第15話 お嬢様、王子様とのフラグはシカトして下さい。

 この国最大の都市の中央に建つフィリドール宮殿。今、俺たちがいるのはその左端に位置する、『ゴーシュ』と呼ばれる棟。ここは今回の主役である第二王子のペール殿下が住んでおり、その一階の広間にお茶会会場が作られていた。

 白と金を基調とした、煌びやかな内装。随所に設けられた喫食スペースには色とりどりの焼き菓子やケーキなどの軽食が並んでいる。

 すげえ、ゲームでよく見た風景が目の前にある。しかも、お菓子の甘い香りやら、春特有のふんわりとした風の感触といった、ゲームじゃ分からない感覚も分かるから、より興奮してしまう。

 いや、いかんいかん。こんなことでテンションを上げてたら、仕事に支障が出る。ぐっと堪えておこう。

 俺とお嬢様が会場入りした時には、すでに多くの招待客で賑わっていた。

 しかも、ある一角に煌びやかなドレスを身に纏った女の子たちが集っていて、その中心に彼女たちよりも頭一つ小柄な少年が佇んでいた。


「……あ、あの方は分かるわ。ペール殿下ね」


 お嬢様がどこか誇らしげに言う。

 まあ、流石にこの国の王子の顔は知らないとまずいでしょう、お嬢様……と普段の俺ならツッコミの一つでも入れるんだが、今はそういう気分になれなかった。

 何せ、あのペール王子が今日一番警戒しないといけない相手だからだ。

 ペール=フィリドール第二王子。日に当たって煌めく小麦を思わせる、澄んだ金色の髪に濁りのない水を溶かし込んだような青い瞳。周囲に押しかけるどの令嬢よりも白い肌をしていて、王族の装束を脱いだら女の子にでも間違えられそうな、中性的な容姿をしている――明らかにモブではない。

 そう、この美少年は『ヒスラピ』の攻略対象の一人、『自分大好き自己肯定感がバカデカ王子』こと、ペール様である。

「お嬢様、お会いになるのは初めてですか?」

「ええ。国王様の誕生祭で少し拝見したことはあるけれど」

 お嬢様の返答に、俺は密かにホッとする。

 よかった、とりあえず原作通りだ。既にお知り合いで、なおかつペール王子を慕っていたらどうしようと思っていたが、それはまだないな、うん。

 ちなみにゲーム原作では、お嬢様、もとい、悪役令嬢クリスティアーヌは幼少期に赴いたお茶会にて、初めてペールと話をする。わがままで周囲を炎の魔法で威嚇しながらも、そんな自分を受け入れてくれるような愛ある存在を求めていたお嬢様は、自分に自信を持っているが故に尊大に振る舞うペールに感化されてしまい、わがままざんまいで振舞っていても、いつかペールのように自分を理解してくれて、愛してくれる存在が現れると嫌な方向に期待を持ってしまうようになるのだ。そこから密かにペールを慕うようになって、ペールもペールで自分を持ち上げてくれるクリスティアーヌのことを都合のいいヨイショ要員として好意を持ってしまう。それが本編のペールルートに入ると明らかになって、クリスティアーヌはペールに近づく主人公に激しく嫉妬し、嫌がらせを始めてしまう……という流れだ。

 つまり、お嬢様とペールがここで関係を持ってしまうと、ペールルートでのお嬢様の悪役令嬢フラグが立ってしまう――それだけは絶対に阻止しなくちゃならない。

 せっかく旦那様との関係が少しずつ改善していて、ご自身のわがままさを省みて直そうと努力しているというのに、それをペールに台無しにされてたまるか! お前は五年後主人公によって己の尊大さに気づき改心する未来があるだろうが、お嬢様には一切のアフターフォローがねえ上に断罪されるんだぞ! 可哀想過ぎるだろ!?

