第8話 プロモーションビデオ


 我が校には、残念名物というものが存在する。


 その一つが隠蔽体質の校長および教頭だ。生徒がなにか問題を起こしも、外には情報が漏れないようにするしか仕事をしない。


 おかげで高橋のような不良が調子づいて、一般の学生は自分の身を守るためにも傍観者でいるしかないというわけだ。


 俺のことを見て見ぬふりをしていた生徒たちにもちゃんと理由があるのだ。下手に自分が高橋の怒りをかっても、教師たちは誰も助けてくれない。ならば、自分可愛さに余計なことなど誰も出来ないだろう。


 正義には、権威も必要である。


 この学校は、そういう世知辛いことを教えてくれる。いや、学ばなくて良いことだけども。


「いててて……」


 意外なほど腹が痛むのは、昨日も同じところを蹴られたからだ。ダンジョンで囮にされかけたり、朝からカツアゲされそうになったりと本当についてない。


 はぁ、と俺は大きな溜め息をついてしまった。それに気がついた浅黄は俺の顔を覗き込む。


「大丈夫?」


 心配そうな浅黄だが、俺の怪我は打撲のためにやれることは少ない。保険医不在なゆえ、浅黄が勝手に部屋を漁って手に入れた湿布を貼ることぐらいだ。


「切り傷だったら、縫うとか出来るんだけど」と浅黄はブツブツと怖いことを言っている。


「俺の方は大丈夫だけど……」


 ダンジョンにもぐれば、これぐらい怪我は日常茶飯事だ。むしろ、打撲ですめば良いぐらいだろう。


 浅黄が言っているように、その場で手当をしなければならないような深い傷を負うこともある。怪我の治療がトラウマになって、ダンジョンに入れなくなったという同業者も知っている。


 昨日の囮にされた件は、浅黄に助けてもらえたからラッキーと言えるかもしれない。命拾いをしたと言えるからだ。浅黄がいなければ、俺は死んでいたであろう。


「そういえば……。多智さんの方は、どうしたんだよ。この学校に用事なんかないだろう?」


 うちの学校では、ダンジョンに潜ることも校則で禁止されているのだ。だからこそ、S級冒険者が直接来る用事など考えられない。


 ダンジョンに潜ることを許可している学校にだってS級冒険者はこないだろう。なにせ、日本には四人しかいないのだ。


 いや、最近までは五人だったが。


 それとも、身内が高橋とかに虐められたのだろうか。外部の中学生の浅黄にまで手を出しているのだから、高橋たちがどこで悪さをしていてもおかしくはなかった。


「あっ、そうか。君には、まだ話していないんだった」


 浅黄は、こほんと咳払いをした。


 どうやら、大人ぶっているらしい。中学生が背伸びしている姿は、可愛らしく思える。


「君をスカウトに来たんだ」


 浅黄は子供らしい大きな瞳で、じっと俺を見た。浅黄は真剣な口調だったが、俺は言葉の意味をしばらく理解できなかった。スカウトという言葉が、俺自身に向けられたものだとは思えなかったのだ。


「スカウト……?」


 それは、冒険者としてのスカウトだろうか。


 俺は冒険者の試験を受けてないし、受けたところで最下層のDランクが良いところだろ。カメラを教えてくれた伯父さんに護身術も教えてもらったが、それ以外は剣の鍛錬はしていない。


「カメラマンとして、が抜けているぞ」


 保健室のドアを開けたのは、多智だった。


 さっき見たときはピシッとスーツを着ていたのに、そのスーツは今は着崩れている。


 学校という場所にはそぐわない着崩れたスーツに、俺はちょっとばかり緊張した。スーツ姿の男性教師はありふれているが、多値ぐらいに着崩している者はいない。


 その姿に、俺はちょっと緊張してしまったのだ。なぜならば、着崩している多智の方がテレビに出てくる人というオーラを出しているからだ。


 先程のきっちりしたスーツ姿では、そんなふうに見えなかった。テレビのなかでも、スーツを着崩しているからかもしれない。


 ちなみに、高橋の姿はない。


 さすがに校長に怒られているのだろう。部外者が生徒の暴力行為を目撃していたら、さすがに問題化しなければならないはずだ。見て見ぬふりというのは出来ないだろう。


 暴力行為となれば、停学にでもなるのだろうか。停学明けに高橋が突っかかってこないか心配だ。魔除け代わりに、S級冒険者たちのプロマイドでもポケットに潜ませていようか。


