第26話 ダンジョンの可能性



「よくも浅黄を泣かせてくれたな」


 プロモーションビデオとポスターを作ったら、多智に詰め寄られて首を絞められた。


 理由は、簡単である。


 プロモーションビデオとポスターのなかで、はらはらと浅黄が涙を流していたからだ。それを撮ったり映像とポスターは人の注目を惹けるし、何より説得力があった。


 俺が作ったプロモーションビデオは、浅黄が額縁を抱きしめているものだった。


 ポスターも同じ構図であり『ダンジョンは危険です。無理をして大事な人を泣かせないで』という文字が入れられている。


「多智さん、これは合意の上の涙だから。ウソ泣き、ウソ泣き!」


 浅黄が必死に庇ってくれていたが、兄貴分の多智に嘘はきかなかった。俺を締める手の力はますます強くなって、俺は三途の川を渡りかける羽目になった。


「まぁ、良いポスターとプロモーションビデオだと思う。ダンジョンに向かう足を止めたり、装備品の見直しをするような気になる」


 多智は、ビデオとポスターのことは認めてくれた。浅黄を泣かせたことだけが、気にいらないだけらしい。気持ちは分からなくもない。俺だって、誰かに浅黄が泣かせたら怒るだろう。


 多智みたいには出来ないけれど、そしらぬ顔で足を引っ掛けるぐらいはしていたと思う。


 もっとも、今回に限って言えば浅黄を泣かせたのは俺なわけであるが。


「浅黄、ごめん。もう泣かせないからな……」


 多智から解放された俺は、ふらふらになりながらも浅黄ぎゅっと抱きしめた。けれども、浅黄的には嫌らしく、両手で押しのけられたが。


「私も三つ葉さんも異論はありません。ビデオはギルドで流してもらうようにして、ダンジョンの近くにポスターを張る事にしましょう」


 アリサは、てきぱきとプロモーションビデオやポスターの件をさばいてくれる。浅黄が泣いていることには何も言わない。この人は、多智よりも感情に流されないタイプらしい。


「ああ……幸さん」


 アリサに声をかけられたのは初めてなので、少しばかり緊張した。浅黄の多智も歳が離れていたが、男同士なので気安かったのだ。


 だが、アリサは女性だ。しかも、色々と厳しそうな。ポスターや映像が、何かの規制に引っ掛かったと言われたらどうしようという思った。


「データをください。自分で印刷したり、データをコピーしたりしますから」


 アリサの言葉に、俺は目を瞬いた。


「あー。アリサちゃんって、涙をフェチなのよ」


 三つ葉は笑いながら言うが、けっこうおかしな趣味だと思う。


「相手の涙を見ると『ああ、征服している』という気がしてゾクゾクしませんか?」


 アリサは、真面目な顔で他人の涙を語った。


 性格か性癖か。どちらかが歪んでいるようだ。


「それにしても、こうして改めて見れば浅黄ちゃんは美形ね」


 三つ葉は、ポスターをしげしげと眺めている。最年長だけに、三つ葉はとても落ちついていた。浅黄の泣き顔を撮ったことも怒っている様子はなかった。


 S級冒険者のなかでは、三つ葉が一番おっとりしているのかもしれない。三つ葉はポスターを見ながら呟いた。


「私も子供と旦那のためにも気を付けないとね」


 三つ葉は、二児の母親だ。だが、夫の噂はまったく聞いたことはない。どんな人だろうと考えていると三つ葉は乙女のように頬を赤くする。


「私と夫は、大恋愛だったのよ。同じパーティで、何度も一緒にダンジョンを潜ったわ。お互い冒険者だったから仕事の意義も大変さも分かってくれて、S級冒険者の私を専業主夫として献身的にサポートしてくれているの」


 写真を見せてあげる、と言われてスマホの待ち受けを見せてもらった。そっくりな双子の女児と細身の男性が写っていた。


 三つ葉の夫は冒険者をやるには細すぎて、三つ葉の活躍にはついていけなくなったのだろうと思われた。

 

