第111話

 何度かの瞬きでプレヌを見つめたあと、セーヌ川に背を向け甲板にもたれたロジェが、やれやれと空を仰ぐ。


「女性に生まれなかった運命に感謝だって思うことは常々だ」

「え?」


 鐘のほうを見つめながら、かすかな笑みを、ロジェはその口元にたたえている。


「女の人ってのもなにかと気苦労が多い人種だと思うよ。社交界デビューも恋人づくりも結婚も、絶えず順位付けされて。そんな視線にさらされながら着飾って礼儀作法だの教養だの。やれって言われたってぜったいごめんだね」


 どこかおどけた口調が、吹きわたる風のように心をほぐしていく。


 ふうに頭に手が置かれたのをプレヌは感じる。


「それだけ、よくやってきたってこと」


 深くにもじわりと瞳がにじみそうになる。


 違う。


 自分はいつだってうまくやれなかった。


 ふつうの令嬢にも、妻にもなれなかったのだ。


 なのに。


 そういう自分をなぜこの人はいともたやすく肯定するのか。


 それも、プレヌにまで、ほんとうに自分も捨てたものではないと思わせるような、中身をともなって。


「そうだ」


 なにかいたずらを思いついたような表情になると、ロジェはプレヌを誘う。


「この船には穴場があるんだ。特別に教えてやるよ」

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