「ダンジョンの危険性を訴えるために、映像を撮りたいんだ。あと、できたらポスターも作りたい」


 多智の言葉に、俺は首を傾げる。


 カメラマンとしての腕を買われたようだが、俺より上手い人間は山のようにいる。


 多値が撮って欲しいのは、ダンジョンの危険性を訴えるビデオ……。つまり、プロモーションビデオである。


 俺が撮った経験のないジャンルである。俺が撮っているのは、配信用のモンスターとの戦いの映像だけだ。メッセージ性の強い作品を撮ることは、初めてのことだった。


「昨今は、無茶な装備でのダンジョンに挑んだりする人間も多い。そのため、ギルド連中からもどうにかしろとせっつかれていたんだ」


 S級冒険者は普通の冒険者とは違って、珍しいアイテムを探してはいない。


 冒険者を取りまとめるギルドから、ダンジョン関連の仕事を依頼されて稼ぎとしている。


 ダンジョンに関する死者を減らすのも仕事だし、新たにできたダンジョンに一番最初に潜ってマッピングをするのも仕事だ。


 その時に作られたダンジョンの地図は、ほとんどの冒険者が使うものとなる。


 その他にも色々と仕事はあったが、S級になればダンジョン関連の仕事が自然と入ってくる。


 好きなダンジョンに深く関わりたい。


 有名になりたい。


 より危険な冒険をしたい。


 稼ぎたい。


 S級冒険者という称号は、多かれ少なかれ様々な冒険者の欲を満たすことができる。だからこそ、S級冒険者は憧れの存在であるのだ


「そのために、カメラマンを探していてな。浅黄から、ちょうど良さそうな人間がいると聞いたんだ。それで調べてみたらまだ学生で、これは最初に学校に話を通した方が良いと思ってな」


 多智はスーツの上着を脱いで、ネクタイを緩めた。この人は、スーツが苦手なのだろう。そういうふうに思わせる見事な脱ぎっぷりだ。


「ところが、来てみたら世紀末みたいな学校でさ。最近の学校って、全部がこうなのかよ?」


 高校生が危険な冒険者をやっているわけだよ、と多智は言った。


 たしかに、冒険者は割が良いので高校生には人気なバイトになっている。俺にとってはありふれた光景だったが、危険を冒してまでもダンジョンに潜るというのは物騒すぎることなのかもしれない。


「学校が居づらい場所だからこそ、力量が全てのダンジョンに居場所を求めてやってくるんだよな。そこで自分の居場所を見つけて癒やされちゃっているんだよ。ダンジョンは危ないというのに」


 多智の言葉は、真面目な大人のものだった。


 そういえばテレビでも多智は見た目に反して、真面目でまともなこと言うタイプのコメンテイターだったと思い出す。


 アイテムを収集して大金を得る成功をちらつかせて、ダンジョンの踏破をそそのかすような人間ではないのだ。


「まぁ。学校教育の嘆きは、ここまでにしようか」


 多智は、カバンの中から書類を取り出す。それを受け取った俺は、書類に目を通した。


「これは……」


 そこには、俺が手掛けたパーティの配信のサムネが印刷されていた。数が多くないのは、表立って名前を書いてない配信の方が多いからだ。


「お前が作った画像は、できる限り見た。正直に言って驚いたよ。そこら辺のプロと同じぐらいの腕前だ」


 S級冒険者に褒められて嬉しくないわけがない。けれども、プロ級だとの評価はやり過ぎなような気がした。


 ダンジョンでの撮影は技術が必要ではあるが、機材に頼っている部分が大きい。俺は叔父さんから引き継いだ機材が良いものだから、プロと肩を並べられる。技術自体は、俺は未熟だ。


