05お酒は二十歳になってから
ランカさんに連れられ街の中心部にあるという酒場へと向かった。俺と同じ転移者の女性は大体そこにいるらしい。そこは街の人が集まる、一番人気の酒場だそうだ。その酒場に向かう通りにはいくつもの建物や露店が立ち並び、往来はそれなりに賑わっている。どうやらここがこの街のメインストリートのようだ。
「おぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
ランカさんに連れていかれたその場所にいたのはそんな人の多い往来で四つん這いになって勢いよく嘔吐する女性だった。
その女性は長い髪を後ろにまとめ、ビキニのような形の鎧を身に付けている。かなり肌を露出していて、本来ならば目のやり場に困るほど色っぽい格好だ。しかし、どれだけエロい格好をしていたとしてもここまで激しく嘔吐していると色気より心配が上回った。
「あの人、大丈夫なんですか?」
「……大丈夫ではないな」
ランカさんは呆れて溜息をつきながらその女性に駆け寄っていった。
「《ヒール》」
嘔吐していた女性の頭部を光が包み込み、彼女は段々と穏やかな表情になっていった。
しばらくして彼女は口元を拭いゆっくりと立ち上がった。
女性にしては長身で、おそらく180センチはある。目はトロントとしていて焦点があっておらず、頬が赤い。どうやら大量にお酒を飲んで気分が悪くなっていたようだ。
「いやぁ、助かったよ、ランカ。飲み比べの勝負をしていたら久しぶりに飲みすぎちゃってさぁ」
「たしか、二週間前に会ったときも飲みすぎたとか言っていた気がするが?」
「そうだったけ? 忘れちゃった」
「君に紹介したい子を連れてきたんだ。とりあえず、教会でちゃんと回復してきてくれないか?」
「そうする。そしたらまた飲み直せるし――」
そのとき彼女と目が合った。彼女は俺の姿を見て目を丸くしていた。おそらく俺が身に着けている野球のユニフォームを見てこの世界の人間ではないということに気が付いたのだろう。
「もしかして君、日本からこの世界に来た人?」
「はい。オオヤ・タケシです。はじめまして」
「私はヒイラギ。いや~まさか私以外にこっちに来た人に会うなんてね」
ヒイラギさんは握手しようと伸ばした手をハッと何かに気づいたように引っ込めて、掌を自分の鼻に近づけた。
「……くっさ。さっきゲロを拭ったんだった。ちょっと教会行った後に一応風呂入ってきてもいい?」
「……是非、そうしてくれ。ここで待っているよ」
ヒイラギさんは不安定な足取りで通りをふらふらと進みながら少し先にある教会に向かって歩いて行った。
「……あの人が俺と同じ転移者ですか?」
「悪いやつではないんだが少しばかり酒が好きすぎるんだ」
少し? 心の中でそう思ったが飲み込んで胸の奥にしまった。
とりあえず俺とランカさんはヒイラギさんが戻ってくるのを酒場の中で待つことにした。しかし扉を開けた先にはそこには地獄のような光景が広がっていた。屈強な肉体の男たちが机の上につっぷしてグロッキー状態になっており、床にも気を失った男たちが何人も転がっていた。
「おぉ、ランカいいところに来てくれた! この酔いつぶれているバカどもに片っ端からヒールをかけてくれ! 全く、これからが忙しいっていうのにこのバカどもは! 酒のダメージは教会でいくらでも治せるからって、馬鹿みたいに飲みすぎなんだよ」
黒髪と金髪が混じった女性の店員が苛立ち交じりな声でランカさんに声を掛けてきた。 彼女は床に寝ている男たちを蹴り飛ばしながら床に零れた飲み物や吐瀉物の処理のためにモップをかけている最中だった。
「分かったよ、ドーラ。タケシ、すまないが席について待っていてくれないか?」
ランカさんがヒイラギさんにしたように倒れた男たちに回復魔法をかけていく。そうすると男たちはふらふらと立ち上がり、ゾンビのように店の外へ出て行った。
俺はやることもないので席に座ってその光景を眺めるしかない。
――ドンッ!
手持無沙汰できょろきょろしていると先ほどのドーラと呼ばれていた店員さんが俺の目の前に飲み物の入った木製のコップを勢いよく置いた。アルコールの香りがするので器の中に入っているのはお酒だ。俺は戸惑いながら彼女に伝える。
「あの、俺、まだ16歳なんですが……」
「それがどうしたんだい? うちではこれが一杯目と決まっていてね」
そうか、お酒は二十才からなんていうのは日本の法律だ。国によって酒に対するルールなんて違うのだから異世界ならばなおさらのことだろう。
俺は恐る恐るその酒を口に運んだ。
味は酸っぱいブドウの味、しかしそれ以上に強い苦味がある。
全く美味しいとは思えない。これなら普通のブドウジュースを飲んだ方が何倍もましだ。消毒のような臭いが鼻腔を抜け気持ちが悪くなる。どうして大人たちはこんな美味しくないものを有難がっているのだろうか。
――あれ?
急に頭がくらくらしてきた。
目の前が霞み、体が火照っていくのを感じる。俺はふらつく頭を押さえようと額に手を当てた。視界がぐるぐる回り、瞼が鉛のように重くなっていく。
――あぁ、俺はお酒に弱かったんだな。
気を失う直前、呑気にもそんなことを思った。
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