第25話 照明どころかなにもない時代から歌は人類と共にある。
やり終えた達成感の余韻が抜けていないのか、三木島は上機嫌に話しかけてくる。背後ではまだ彼女に声援を送る者もいた。
「すごかったよ。光の演出やその多様さ。見ていて綺麗だった」
「ふっ」
「でも」
「?」
三木島から余裕の表情が消える。鋭い視線が信也に向けられるが、信也は目を逸らさなかった。
「あんたは張りぼてだ。歌もダンスも上手くない。それを異能(アーク)で誤魔化しているだけだ!」
「なんですって?」
三木島が声を上げる。端整な顔には怒りが混じり睨みつけてくる。
それでも信也は退かない。人間の可能性を証明するために。
「これは歌唱勝負だ。聞かせてやるよ、本当の『歌』を! 俺はランクAアーク、『並行世界・自己投影(パラレル・フュージョン)』発動!」
無限の平行世界からもう一人の自分を選択し、見せつける、別の自分を。
「俺はパラレルワールドにパスゲートをセッティング! こい、トップシンガー!」
パラレル・フュージョンを発動したことにより信也の見た目が変わる。光を変えただけではない、正真正銘の変身だ。
それは、ごく普通の私服姿だった。
ランクAの異能(アーク)に辺りは静まり返るが、同時に落胆したような声が囁かれている。
「なにをするかと思えば……。それがランクA?」
三木島からも声が掛けられる。小馬鹿にしたような表情だ。
「信也君、大丈夫なの? べつにいいんだよ、これはわたしの問題なんだから信也君がそこまですることないし、今ならわたしのダイナミックスペシャルデラックスボム土下座で――」
「大丈夫さ」
姫宮から掛けられる心配の声を、信也は優しく制した。
信也はスペースへと歩いていく。
「曲はどうするの? 言えばたいていの曲なら流れるわよ」
「いい」
「?」
「自分でやる。『この世界にはない曲だ』」
信也は歩きながら右腕を持ち上げた。すると並行世界と繋げた空間からギターが現れ、それを手に取った。初めて見るものだ。使い古されたそれには小さな傷が目立つ。
けれども分かる。手に馴染む。調律を繰り返し何度も弦に触れた相棒。
信也は固定されたマイクの前に立ち、意識を集中する。
そして歌うのだ。
知らない曲を。
そこに、全力の想いを込めて。
ギターを弾き始める。弦が鳴る。指が踊る。音が弾ける。
そこに乗せて声が流れる。それは見事な一致を聞かせた。
静かだけれど、熱い曲だった。何より歌い手の思いが歌に乗って伝わってくる。
それは視覚で伝わるものではない。人の心に直接届ける力がある。
照明どころかなにもない時代から歌は人類と共にある。
照明もない。マイクもない。
それでも歌は人を惹きつける。
人の心を、魅了する。
信也は歌った。声に己の想いを乗せて。歌には人の気持ちを届ける力がある。だから人は歌に笑い歌に泣く。元気をもらい感動できる。
派手な照明もいらない。特別な演出もいらない。
人を感動させるのに、歌さえあればなにもいらない。
想いを込めた歌さえあれば。
信也の歌が終わった。三木島の時とは打って変わって静寂だ。誰も声を上げることなく、無言の内に信也のライブは終わっていた。
試験官の一人が声を上げる。
「それでは投票を行います。この歌唱勝負、三木島さんだと思う方は挙手を」
数人が手を上げる。しかしその数はちらほらだ。
「では、神崎さんだと思う方は挙手を」
残りの全員が、躊躇いながらも、信也に手を上げてくれた。
そんな中、姫宮が誰よりも激しく手を上げている。その場でぴょんぴょんと跳ねて激しくアピールしていた。
勝った。トップアイドル三木島沙織と神崎信也の歌唱勝負は、信也の勝利で幕を下ろした。
「俺の歌自体には異能(アーク)はなかった。それでもこれだけの人が心惹かれたんだ。アイドルになるのに、人に憧れるのにランクは関係ない! これからはランク関係なしに試験を受けさせてもらうぜ」
「くっ!」
三木島は悔しがっている。まさか自分が負けるなど思っていなかったのだろう。
「どうして? なぜ私の光子妖精の戯れ(ライブ・コンサート)が負けた? どうして?」
「そんなんだから駄目なのさ」
悔しがる三木島に信也は目を細めて言う。
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