第八話
僕は、これまで絞り出すのに精いっぱいだったような、赤裸々な言葉の数々が、流れるように出てくる。
「正直、僕はいじめっ子連中と、多分仲良くなることは無いな、って思ってたんだけどさ。でも、徹矢とリョウは、なんか喋れる。芯は、やっぱ良い人たちだからさ。なんか、派手に圭田律に反抗したんでしょ?」
僕は、遠本君の頬の絆創膏を指さして笑う。
「まあな。なんか、ありがとう」
「じゃ、早速、頑張っていこう」
「っしゃ!」
パン、と乾いた気持ちのいい音が、夕焼け空に響いた。
まず、僕たちはもう一度、花を見に行くことにした。あわよくば、江崎君から話を聞き出すつもりだ。
遠本君改めリョウは、耳栓を耳に付けながら、一気に坂を駆け上がってゆく。
僕は、息も絶え絶えになりながらそれを追いかける。
それでも、だんだんとリョウの姿は小さくなってゆく。
「ちょっと、待ってよ……」
なんとか坂を登り切って、江崎宅の裏口の方へ回る。
「おい、ヤバいぞ」
角から出てきたリョウは、僕の肩に手を置いて揺さぶりながら言った。
「何が?」
「まあ、見てみろよ」
僕は、リョウの手を外して、角の向こうを見つめた。
「え……?」
見たことの無い景色に、僕は口を開け、息を止めた。
「……なんでだ?」
冬の雪かき道具や古い三輪車がごちゃ混ぜになった倉庫が向こうに見える。
立ちはだかっているはずの嗤う花はおらず、あるのは土の入った小さな植木鉢だけ。
「……ウソでしょ?」
「そうなんだよ、どういうことだよこれ。なんで、なんで花がねえんだよ」
顎が落ちそうなほどの愕然とした表情で、リョウは僕を揺さぶった。
「分かんないよ。誰かが収穫したとか……」
「がか? どういうことだよ、それ、意味わかんねえよ。なんでそんなことするんだ?」
収穫して何をすることが出来るかと言えば、葉を毒にするか、種を薬にするか。
「あるいは、単純に枯れたとか……?」
その可能性を口にしようとしても、喉の蓋に邪魔されるため、僕は他の選択肢を提示した。
「まあ、確かにいつ枯れてもおかしくないような見た目ではあったけどさ……そうなのか?」
僕はもう一度、ヒョロヒョロの赤紫の茎の花を思い出した。
「いや、分かんないよ。でも、そうと考えるしか無くない?」
「……まあな」
と、ガチャリ、とドアノブの回る音がした。
僕たちは、何の合図も無く、二人揃って、外へ駆けだした。
「えーと、そんじゃあ、席替え、ですね」
ホームルームで、北井先生が教卓の前に立ってそう話すと、生徒からは歓声が起こった。
「本当は予定が無かったんですけど、まあ、期末テスト近いしってことで、要望があったので、席替えします。お願いなので、したからには、全体の成績を上げてもらえるようにお願いしますね」
おどおどと北井先生が話しているのもどこ吹く風、生徒たちはそれぞれが、周囲の席の者に別れの挨拶や握手をしているところだった。
「それでは、便利になったもので、このサイトを使ってやります」
と、モニターに現在の席順の表が書かれたサイトを出した。『レッツ席替え』というボタンをクリックすると、一瞬で席が変わった。
固唾を呑んで見守っていた生徒たちは、黒目を動かして新しい席順を見ると、歓声を上げ、意気揚々と席を変え始めた。
その中で、僕は、席順を確認した時、経験したことも無い心臓発作を起こしたような感覚に襲われた。
まるで、荒尾啓太という意識だけが、周囲の時間に置いていかれているような気がした。
「荒尾君、どうしたの?」
「あ、いや何も」
北井先生に声をかけられてから、僕はこの時間の流れに立ち戻り、いそいそと席を動かし始めた。
場所は、黒板に向かって右側の後ろ。
「おぉぉ、啓太くぅん、よろしくねぇ」
鼻筋をドロドロした液体で濡らした、江崎君が僕の隣に陣取った。
「え、マジで?」
リョウは興奮した顔持ちで言った。
「そう」
「じゃあ、頑張ってタイちゃんに話聞いてくれよな、色々」
「そんなこと言われても大変じゃん。え、リョウは無理なの?」
「俺はまあ、位置的にもそうだし、関係もやっぱあれだと思うわ」
リョウは、僕たちとは対角線の向かいの席だった。
「ちなみに、俺は隣、岩片だったわ」
「まあ、最近休みだしね」
「ああ」
そこで、チャイムが鳴り、生徒たちは慌てて席に戻っていった。
北井先生は、頭を掻いて、彼らをぼんやりと見ていた。
「で、どちらの方がまるまるですか? と訊ねる時って言うのは、Which is、比較級、で、A or Bって感じでやります」
教室は、暖房がよく効いたぬくぬく空間だった。
生徒の半数は、楽しい夢に入っている。
「それじゃあ、リピートアフターミー。Which is taller,Hiroshi or Toshihiko?」
リピートされた声は、北井の声の半分以下である。
「ねえねえ、啓太くぅん」
江崎君が、そっと英語ノートの切れ端を渡してきた。
『昨日、うちに来てた?』
筆圧は太いが、バランスの取れていない字が、僕に疑問を投げかけた。
「え、ま、まあ……」
「なんで?」
「ちょっと、そっちの方で遊んでて」
「ふうん」
江崎君は、鼻水を啜りながら、ニヤニヤ、目を躍らせながら僕の話を聞いていた。
「そうだ、あのさ、江崎君、は」
花を育ててるって聞いたけど、と言おうとすると、いきなりモニターから、単語発音の声が聞こえ、僕はピクリと一瞬、身体を上下させた。
ちょうど同じ時、江崎君はティッシュを鼻に当てて、ズズズズズと大きな音を立てていたので、僕は訊くにも訊けない。
結局、何事も無かったかのように僕は、英単語の発音を始めた。
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