第20話 錬司……まだまだお前に届くのは先になりそうだよ……

 その時だった、聞こえた音声に信也はハッとした。それは自分だけでなく、この場にいる全員も同じだ。


 錬司を除いて。


『ああそうさ! 俺が殴った。だからなんだ? 訴えても無駄さ、俺の父親は警視長官だぞ? どんな問題だってもみ消してくれるさ。それに、俺になにかしてみろ。お前に地獄見せてやる』


 音声はここで止められた。信也も、周二も、会長も唖然としていた。


 そんな中、錬司だけが普段通りに振る舞っている。


「俺になにかしてみろ~、お前に地獄見せてやる~。おーコワ、そんなじゃ見せてもらおうか」


 錬司はポケットからボイスレコーダーを取り出し、ひらひらと見せびらかしていた。


「といっても、俺が地獄に落ちるはずの事件が『そもそも存在しなかった』、とお前らが言うなら事情も変わってくるんだろうけどな~」


 錬司の言葉の後、会長はがっくりと顔を下ろした。


(すげえ……)


 信也は前に一歩出ている錬司を見る。こうなることを見込んで初めからボイスレコーダーを入れていたのだ。


「錬司、ありがとうな」


 事件はそもそも存在しなかった。そう決着してから初めて二人きりとなり、信也と錬司は放課後の教室に残っていた。窓際の机に座り空を見上げる。


「俺にはなにも出来なかった。錬司は当たり前のようにやってるのに、カッコ悪いよな」


 信也は気恥ずかしくなり床に視線を移す。机に腰掛けた足をぶらつかせる。


「アホか」


 そんな信也に、錬司は夕焼けの空を見上げながら言い切った。


「俺は特別なんだよ。お前と一緒にすんな」

「はは……そうだよな……」


 信也は諦観に染まった愛想笑いで応える。そう、違うのだ。自分と獅子王錬司では違い過ぎる。人間としての格というのを感じてしまうのだ。


 だけど。


「なあ」


 いや、だからこそなのか。


「俺でも、なれるかな?」

「あ?」


 望んでしまうのだ。


「俺も、錬司にようになれるかな?」


 自分でもなりたいと。獅子王錬司のような特別に。


 信也の願いを聞いてどう思ったか、呆れるか、嘲るか。信也は言った後で不安になった。もしかしたら怒られるかもしれない、俺と一緒になるなんて図に乗るなと。


 錬司が振り向く。信也は唾をのみ込んだ。


「知るかんなもん、やってみれば分かることだろ?」


 その言葉は、信也の意識を鈍器のように殴りつけた。当たり前と言えば当たり前だが彼が言うと衝撃的だ。


 そうか、やれば分かるのか。


 その当たり前、けれど信也にとっては心臓を撃ち抜く銃弾にも等しかった。


 そう、やってみればいい。目指してみればいい。出来る出来ないは関係ない。無限の可能性を信じて、己の理想に近づいていけばいい。


(なりたい、俺も錬司のような特別に)


 憧れは夢になった。


 いつか、いつの日か、自分も錬司のような特別に。


 諦めなければ道は開ける。自分を信じる心、人間の可能性。


 神崎信也は、特別になるためにアークアカデミアを目指したのだった。


 ビリリリリリリリリ――……ピタ。


「う~ん……」


 信也はベットの上で寝返りを打つ。まだ眠気の残る意識でなんとか音源を特定しボタンを押す。


「はぁ……夢か」


 なつかしい夢だった。転校してしまう錬司がまだ中学校にいたころ。信也の憧れの人は夢の中でも輝いていた。


 昨日の自分を思い出す。人間の可能性をクラスから否定されて、なにも言い返せない自分。


「錬司……まだまだお前に届くのは先になりそうだよ……」


 彼なら、いったいどうしていたのだろう。


 そんなことを考えながら信也はベットから起きた。

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