第32話 虹色



「虹色さんは、いつも僕のことを気にかけてくれるよね。どうしてなの?」


 車を運転している虹色に、浅黄は尋ねた。


 いきなり「アユを食べに行こう」と言われて、無理に車に乗せられた浅黄は不機嫌だ。


 ダンジョンで食べる予定だったチョコレートを食べるのは、イライラを抑えるためだった。チョコレートは好きだ。怒りも恐れも疲れも吹き飛ばして、いつもの自分に戻してくれる。


「山奥の魚より、山奥のダンジョンがいい。アユなんて放っておいて、そっちに行こうよ」


 浅黄の目が輝いているのは、虹色が自分の提案に賛成してくれると思っているからだ。ダンジョンの踏破は、S級冒険者にとって最大の楽しみだと浅黄は考えていたからである。


 何故ならば、ワクワクするからだ。


 当時の浅黄にとっては、ダンジョンは強い敵と戦える格好の修行場であった。


「青春時代の全てをダンジョンで過ごすのは勿体ないだろう。それに、今はアユの季節だ。うまいものを食べるのは、人生の楽しみの一つだ」


 そういうものだろうか、と浅黄は首を傾げる。


 青春の輝きも美味しい物も、浅黄の人生にはないものだった。そして、必要のないものでもある。浅黄は、学校も友人も思い出もいらなかった。


 強さがあればいい。


 そのように浅黄は思っていたし、他のS級冒険者も同じ考えだろうと思っていた。


 けれども、虹色は戦う以外の人生見つけろという。他のS級冒険者も同じことを言っていた。


 皆が、そんなことを言う理由が浅黄には分からない。「自分の人生にはダンジョンだけでいい」と浅黄は思っているのに、それではいけないと皆が言うのだ。


「美味しいものは、コンビニとスーパーにあるよ。わざわざ遠出をしなくともいいと思うのに……」


 浅黄は、車の中から山の風景を見ていた。木々の

 緑の眺めは単調でつまらなくて、すぐに飽きてしまったけれども。


「聞かせてくれ。浅黄は、なんのためにS級冒険者を目指したんだ?」


 虹色の質問に、浅黄はつまらなそうに答える。


 くだらない事を聞くんだな、とも思った。


「……何のためって。そもそもS級に関しては、目指そうとしている訳ではないし」


 祖父には、剣の才能があると言われた。


 だから、自分の力をひたすらに試した。祖父も、それを推奨していた。


 浅黄を鍛えることに、祖父は一生懸命になった。それは、まるで自分自身が達成できなかった目標を浅黄を使って叶えようとしているようだった。


 浅黄は、それを拒むことはなかった。


 今の浅黄は、祖父が叶えられなかった目標を叶えるだけの人形である。S級冒険者になったのは、祖父の目標の一つだからだ。


 それだけ。


 祖父が喜べば、それだけでいい。


 忙しい親に代わって自分の面倒を見てくれたのが祖父だった。


 S級冒険者になったのは、それだけが理由だ。自分で何かがしたいから、と考えを持ったことはない。


 虹色は、その言葉を大声で笑い飛ばした。


 浅黄は、それに驚く。


「俺は、ダンジョンに潜る人々を守りたくてS級冒険者を目指した。俺が強くなれば何人もの人を救えると思ったんだ」


 浅黄は、首を傾げた。


 虹色の言葉は、浅黄には理解できない話であった。S級冒険者は、強い冒険者に贈られる称号に過ぎないと思っていた。しかし、虹色には違うらしい。


「ダンジョンに潜る冒険者は、全てが自己責任で潜ることを納得している。助けは不要だと思うよ」


 浅黄は、ため息をついた。


 ダンジョンに潜れば、一攫千金という夢を叶えられるかもしれない。あるいは強さを求めて、自分を鍛える場所にダンジョンを選んだのかもしれない。


 何を願うのか。


 何を望むのかは、個人の自由である。


 そして、自分の身を守ることも自分でしなければならない。それが、ダンジョンというものだ。他者の助けを期待して良い場所ではない。 


「そうだな。それでも、俺たちには力を手に入れた責任がある。『大いなる力には、大いなる責任がともなう』だったかな?とりあえず、俺たちは他の冒険者が出来るだけ安全にダンジョンに潜れるようにしたいんだ」


 くだらない、と浅黄は言った。


 虹色が言っていることは、個人の責任に踏み込むようなことだ。ダンジョンでは、生きるも死ぬも自己責任である。


 さらに言えば、S級冒険者の数は少ない。浅黄を入れたとしても、その数は五人のみ。


 日本の全てのダンジョンで、平等に人助けを出来る人数ではない。それこそ、おごりというものだ。


「そうさ。くだらない。とてもくだらない願いさ」


 虹色は、浅黄の言葉を笑い飛ばした。


 浅黄は、それにむっとする。


 冒険者として正しいのは、浅黄のはずだ。それなのに笑われるのは、腹が立つ。浅黄は、もう一枚のチョコレートを取り出す。

 

 こんな無意味な会話は、チョコレートを食べながらでもないとやっていられなかった。


「どうして笑うのさ。S級冒険者は、五人だけだ。たった五人で、ダンジョンを安全にするなんて無理だよ」


 どれだけのダンジョンが、日本にあると思っているのだろうか。夢物語にしても無理がある。


 さらに言えば、S級冒険者は多忙だ。既存のダンジョンには、ずっとかまっていられない。


 新規のダンジョンを踏破して、地図などや生息するモンスターの記録をするのもS級冒険者仕事だ。


 そこに多智などはメディア出演もしているので、忙しさに拍車がかかっている。とてもではないが、他人を助けられるような状況ではない。


「そうだな。無理かもしれない。それでも、俺たちは挑戦し続けたい」


 浅黄は、虹色が愚か者に見えた。


「……絶対に、無理だ」


 ダンジョンに潜る人間の安全を守るなんて、出来ないに決まっているのだ。出来ないことを志すのは阿呆がやることである。


「けど……その願いで人の命が助かるんなら儲けもんだろ。浅黄だって、人が死ぬのは嫌だと思っているんだから」


 その言葉に、後部座席に乗っていた浅黄は身を乗り出した。自分でも驚くような大声がでた。


「僕は、そんな事は思ってない!ダンジョンは自己責任で潜るものだし、他人が死んでも気にするものか!!」


 自分の目標は、強くなることだけ。


 祖父が目指したものを叶えることだけ。


「いいや。浅黄は優しいよ」


 虹色は何を言っているのだろうか、と浅黄は思った。


 浅黄の性格を熟知しているほど、虹色とは付き合いがない。虹色は何かと浅黄に声をかけてくるが、それに浅黄に答えることは少なかった。


 時おり、浅黄は考える。


 自分に兄がいたら、こんなふうに自分に接するのかと。一人っ子の浅黄は、ついつい考えてしまうのだ。


 自分が優しいはずがない。


 全ては、虹色の勘違いだ。


「なら、賭けをしましょう」


 自分は優しくはない。


 全ての冒険者を助けることなど出来ない。


「虹色さんが冒険者を助けるという信念を続けられたら、僕は虹色さんの志を尊敬する。ついでに、僕も冒険者を守る活動に加わる」


 浅黄は、虹色が気高い志を続けられるとは思えなかった。だから、自分に利益のない賭け事なんてしたのである。


「なるほど。なら、俺がきっと勝つな。俺はしつこい。死の間際ですら、自分の意思を貫くさ」


 嘘だ、と浅黄は思った。


 そんなふうに人が動けるはずがない。


 


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