 三つ葉の夫は専業主夫をしているらしいから、私生活で彼女をサポートすることに決めたらしい。


 二児の面倒を見ながらS級冒険者を続けることは、絶対にできないだろう。数が少ないS級冒険者の仕事が多いことは、彼らを見ていて俺も分かってきた。


 三つ葉は夫がいることで、自分の仕事に打ち込めているのだ。普段からS級冒険者助けてもらっている者にとって、三つ葉の夫は足を向けて眠れないような恩人だろう。


「ビデオとポスターの件は、これで終わりにしましょう。次の議題は、ダンジョンについてです」


 アリサの言葉に、S級冒険者たちの顔が引き締まる。俺は失礼しようと思ったが、浅黄に止められた。浅黄は、少し不安そうな顔をしていた。


「君は、あの場にいたから。ほら、僕らが気づいていないものを見ているかもしれないし」


 そういうが、俺は浅黄と同じものしか見ていないと思うのだ。それに、俺が見たものはそのまま配信されてしまっているはずだし。


「あれから俺たちは多数のダンジョンに潜ったが、どのダンジョンでもボス同士の共食いが見られた。正確にいうならば負けたボスが、新たに出現した別のダンジョンのボスに喰われている」


 多智によると、どこのダンジョンでも俺たちが見た光景が繰り広げられているらしい。そして、共食いをした方のボスのダンジョンは明らかに強くなっているという話だ。


「共食いして、合体しているのかな?」


 浅黄の合体という意見は中学生らしいが、あながち間違いというものでもない。人間に負けたボスが他のボスに喰われることによって、最強のボスを作り出しているようだと俺も思ったからだ。


「ボスが食われたダンジョンでは、ボスは復活しませんでした。これも今まではなかった現象です」


 アリサの言う通りだ。モンスターとボスは、いくら倒しても一定時間を過ぎれば復活していた。そして、死体は自然に消えていた。


「ダンジョンは分からないことが多いとはいえ、こんなことは世界にも例がないようだぞ」


 そう言いながら、多智は日本地図を広げた。


 地図には、ダンジョンの位置が記されている。ある程度の距離を置かれてダンジョンは出来ていて、密集地などはない。まるで、縄張りでもあるようだ。


「負けたボスを食べているのは、そのダンジョンから一番近いダンジョンのボスだっていう一貫性はあるんだよな……」


 多智の言う通りだ。


 地図を見れば、その関係性がよく分かる。


 俺達が見た大蛇のボス。そのボスの死体を食べたらボスは、近くのダンジョンのムカデのボスだった。


 普通に考えるならばムカデのボスも何者かに食われても良いのだろうが、近くにダンジョンがないせいか共食いなどの情報は未だに入っていない。


「なんだか、ダンジョンって食虫植物みたいだよね」


 浅黄が、ふと呟いた。


「貴重なアイテムで人間をおびきだして、モンスターに襲わせるっているし。ハエトリ草とかに、そっくり」


 浅黄の何気ない言葉に、俺は「あ……」と声を上げた。俺の考え始めは所詮は思いつきだ。けれでも、これこそが答えかもしれないとい胸のざわめきのようなものがあった。


「ちょっと、ごめんなさい。共食いしたっていうダンジョンのボスとつなぎ合わせていくと……」


 俺は、ペンを持って地図に線を描く。


 共食いしたボス同士のダンジョンを線で繋げてみれば、その距離は全てが一定だった。


 ボス同士の共食いが見られたダンジョンは、一定感覚の距離で出現している。


 日本は山や川が多いから直線距離など移動の役に立たないが、地下ならば違う。そして、ダンジョンの第五階層は地下だ。


「浅黄の言ったことは、あながち間違いじゃないかもしれないぞ」


 俺は、顔を上げた。


 「ダンジョンというのは、一つの生命体だ」


 それも、二つのダンジョンで一つの生き物だ。二つのダンジョンは地下で繋がっていたからこそ、一定の距離で二つのダンジョンは出現していた。


 そして、縄張りなどもあるのだろう。比較的近い二つのダンジョンの側には、別のペアのダンジョンはない。


「前から、モンスターや人間の死体がどこに消えるのかは不思議だった。モンスターたちは人間を殺しても食べないのも……ダンジョンが吸収しているからだ」


 俺の仮説に、その場にいる全員が言葉を失った。


「ちょっとまて、ダンジョンが二つで一つの生命体で……人間をおびき寄せるために貴重なアイテムなんかを用意しているっていうのか。考えられないな」


 多智は、深く考えているようだった。


 だが、この考え方をするならばモンスターの謎、ひいてはダンジョンの謎が綺麗の解けてしまうのである。


 ダンジョンそれ自体が生物だというのならば、各階層ごとに出現するモンスターやボスは牙や歯ということだろう。彼らが人間を殺して、それをダンジョンが吸収しようとしていたのだ。


