさらに下がって悪役令嬢へまた一歩近づいてしまう。

 何か、何かこの状況をうまく切り抜けられる方法は――。

 そう思って周囲に視線を彷徨わせた時だった。

 とん、とお嬢様たちのテーブルが大きく揺れた。

 揺れた先を視線で追いかければ、テーブルに鎮座する金色の猫がいた。

 赤と緑のオッドアイがじっと俺を見ている――と思ったのも束の間、甲高い悲鳴が上がった。

 その瞬間、猫は高く飛びおりると、会場を俊敏な動きで駆け抜けていった。

「お、おい! 早く捕まえろ! 神聖な王宮で野生の生き物を野放しにするな!」

 鋭く声を張り上げたのは警備隊の人たちで、立派な甲冑をガシャガシャ鳴らしながら猫の後を追いかけていった。

 その姿を唖然と見つめていた俺は、ちらり、とお嬢様へと視線を移した。

 猫のお陰であれほど昂ぶっていた怒りモードは霧散し、ぽかんとしていらっしゃる。これはチャンスだ。


「皆さま、クリスティアーヌお嬢様はこれにて失礼させていただきます」

「え?」


 目を丸くするお嬢様に、俺は有無を言わさない凄みのある笑顔を意識して浮かべた。

「お嬢様。皆さまになにか仰らなければならないことがあるのでは?」

「え」

「ちゃんと、『ごめんなさい』はした方がよろしいかと」

 俺に促されて、お嬢様もようやく自分が発言したことを自覚したらしい。

 呆然としたままの殿下に近づくと、お嬢様は深く頭を下げた。

「殿下、非礼を心よりお詫び申し上げます」

「え、あ、うん?」

 ペールはイマイチ分かっていなかったみたいだけど、まあ、いい。猫のことでうやむやになったのならそれで。

 お嬢様はマリーとブランのところへ行くと、同じようにしおらしく頭を下げた。それに対し、マリーはやっぱり天使のような笑顔を浮かべて、


「メルセンヌ様には、素敵な方がお側にいらっしゃるのですね」


 と穏やかな声で告げたのだった。

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