第二十回

「や、やっと終わったぁ〜〜!」


 琥珀こはくさんは机に大の字になって倒れこみ、ふかふかした胸が呼吸のたびに上下していた。

 翡翠ひすいさんはぼんやりと天井を見つめ、丹泉たんちゅえんさんにいたっては、もう無言のまま動かない。


 ……うん、わかるよ。

 僕だって、ただ店の前で客を呼び込んでただけなのに、もうへとへとなんだ。

 まさか、あんなに人が来るなんて思わなかった。茶莊だけじゃなくて、周りの通りまでぎっしり人で埋まってたし。


 何人に「写真撮らせて!」って言われたか、もう覚えてない。

 引っ張られたり、抱きつかれたり……。

 ただ立って笑ってただけで体力がゼロになったのに、みんなは接客して、飲み物作って、料理までしてたんだ。

 そりゃ、ゲームでも疲れるよね……。


 そんなことを考えていたら、突然――ふわっと柔らかい感触に包まれた。


「可愛いエネルギーを補給〜!」


 いつの間にか、翡翠ひすいさんが僕を後ろから抱きしめていた。


「ずるい! 私もーっ!」


 琥珀こはくさんがすぐに抗議したけど、丹泉たんちゅえんさんの方が早かった。

 ひやりとした感触。無表情のまま、僕を抱きしめてきたのだ。


「や、やめてぇ……」


 僕は助けを求めようと手を伸ばしたけど――

 ……あ、そうだ。もう助けてくれる人、いないんだった。


「ど、どうしてぇ!」

「だ、だから僕は男なんだよーーーーーー!!!」

「うそでしょ!」

「信じられない。」


 ……え、そんな反応する?

 え、みんな知らなかったの?

 だからか……だからいつも「似合ってる」とか言われても納得してなかったんだ。


 僕が翡翠ひすいさんを見ると、彼女は小さく顔をそらした。

 その仕草に、琥珀こはくさんと丹泉たんちゅえんさんの視線が集中する。


「じゃあ……本当なの?」


 翡翠ひすいさんは一瞬だけ迷って、静かに頷いた。


 今度はふたりが僕を見つめる。

 僕も観念して、こくりと頷いた。


「生物学的には男、です。」


 そう言った瞬間、なぜか三人の目が――輝いた。


「心理的には、女性?」


 そのテンションの高い声に、僕はゾクリとした。

 ち、違うから! 全力で首を振る。


「ち、ちがう! 心も男だよ! 僕は女の子が好き!」


「じゃあ……お姉さんタイプはどう?」


 琥珀こはくさんがにっこりと眩しい笑みを浮かべる。

 う、眩しい……!


「ぼ、僕……翡翠ひすいさんと同い年なんだけど……」

「「うそでしょ!?」」


 そんなに信じられない!?

 僕が男って言った時より驚いてない!?

 身長はちょっと低いけど、小学生ってほどじゃないと思うんだけど……。


「でも、そのロリっぽい雰囲気が……」

「ロリじゃないから!」

「じゃあ、ショタ?」

「ち、違うってば!」

「つまり、小学生?」

「だから違うってばーー!!」


 ――ガンッ!


 膝をついて崩れ落ちる。

 ショック……というより、ダメージが大きすぎる……。


「ご、ごめんって!」

「そんなに気にするとは思わなかったわ……」

「あんなに可愛いのに……。」


 三人とも焦ったように僕を引き上げようとする。


「悪いのは琥珀こはくでしょ! ロリとか言うから!」

「一番刺さること言ったのはそっちじゃない、翡翠ひすい!」

「笑ってる丹泉たんちゅえんもアウト!」

「ふん。」


 丹泉たんちゅえんさんが口元を少しだけ上げて冷たく笑う。

 ……やっぱり、美人だなぁ。

 琥珀こはくさんの明るいお姉さん系とは正反対のタイプ。


「ほら、元気出して。ね? 翡翠ひすいが君のお願い、一つ叶えてくれるって!」

「そうね。私たち全員、ひとつずつ聞いてあげる。」

琥珀こはくが無料で武器を作ってくれる。」

「ちょっ、丹泉たんちゅえん!」

翡翠ひすいは防具を無料で作る。」

丹泉たんちゅえんは料理をずっと無料で!」

「二人も無料。」


「おい!」


 琥珀こはくさんと翡翠ひすいさんが同時にツッコミを入れるけど、

 僕は思わず顔を上げてしまった。


「ほ、ほんと? 約束だよ、嘘ついたらダメだからね!」


 三人:「「「か、可愛い……!!!」」」


 はっと我に返った三人。


「まさか……騙したわね?」

「えへへ、そんなことないよ?」


 とぼけながら、僕はアイテム欄を開いた。

「そうだ、これ……防具の素材に使えるかな?」


 翡翠ひすいさんが覗き込み、眉を上げる。


「土蜘蛛の糸? 素材としては悪くないわね。」

「悪くない、ってことは……?」

「量が少ないのよ。これじゃ一部位分くらいしか作れないわね。」

 少し間をおいて、説明を加える。

「土蜘蛛の糸で作った防具は軽くて強度もある。序盤ではかなり優秀な素材。でも入手が面倒だから、流通量は低いの。」


「面倒って……倒せないとか?」


「違うの。問題は“逃げる”こと。」


「あっ!」

 僕は思い出した。


「任務では“追い払えば”クリアだから、倒さなくてもいい。でも糸は、倒さないと手に入らないのよ。」

「なるほど……。」


「いいわ、預かるわね。ちょうど私の手元にも少しあるし、二部位分くらいなら作れる。」

「え、でも……!」

「いいの。今日の手伝いのお礼ってことで。」

 にっこり笑う翡翠ひすいさん。

「それに、私たち約束したでしょ? 防具をプレゼントって。」


 その笑顔を見た瞬間、僕は――少しだけ、あの日を思い出した。

 入学式で壇上に立っていた彼女。

 みんなの視線を一身に集めるような、あの堂々とした姿。


 気づいたら、僕はうなずいていた。


「じゃあ……上と下、お願い。」


 にやりと笑う翡翠ひすいさん。

 その笑みの奥に、何か悪い企みを感じた。


 や、やばい。僕は慌てて言葉を継ぐ。


「ま、待って! 女装用じゃなくてね!!」

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