第36話 俺の推しを見てくれよ
ダンジョンが封鎖されてから、数ヶ月が経った。
ダンジョンは開放されたが、今までのようにとは言えなくなった。ボスとの戦闘は全面的に禁止されて、冒険者のレベルがB以上にならなければダンジョンに入ることが出来なくなったのだ。
D及びC級冒険者たちは、ギルドで他の冒険者相手に模擬戦を繰り返すことになった。それによって、自らの実力を上げていくことになったのだ。これは、俺のような撮影の専門たちにも適用された。
俺の修行には浅黄も付き合ってくれる時もあり、他の人間よりも豪華な練習になった。S級冒険者が手合わせしてくれるなど、ほとんどないことである。
もちろん、一度も勝てたことはなかった。けれども、実感した浅黄の強さに、さらに惚れ込んでしまう。虫歯と身体の心配だから、ご褒美チョコレートは控えて欲しいとも思ったが。
浅黄が相手をしてくれたせいもあって、普通の人間よりもB級冒険者の資格を早めに取れることが出来たと思う。
持ち歩く武器もナイフだけではなく、戦うに価する剣にした。装備も浅黄のオススメのブランドにして、前よりも防御に力をいれるようになった。
まぁ、俺自身はあくまでカメラマンだ。自分が戦う予定はない。俺が映すのは、世界に自分の実力を見せつけたいと思う冒険者たちだ。
一方で、S級冒険者たちは後進の育成や自分たちの鍛錬を怠らなかった。
A級冒険者の内から優秀な人間を選んで、直接指導をするようになったのだ。いわゆる、弟子を取るようになったのである。
浅黄は幼いということで、この師弟のシステムからあぶれてはいた。俺との模擬戦は、S級冒険者達には遊び程度に思われていたらしい。俺が、S級冒険者の弟子だとはカウントされていなかったのだ。
遊び相手ぐらいに思われていたのであろう。現に、俺は浅黄を色々なところに連れ回した。博物館や遊園地、時には近県を旅行したりしたものだ。
浅黄に、沢山の初めてを見せてやる事が出来た。これは、とても嬉しいことだ。浅黄の世界が広がったのだから。
未だにS級冒険者の数は増えないが、近いうちには新たなS級冒険者が増えることであろう。そのときになって、S級冒険者の多忙さは少しは改善されるはずだ。……たぶん。
そうなったら、俺はさらに浅黄を外の世界に連れていきたい。だって、S級冒険者以外のことも世界にはたっぷりあるのだから。
俺が作ったダンジョンの危険を啓蒙するプロモーションビデオとポスターは、様々なところで使われることになった。
これによって、浅黄の認知度は劇的に上がった。多智のついでメディアの出演する回数が増えたこともあったが、緊張のあまりの目付きが悪くなったりしてテレビ映りは相変わらず最悪だ。
そのせいもあって浅黄のメディア出演の頻度は、すぐに減っていった。緊張して言葉数も多くはなかったので、テレビ番組などでは使いにくかったのだろう。
「幸さんのカメラだと緊張なんてしないのに……」
浅黄は、しゅんとしていた。
まぁ、人には得手不得手があるのだ。そんなに落ち込むことはないと思うのだが……。
それに、浅黄だって笑えないわけではない。俺のカメラの前では、ちゃんと笑えている。普段だって、楽しそうに笑っていた。
笑っている浅黄は、ひまわりのようで本当に素敵だった。
色々な事件を経て、俺はS級冒険者の信頼を勝ち取っていた。そのおかげで、俺は彼らの専属カメラマンになっている。
俺のカメラでは緊張しない浅黄は、S級冒険者の公式チャンネルではヒマワリのような笑顔をみせている。あまりに可愛く笑うので『浅黄スマイル』という造語が配信のコメントで使われるようになった。
浅黄のファンはメディア出演時の浅黄より、配信の方を楽しみにしているらしい。その気持ちは、同じファンとして理解できる。俺のカメラで撮影した浅黄は、世界で一番輝いている。
『さーて、今日もS級冒険者の配信が始まるぞ』
『ここのチャンネルが、一番迫力があるからな』
『笑顔の浅黄ちゃんもモエー』
俺の仕事は、ダンジョンでの配信だけではない。S級冒険者チャンネルの全ての映像を撮ることになったので、息抜き企画として料理や朝のルーティン動画も撮ったりしている。
なお、誰が一番料理上手だという企画もやった。優勝は多智で、最下位は三つ葉だった。
子持ちであろうとも料理上手だとは限らないという現実と多智の器用さを見せつける企画だった。ちなみに、浅黄はカレーをパックの裏側の説明書通りに作って三位になっていた。
中学生なのだから、そこらへんで二重丸のような気がした。けれども、浅黄は悔しいといって料理にも挑戦するようになったのだ。
その様子は、しっかりチャンネルの企画の一つになっている。色々な料理本を見ながら、浅黄が料理を作るという企画だ。家庭科の授業のようだが、ファンも多い企画になった。
S級冒険者も普通の人間だと知ってもらうための始めた息抜き企画だったが、割と評判がいい。
そして、今日は浅黄との撮影だ。
内容はダンジョンでの配信。第三階層のモンスターの倒し方をレクチャーする予定である。
他の冒険者たちの役に立つのはどうするべきかを考えて、俺が発案した企画である。S級冒険者の戦い方をマネるのは難しいが、モンスターの弱点の知識などは有益な情報になるだろう。
「幸さん、今日もよろしくね」
浅黄は笑っていた。
この笑顔が消えた時には……浅黄が死んでしまった時には、俺は絶望するだろう。そして、大いに泣くに決まっている。
「本当は、ダンジョンなんかには潜ってほしくないほどなんだ……」
小さな声で、俺は呟く。
だが、浅黄は自由にダンジョンを駆け回る。そして、冒険者たちを危険から守っているのだ。それが、S級冒険者たちの仕事で役割だから。
けど、一つだけ安心していることもある。
浅黄は、人を失う痛みと悲しみを知っている。自分が死ねば、俺を筆頭に沢山の人が傷つくことが分かっている。
だから、浅黄は自分も大切にしてくれている。
「幸さん、何か言った?」
浅黄は、首をかしげた。
「今日の浅黄をしっかり撮ろうって言ったんだ。俺だけが、強い浅黄を知っているだなんてもったいないだろ」
世界中に人間よ。
浅黄の戦いを観ろ。
彼は俺の推しで、世界で一番死んで欲しくはない人だ。
俺の推しはS級冒険者~ダンジョンでカメラマンをしています~ 落花生 @rakkasei
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます