第19話 ミノタウルス


『でもさ、この状況でヤバくない。ほら、虹色の時と同じだし……』

『救助中に死んだんだよな』

『要救助者が、後ろから虹色を刺したらしいぞ』


 聞きたくないコメントも人工音声で、カメラは読み上げる。


 虹色の事件は、ダンジョンに関わる人間の間では有名なのだ。だから、今回も話が出るだろうと覚悟はしていた。けれども、実際に話を聞けば煮え切れない気持ちが再熱してしまう。


『ソレって、犯人がA級冒険者だったヤツだろ。自分がS級冒険者になるために、虹色を殺して空席を作りたかったって。そんなのが、犯行理由だったんだよな』

『S級冒険者の人数なんて決まってないのに虹色を刺すだなんて、もう完全に八つ当たりだよな』

『そんなヤツを守った虹色って、無駄死にじゃん』


「違うだろ!」


 カメラが読み上げるコメントに向かって、俺は口を挟んでいた。


 本来ならば、こんなことはしない。


 カメラマンとは、影の存在だ。何か事情がない限りは出張ってはいけない。


 けれども、そんな基礎的なことを俺は忘れていた。自分の心に溜まっていた鬱憤を吐き出すように、顔も見えない視聴者たちに意見する。


「あの人は、自分を刺した人間だって助けた。虹色は、最後まで自分の信念を通したんだよ!」


 S級冒険者とは、なんのために存在するのか。


 他の冒険者より強いことを誇示するためか。


 他の冒険者に、ここが到達点だと教え込むためなのか。


「虹色は、人を助けてこそのS級冒険者だと示したんだ!」


 たとえ自分を殺そうとしたとしても、弱者を守る姿勢は変わらない。虹色は、そのような弱者に対する博愛の形を示した。


 この究極の博愛精神は、誰にでも出来る事ではないだろう。


 それでも、虹色はやり遂げた。


 やり遂げて、S級冒険者の精神を見せた。


「あの人の信念は、他のS級冒険者たちに受け継がれている。だから、無駄死にだったなんて言うな!!」


 俺の大声に、しばらくは静かになる。


 コメントの読み上げが再開されたのは、数秒後のことであった。


『カメラマンの人って、虹色のファンだったんだ。虹色ファンって、暑苦しい人が多いよな』

『でも、日本が冒険者の死亡率が一番低いらしいぞ』

『なんだかんだで、S級冒険者が警邏を頻繁にしていたりするからな』

『S級冒険者って、強いだけでは務まらないわけね。人数が少ないのも納得だな』

『俺はダンジョンには潜らないけど、推しの配信者はいるわけよ。もしも、そいつが他人のために怪我とかしたら凄いとは思うけど……。誰かのために傷ついたり死なないで欲しい』