「しかし、この仮説が正しいとして……。どうして日本のダンジョンだけで、ボスの共食いが発生しているでしょうか?」


 アリサの疑問に対して、俺は答えが分かっていた。


「日本は冒険者が少なくて、同時に犠牲者も少ない。だから、ダンジョンは狩りの方法を変えたんだ。ボスを強くして、強い冒険者を確実に狩る」


 ごくり、と多智は唾を飲み込む。


 俺の仮説が恐ろしくなったのかもしれない。


「このままにして置いたら、ボスみたいに他のモンスターたちは共食いを始めるかもしれない。そうなれば、日本のダンジョンの強さのレベルは格段にあがる」


 今までS級冒険者たちは、ダンジョンで命を落とす冒険者を少なくしようと力を入れていた。それは、うまくいきすぎていたのだ。


 獲物が狩れないと悟ったダンジョンが、狩りの方法を変えるぐらいに。


「三つ葉さん、今すぐにギルドに報告してください。専門家に意見を伺って、場合によっては調査もしないと……」


 アリサは、三つ葉に指示を飛ばす。


 ダンジョンは、それぞれの危険度が事前に調べられている。その前提が崩れているとしたら、ダンジョンがより危険になったことを知らない冒険者が危険にさらされる。死者が増えてしまう。


 それは、S級冒険者たちの思うところではない。


「多智さん、浅黄さん。今から、ギルドに全てのダンジョンを封鎖してもらいます。あなた達は行ける範囲でダンジョンの様子を確認してください。そして、幸さん」


 アリサに名前を呼ばれた俺は、背筋を伸ばした。S級冒険者の司令塔に名を呼ばれて、緊張したのだ。


「現在の私たちに必要なのは、情報の共有です。あなたのカメラでダンジョンを撮影して、それを共有することは出来ませんか?」


 俺は緊張のあまり、上ずった声で「できます」と俺は答えた。カメラやスマホを取り出して、設定を色々と調整する。


「ちょっと、スマホを借ります。いつもよりも画質が悪くなるだろうけど、グループの設定をして……。これで、俺のカメラの映像を共有できます。三つ葉さんのスマホでも同じ操作をすれば、同じ映像を共有させられます」


 多智と浅黄が、無言でスマホを差し出してくる。


 スマホの設定して欲しい、ということだろう。


「……たく、素直に言えばいいのに」


 俺は、多智と浅黄のスマホにも同じ設定をした。念のために確認したが、映像の共有はしっかり出来ているようだ。


「幸さん。民間人のあなたに協力を頼むのは、非常に心苦しいですが……。多智さんと浅黄さんと一緒に行動してください」


 それは、浅黄たちと共にダンジョンに潜れということだろう。浅黄と多智の片方が撮影をしていたのでは、戦力が下がってしまう。撮影のための誰かが必要で、知識がある俺はちょうどいい人材だった。


「それは、危ないよ。幸さんは民間人なんだし、ダンジョンのなかに無理に引っ張っていくのは……」


 俺は、浅黄の言葉を遮った。


「戦いながらカメラを回してはいられないだろ。でも、情報の共有は必要だ。今必要なのは、どのようにダンジョンが変化しているかの情報の共有だ」


 俺は、にやりと笑ってやった。


 でも、予想より頼りない笑顔だった。こんな時こそ、格好良く笑わなければならないのに。


「心配するなって。危なくなったら、お前らを置いてでも逃げるから」


 ジョークのつもりだったが、浅黄は真剣な顔をする。


「その言葉を忘れないでね」


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