「是非、ダンジョンの危険を訴える動画を撮って欲しい。安心しろ。校長には、ちゃんと脅し……了解は取った」


 今、多智の口から脅したと聞こえた。


 校則でダンジョンには潜るなと明記してあるから、そこを無理に変えさせたのだろう。まぁ、隠れてダンジョンに潜っている生徒は沢山いるので、校則が変わったのは良いことだったのかもしれないが。


 とりあえず、多智の気持ちは分かった。


 求められるというのもは、物作りしている人間からしてみればすごく嬉しい。けれども、俺は依頼を受ける気はなかった。


 プロモーションビデオなんて初めて撮るのだ。そんなものに給金が発生するなんて怖すぎる。


 しかも、S級冒険者のプロモーションビデオなんていたるところで使われるに決まっている。そんな大役は引き受けられない。


「すみません。俺には力量不足です。俺は配信をしているだけで、プロモーションビデオを作るのは初めてなんです。」


 俺は、やらない意思をはっきり告げた。


 けれども、浅黄と多智は引き下がる様子を見せない。普通の高校生が撮った映像に、何を感じたというのだろうか。残念ながら、俺には理由が分からない。


「S級冒険者のプロモーションビデオを撮るなら、プロの方に依頼をお願いしてください」


 俺は、頭をさげておいた。


 そうしておけば、後々の面倒が減る。そんな打算的な事を考えられるぐらいには、俺は大人だった。


「あくまで、俺の考えだけど。こういうものは、経験としてやってみればいいと思うんだよ。別のやつに頼んだら、こうなったし」


 どうやら、最初から俺に白羽の矢が立っていたというわけでもないらしい。俺の前に映像を作った人間はいたが、浅黄や多智たちはそのデキが気に入らないのだ。


 多智はスマホを操作して、前に作られたプロモーションビデオを見せてくれた。映っているのは浅黄で、格好良くモンスターを倒している。この映像のデキが悪いとは言わない。


 浅黄を売り出すためのプロモーションビデオであったならば、文句はないだろう。むしろ、素晴らしいと言えるいくらいだ。けれども、これではいけない。


 今回のプロモーションビデオは『ダンジョンの危険性』をアピールするためのものだ。だが、格好が良い浅黄を映したのでは逆効果であろう。


「これは、たしかに……」


 撮影者は、浅黄のファンなのだろうか。浅黄の魅力だけは、存分に押し出している。映像の中の浅黄は、まるでヒーローのように活躍していた。


「プロモーションビデオとしては使えないだろう。だから、お前に引き受けて欲しかったんだ」


 多智は、残念そうな顔をしていた。俺に仕事を引き受けて欲しかったのに、という雰囲気を感じられた。


 俺は、浅黄を見た。


 浅黄は、膝の上で拳を握っている。そして、いきなり立ち上がって俺の手をとった。これには、俺も多智も驚いた。


「僕は、幸さんに撮って欲しい。……だって、幸さんはダンジョンの怖さを知っているから」


 浅黄は泣きそうだった。


 ダンジョンが、危険を呼びかける映像が作りたい。なのに、出来上がったものは己の理想とは遠く離れたもの。


 そんな時にカメラマンの俺との出会いは、浅黄にとっては天啓のようにすら思えたのだろう。だからこそ、浅黄は必死になって俺に仕事を頼み込んでいるのだ。


 浅黄の必死な表情に罪悪感を覚えないわけではない。S級冒険者である看板を外せば、浅黄は十四才の少年なのだ。


「……どんなものになっても知らないからな」


 俺は、依頼を受けることになった。



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