『それは……そういうもんだろ』

『あー、俺は浅黄ちゃん推しだけど。あんまり危ないことはして欲しくはないかも。まぁ、あの子はすぐにぶっとんで行っちゃうけど』


 今みたいに、とコメントは続ける。


『S級冒険者に最新の武器とか渡せないかな』

『S級冒険者でなくとも、最新より手に馴染んだものが良いって奴はいるぞ』

『俺たちが、S級冒険者に助けてもらわないほどに強くなればいいんだよ』


 そのコメントは、一見すれば馬鹿らしいものだった。けれども、S級冒険者に頼らずに自分の力で強くならなければというコメントは俺にとっては好ましいものだった。


「ちゃんとした装備して、ちゃんと身体を鍛えて、ちゃんと自分のコンディションを見極めて……。そういう当たり前が、S級冒険者の負担を減らすんだ」


 そうだ。


 これが、俺がプロモーションビデオで伝えたいことだ。誰かを助けるという志が立派なことは、俺だって分かっている。


 けれども、それで死んでは欲しくはない。


「俺は、もっと虹色の活躍を見ていたかった」


 ああ、そうだ。


 あの人は、俺の推しだった。


 凄い、と認めた人だった。


「うわぁ!」


 俺の目の前に、巨大で筋肉質な腕が飛んできた。巨大な手は、明らかに人間のものではない。特に爪など分厚くて、それは明らかに武器として扱われているものだった。


「幸さん、気を付けて!」


 浅黄の声が聞こえた。


 あと少しは走るだけで、浅黄と合流できるであろう。


『これって、ミノタウルスの腕だよな。モンスターのなかでも、強い奴……』

『戦っているのがS級冒険だって分かっていても、勝つか負けるかドキドキするよな。浅黄って、他のS級冒険者の中では体力とか腕力はないほうだし』

『十四歳なんだから、鍛えた二十代に勝てたら怖い』


 浅黄を心配するコメントが増える。ミノタウルスは、攻撃力と防御力が高いモンスターだ。S級冒険者以外で、単騎で戦いを挑むような者はいない。


「危ないから、あんまりこっちに寄らないでね」


 やっと浅黄に追いついた俺が見たものは、巨大なミノタウルスだった。元々が巨大なモンスターではあるが、浅黄と戦っているミノタウルスはさらに巨大な個体であった。


 浅黄との身長差は三倍もあって、斧を使って浅黄を攻撃している。そして、そのミノタウルスには片腕がなかった。浅黄が、切り落としたのである。


『まさに大人と子供の身長差って奴だな』

『いや、大人は十四歳の三倍もないって』


 視聴者たちのコメントが現実逃避している。


 それぐらいに、ミノタウルスは強そうに見えたのだ。俺は思わず、浅黄に「逃げろ」と言いそうになった。


「うーん、やっぱり腕力が足りないな」


 浅黄は、絶望などしていなかった。


 まるで、その感情を知らないように自らの腕をもんでいる。


 浅黄はS級冒険者のなかで最速だが、腕力は最弱だ。そのため、攻撃の手段は手数を増やしてダメージを蓄積させていくというもの。


「うぉぉぉぉ!」


 片腕のミノタウルスが、咆哮を上げる。今までの攻撃が序盤で、これからが本気だと言っているような咆哮であった。


 一方で、浅黄も刀を構えなおす。


 ミノタウルスの本気を受け止めるために。


 先に動いたのは、浅黄であった。


 足音さえも消して、その場から浅黄の姿が消えた。俺のカメラには、残像すら残さない。どこに行ったのかと考える前に、コメントの声が響く。


『ミノタウロスの顔面!』


 俺がカメラを向ければ、確かに浅黄はそこにいた。ミノタウロスの目の前に現れた浅黄の刀は、魔物の目を切りつけている。


 両目を失ったミノタウルスは、吠えながらも我武者羅に斧を振るった。


 浅黄は、それを飛んでいるかのように避けるのだ。まるで、鳥のようであった。


「綺麗だ……」


 俺は、ボソリと呟いていた。


 戦う浅黄は、まるで小鳥のように自由に飛ぶ。


 無論、それは錯覚だ。


 浅黄は重力に逆らうことは出来ない。跳ぶことは出来ているが、飛ぶことは出来ないのだ。


 けれども、それぐらいに浅黄の戦いは遊雅であった。


 片腕を失い。視力を失ってもミノタウルスは、未だに好戦的だった。逃げるような素振りを全く見せない。


 むしろ、失われたものを取り戻そうとするために我武者羅に攻撃してくるのだ。


「これでも、倒れないか」


 浅黄は、ぼそりと呟く。


 浅黄の素早いが、他のS級冒険者と比較すれば攻撃が軽い。故に、ミノタウルスのような防御力に優れた相手には分が悪かった。


『これって、来るんじゃないのか?』

『うわー。噂には聞いていたけど!』


 コメントが盛り上がる。


 浅黄は、S級冒険者だ。故に、自分の弱点は、そのままにはしない。


 浅黄が狙ったのは、ミノタウルスの喉だった。他の部分よりも柔らかな喉は、もはや浅黄の残像すら残さない素早さで切り裂かれる。


 俺たちが次に見た時には、浅黄の刀がしまわれる時だった。


 目や口と言った体の柔らかいところを攻撃して、敵に痛みを与え続ける。そこから生まれる隙を突くのが、浅黄のやり方なのだ。


 もっとも、その攻撃はよっぽど強いモンスターにしか使われない。


 喉を切り裂かれたミノタウルスは、最後の咆哮すら上げることも許されず、地面に沈んでいった。どしん、とその巨体が倒れて地響きがなる。


「ちょっと、強かったな。ご褒美、ご褒美!」


 浅黄は、嬉しそうに懐から板チョコレートを取り出す。どうやら、浅黄は強いモンスターを倒すごとに褒美にチョコレートを食べる事を習慣にしているらしい。虫歯になりそうな習慣だ。


「あっ、幸さんもいる?やっぱり、疲れにはチョコレートだよね」


 浅黄は笑顔で、一欠けらだけチョコレートを渡そうとする。しかし、俺の手がカメラでふさがっていると気がつくと


「はい、あーん」


 近づいてきた浅黄は、チョコレートを俺の口元まで運ぶ。ほとんど無理やり口に放り込まれた形になったが、疲れた体にたしかにチョコレートの甘みは染みた。


『チョコレート食べ過ぎじゃね?』

『それより、浅黄ちゃんからの「あーん」は羨ましい』

『おちつけ。浅黄は可愛い顔をしているが、男子中学生だ』


 コメントは色々と言っているが、それには気づかない程度には浅黄はチョコレートに夢中になっていた。



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