「ちょっと、ジュリー。何を震えているの。まさか、まだ気持ち悪いの?」

「いえ……これは武者震いです……」

「ムシャブルイって何よ」

「何でもありません。お嬢様、まずはペール殿下にご挨拶されますよね。十秒でお済ませ下さい」

「十秒?! カーテシーしたら終わっちゃうじゃない!」

「それで結構です。とりあえず名乗っておけば問題ないかと」

「問題大アリよ! それこそメルセンヌ家の名前を汚すことになるでしょ! 挨拶は何よりも大切だってジュリーだって言ってたじゃない」

 む、お嬢様のくせに正論言うじゃないか。

「……確かに……では、時間制限はなくていいですが、対応は塩でお願いします」

「塩?」

「アンタなんか眼中にないわよ、というスタイルで殿下に接してください」

「はあ?! なんで殿下にだけそんな愛想ないようなことしなくちゃいけないのよ?!」

 はてなマークをたくさん浮かべながらも反論してくるお嬢様の肩にそっと手を置き、俺はできうる限り真剣な顔で告げた。

「全てはお嬢様のためです」

「……あなた、本気で言ってるの?」

「もちろんです。このジュリー、お嬢様付きのメイドとして、お嬢様の幸せを第一に考えております。シャンスの名の下に誓っても構いません」

 かなり大げさに言ってしまったが、お嬢様には響くものがあったらしい。

 お嬢様は頰をわずかに赤らめて、

「……殿下のご気分を害されない程度にご挨拶するわ」

「ええ、それがいいと思います」

 なんて話していたら、その当のペールがたくさんの取り巻きを引き連れてこちらへやってくるのが見えた。

 お前から来るのかよ。くそ、さっと行って、さらっと挨拶してもらったらさっさと立ち去ろうと思ってたのに。


「こんにちは。君はメルセンヌ公爵のご令嬢だね。公爵にはいつも世話になってるよ」


 上品な微笑みも甘さを含んだ声色も、それだけならさすがは王子様って感じだな。それだけなら、うっかり惚れてしまう女子がいてもおかしくない。実際、成長するとさらに見目麗しくならからな……ほんと、見た目だけは、だけど。

 ちら、と俺がお嬢様を窺うと、案の定頰をポポッと染めてエメラルドグリーンの目をうっとりとさせている。

 しょうがないか、イケメンには勝てんよ……。

「ご機嫌麗しゅうございます、ペール殿下。初にお目にかかります、クリスティアーヌ=メルセンヌです。本日はお招き頂き光栄ですわ」

 ペールに魅了されつつも、お嬢様はブルーのドレスの裾を摘んで、丁寧なカーテシーを披露する。

 それを見たペールはさらに笑みを浮かべて、自身も軽く会釈してみせた。

「お会いできて嬉しく思うよ、クリスティアーヌ嬢。幸運を授けるとされるシャンスの名の下に生まれたラピュセルにお目にかかれるのはそうある機会じゃないからね。是非とも話をしてみたいと思っていたんだ」

「まあ、もったいないお言葉ですわ。ありがとうございます」

 初っ端から「シャンスのラピュセル」に興味あるって言うのかよ、この王子……お嬢様じゃなくてレアな存在であるラピュセルの方に興味ありますって大分失礼な話じゃねえか。お嬢様は多分気づいてないんだろうな、上品に微笑んでいるように見えるが、内心はすごく浮かれていらっしゃるに違いない。

「せっかくの出会いなんだ、後ほどゆっくりと歓談できる席を設けようと思うよ。来てくれるかい?」

「は、はい、喜んでお受けいたしますわ」

 いやいや、それはまずい! 

 ペールとのフラグ、もとい、悪役令嬢フラグが高々と建ってしまう上に、肝心のお友達づくりが進まないじゃないか! くそ、せめてペール以外の男にしてくれ! その辺の無難そうなどっかの家のご子息とかさあ!

 と、俺がヤキモキしながら見守っていると、不意に背後から視線を感じた。


「――話し中にすまない。ペール、我が妹にも挨拶をさせてくれ」


 落ち着きのあるバリトンボイスに、俺はハッとして振り返った。

 そこにいたのは先程のマリー=バリテル。そして、その傍らに立つ、無表情のイケメンだった。

 

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