第2話 私がベロキスなんてするわけないってば!

 ベロキス……うん、そう来たかー、そうくるよねー。まあ、普通のキスの次はもう一回、もしくはそっちですよねー、あは、あははは……はぁー。


 私の諦観ていかんにも似た感想を知ってか知らずか、神無月さんはずいっと近い顔をさらに近づける。

 ぷっくりしたきれいな唇は目の前。

 後ろにはびくともしない壁。


「せめてほかのことじゃダメかな……」

「じゃあここ舐めて」


 神無月さんが指をさすのは下腹部当たり。

 いやいやいや、その選択肢はない。それはさすがにクラスメイトのお遊びの範疇はんちゅうを超えている。

 多分神無月さんもそれをわかった上で言っているんだろう。要するにキス以外は許さないって。


 ああ、もう。こうなってしまえばもう自棄だ。退いても地獄、進んでもちょい地獄、ならば進むが狐崎ひな。

 そんな感じで自分を鼓舞こぶした私は、神無月さんの唇をえいやっと、奪う。


 さっきはドキドキしすぎてわからなかったけれど、唇から伝わるやわらかい感触。ほのかにリップの匂いもする。見た目もきれいだったし日頃からしっかりケアしているのかな。


 神無月さんがせかすように服の裾を引っ張って来るので、おっかなびっくり舌も入れていく。

 触れ合う舌、混ざり合うお互いの唾液。

 求めるように舌を絡める。


 あぁ、なんかこれだんだんおかしくなってくる。

 自分の唾液の味と神無月さんの唾液の味が混ざっていって味わったことのない味に変わっていく。その今まで感じたことのない感覚と味が脳をしびれさせる。

 呼吸も忘れてむさぼるように味わい、舌で唾液を混ぜ合わせる。


 バランスを崩した神無月さんが壁にもたれかかる。

 私もそれを追っておおいかぶさるようにキスを続けた。


 目の前の女の子をこのまま自分のものにしたい。全部吸い取って空っぽになるまで求めたい。

 ドロドロの思考の中で私はそんなことを考えていた。


 どれくらい求めていただろうか。呼吸も忘れてキスにふけっていた私は、神無月さんに腕をつかまれたところでやっと正気に戻る。


 お互いの口と口に糸が引いている。

 それをたどるように前へと視線を動かすと、口を押えて赤くなる神無月さんが目に入った。


「狐崎さん……思っていたより、その……激しいのね」

「え? あ、あぇ……?」


 ——私はいったい何をやった……⁉


 記憶がない、本当に記憶がない。キスして舌を入れたあたりから記憶があいまいだ。

 舌を入れて、これが神無月さんの唾液の味かーなんて考えてさらに奥まで入れて……それ以降は何も思い出せない。本当にまっさらだ。

 けれど神無月さんの表情を見れば私がやってしまったことは否が応でもわかる。


 私は間違いなく普段、凛とした表情を崩さない神無月さんを、とろけさせるまでキスをしていた。


「やっぱり好きなんじゃない、女の子」

「や、ちがくて。今のは一時の気の迷いというか、私じゃない私というか……と、とにかく今のは違う!」

「えっち……」

「——ッ!」


 ……否定できない。

 さっきまでの自分は本当に狐崎ひなかと疑問に思ってしまうほどにどうかしていた。

 あんなの、あんなのただの変態だ。


「まあ、でもいいわ。あなたは想像以上のものをくれたもの、私はそれに答える義務があるわ」

「そ、それは写真を消してもらえるってこと?」

「え?」

「え?」

「……あなた私のことが好きなんでしょう?」


 ちゃうわい!


「ちょ、ちょっと待って、違うよ? たしかに神無月さんのことは好ましくは思っていたけど恋愛的意味じゃないって」

「私の初めて奪ったくせに」

「それは神無月さんが奪わせたんじゃん!」


 冷汗と羞恥しゅうちで服がぐしょぐしょになりそうだ。

 たしかに自分に責任がないと言えばうそになるけれど、にしてもひどい。こんなのあんまりじゃないか、私はただ写真を消してほしいだけなのに……。


「はぁ、仕方ないわね、写真は消すわよ……。——ほら、消したわよ」


 こちらに向けられた神無月さんのスマホを確認する。

 赤色の消去ボタンに神無月さんの細い指が触れて、私の裸写真は永久に消滅していく。


 これで安心。いろいろ痴態をさらした気もするけれど、なんとか私の人生永久BANは避けられた。……そう、安心したのもつかの間、準備室から出ようとする神無月さんは最後にどでかい置手紙を残していった。


「ああ、そうそう一つ伝え忘れていたわ。さっきのキス、情熱的でとても気持ちよかったわ」

「ほぇ?」


 神無月さんの言葉の後に扉が閉まる音がむなしく響く。

 残されたのは埃くさい空気と静寂と、ほうけた顔をさらす私。


「んぅ——————ッツ!」


 顔を赤くしながら羞恥と後悔の入り混じる声を上げていた。

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