第二十一回

 朝早、裕貴と亞美を待っていたら、先に翡翠ひすい班長と出くわした。


「約束通り、映像はもう削除したよ。」


「……よかったぁ。」

 僕は胸をなで下ろした。やっと、心臓の鼓動が落ち着いた気がした。


「それと、昨日は本当にありがとう。」

「い、いえ……。僕のほうこそ、少しでも役に立てて嬉しいです。」


 そう言うと、翡翠ひすい班長は一瞬ぽかんと僕を見つめ、それから小さく瞬きをして我に返った。

 そのあと、茶莊の話を少しした。特に人手不足のこと。


「昨夜ね、求人の申請がたくさん届いたの。すぐに人手も足りるようになると思う。本当にありがとう。」


 班長はぺこりと、丁寧に頭を下げた。


「そ、そんな……僕なんて、たいしたことしてませんよ!」

 僕は慌てて手を振った。


「いいえ、あなたがいなければ花語軒かゆしゅえんは成功しなかった!」


「お、おおげさですよ……。僕、ただの看板娘……じゃなくて、看板男ですし。」


「おおげさじゃないわ。あなたのおかげで人が集まったのよ。」

 翡翠ひすい班長はぎゅっと拳を握る。

「やっぱり、あなたの写真をネットに載せて正解だった。」


「……え?」

 最後の部分、声が小さくてよく聞こえなかった。


「な、なんでもないっ!」


 いつも冷静な班長が、ちょっと慌てたように視線を逸らす。

 その仕草がなんだか可愛く見えて、僕は思わず笑いそうになった。

 ……最近、班長の意外な一面ばかり見てる気がする。まるで、秘密を知ってしまったみたいだ。



 そんなことを考えていたら、班長が去り、ほどなく裕貴と亞美がやってきた。


「なるほどね……そういうことか。」


 僕は昨日の出来事を全部話した。

 ただし、あの“羞恥の小跳び”の部分だけは、さすがにぼかして。

 話を聞き終えた裕貴は、なんだか哀れむような目で僕を見てきて、

 亞美なんて、とんでもないことを言い出した。


「男の子だってね、外に出るときはちゃんと自分の身を守らなきゃだめだよ!」


 ……それ、普通は女の子に言うセリフじゃない?


「やっぱりあんたらしいわぁ~。」

「それにしても、班長にあんな一面があったとは……。」


 二人とも、僕が看板男をやってる写真を見たときの感想がこれだった。

 ちょ、ちょっと言いすぎじゃない?


 そして亞美が、首をかしげながら言った。


「で、班長はその恥ずかしい映像を、あっさり消してくれたんだよね?」

「うん!」

「……ってことは、これはつまり……」

「ああ、そういうことかもな。」


 二人が顔を見合わせ、同時に僕のほうを向く。

 その目が、なぜか優しく、でもちょっと哀れむようで……。


「な、なに? どういうこと?」


 二人はそろって首を振った。


「いや、なんでもない。」

「面白いから言わないだけだよ。」

「えっ、面白いって……なにそれ!」


 けれど僕がその“意味”を理解するのは、ずっと後のことだった。

  ……そのとき聞き返しておけばよかった、と本気で後悔することになるなんて、夢にも思わなかった。

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強くなるためにVRMMORPGで自宮したんだ。え、僕が女装なんてするわけないじゃん! 玲音 @Immerwahr

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