第42話 生殺しの蛇


「堅っ……!」

 

 攻撃の隙をつき、上手く拳が入ったと思ったのに。

 足元悪い山道で、ネロは体勢を崩さないよう、石や落ちた枝葉を砕きながら後ずさる。肘あたりまでびぃんと痺れた腕を振って構えるその手前で、犬は一歩も退かず、牙を剥いて吠え続けていた。

 新手としてネロ達の目の前に現れた番人は、大きな蜥蜴とかげの魂獣を連れている。表情は薄く、あの鳶の男のように喋りはしない。力が強そうで、顔の横を掠める音から考えても当たれば不味いが、動きはそれほど早くないので攻撃を避けるのはそんなに難しくないし、ネロの攻撃も簡単に入る。でも堅くてこちらの攻撃が全く効かない。これはこの体格のいい男が鍛えているからなのか、はたまた誰かと絆を結んだ結果なのかは分からない。

 無理して倒さなくても逃げることは可能である。ただそうしてしまうと、ただでさえ複数の相手と戦っているビアンカ達にさらに敵の数が上乗せされてしまう。ビアンカもだが、今は特に戦いながらビアンカを導いているコニィが危ない。応援が来ないまま、コニィが崩れたら終わりだ。しゃがんで拳をかわし、足払いを仕掛けるがびくともしない。やっぱり堅い。

 

(でも、何かおかしい)

 

 絆を結んでも、能力が高くてかつ相性がよくないとビアンカ達みたいに魂獣は変化しないし、五感以外の能力は身につかないと塔で習った。なのに見る限りグリーディオの番人達はあの鳶の男と導き手の女ほどではないにしろ、みんな五感以外の何かしらの能力が発達している気がする。

 

「ネロ、僕達の事は気にしなくていい。ジーナを連れて退きなさい。ネロに何かあったらロディネに申し訳が立たない」

 

 穏やかさを消したコニィは宙返りしながら敵の番人を蹴り上げ、若干宙に浮いたそいつにビアンカが踵を落とす。淡々と1人沈めてほんの少しホッとしたのも束の間。

 

「――そこの餓鬼は、"飛燕"に関係があるのか」

 

 ビアンカ達を取り囲んでいる男達の1人の雰囲気が、突然がらりと変わる。鳶の男の雰囲気が変わった時とよく似ていた。対峙するビアンカ達はもちろん、ネロ達にも一気に緊張が走る。 

 一団から離脱して小首を傾げながらこちらを見ている……のか?

 ぎょろりとした、でもまるで目が見えていないかのような焦点の合わない目で、食い入るようにネロを見ているような素振りをする。

 

「今は白猫を捕まえるのが1番手っ取り早いかと思ったが、白猫達の反応を見るに……こっちの方が使えそうだ」

 

 途端、男の標的が完全にネロに変わった。しゅるりとビアンカの攻撃を躱して、滑るようにまっすぐネロに向かってくる男。

 

("飛燕")

 

 目が、見えているかどうかも分からないあの目が、たったあれだけの言葉とネロに向ける目が。ロディネへの確かな悪意と敵意を示している。

 

(俺は絶対こいつに捕まってはいけない)

 

 ネロはジーナを連れて逃げようとしたが、男の方が早い上に、後ろには蜥蜴の男もいる。

 

「もう! 邪魔!!」

 

 ジーナが退路を塞ぐ蜥蜴の男に電圧銃を当てると、ばちばちという音とともに、衣服と皮膚の焦げる臭いがする。明らかにさっきまでのネロの攻撃より効いていて、男は怯んだ。

 だが、中途半端にダメージを与えてしまったようで蜥蜴の男は怒り浸透といった様子でジーナに掴みかかる。あの堅さでは攻撃することでは動きが止められない。ネロはジーナを庇おうと前に出て、来たる攻撃に構えた途端、頭上からも何かが来る気配がした。

 

「ネロ! ジーナ! 待たせたね!」

「――コルノさん!?」

 

 大きなダメージを覚悟していたが、頭上からの気配は跳躍したコルノだった。そのまま蜥蜴の男に突っ込み、頭を掴んで地面に叩きつけると、地鳴りかと思わせる程の音を立てて、男は沈んだ。がっちりしたコルノの体重をかけた攻撃で蜥蜴の男は大きなダメージを受けて、頭を押さえて地面に転がったまま呻いている。

 見れば地面がへこんでいて、むしろあれくらいで済んでて凄いのでは。今のうちだと複数人の導き手が電圧銃を蜥蜴の男に当てて気絶させ、拘束していく。

 見ればこちらに近付きかけていた蛇の男も別の番人が対峙し、近づかないよう牽制をしてくれていた。コルノ以外にもアマリア、それ以外にも見たことがない番人や導き手が何人かいて、復活したのか当初編成にいた人達もちらほらいる。

 応援だ。何とか耐えられたんだ、間に合ったんだと張りつめた緊張が一気に弛んだ。

 

「よく頑張ったね。取り急ぎ導くから、君とジーナは小塔へ」

「わーお……一撃って。相変わらずとても導き手とは思えない力技……とりあえずアクア、君も退きな」

「うぅぅー……! あの雌猫……! ニビ、絶対あの女どうにかしなさいよ!」

「どうにかするのがおっちゃんの仕事だからねぇ……しんどいとこでの導きありがとね」

 

 コルノの攻撃に唖然としつつ、男が女に礼を言うと、女は少しだけむすっとして視線を逸らした。

 

「あぁ……全然懐かなくて本当可愛い……相変わらず可愛いねぇ……」

「この変態! いいわね!? どうにかしなさいよ!」

「逃がすか!」

「白猫ちゃんの相手はおっちゃんだよー」

「ああもう!」

 

 女が別の番人とともに離脱しようとしているのを止めようとビアンカが動くが、鳶の男に阻まれてそれは叶わない。そして蛇の男と戦ってくれていた番人はやられてしまっていて、またこちらへ来ようとしている。

 

「応援組! ネロとジーナを優先して逃がしてっ!」

「逃がすか。その餓鬼は飛燕を釣る餌になって貰う」

 

 すると鴎と鳶の2人の魂獣が変化したのと同じように、男の蛇が大蛇に変わる。奇妙な緑色の毛に覆われ、その目は姿に似つかわしくない、ガラスのような綺麗な宝石のようなものが嵌まっており、それにネロが映し出されていた。蛇が男の身体にしゅるり巻きつくと、下半身が蛇なのに毛むくじゃらの何とも言えない生き物になる。ジーナが気持ち悪いと引いているが、完全に同意だ。男は手をついて足払いのように尾を旋回させた。威力もだけど攻撃範囲が広い。嫌そうにビアンカが鞭のように払った男の尾を受け止めて、捻り投げる。

 

「うっ……キモいぃぃ……!」

 

 なんだあの雰囲気は見かけ倒しか? そう思ったのも束の間。

 

「……っ……、何これ……うぁっ――!」 

「――ビアンカさんっ!!」

 

 蛇の尾を受け止めたビアンカの腕やお腹には蛇の毛が刺さって、じわりと毛の変な緑が制服に移る。少しだけ顔を歪めて毛を引き抜いたビアンカさんだったが、一瞬動きを止めて、ふらつく。その一瞬でまた尾の攻撃をまともに食らってしまって思い切り飛ばされてしまった。木にぶつかる寸前でコニィが受け止めたお陰で大事には至らなかった。しかしこれは。

 

「気持ち悪いだろう。そうだろう。そうだろうな。だから私がこんな身体になった原因の飛燕と金獅子に会いたいのだがな。飛燕は戦場に出て来ない。だから餌が欲しいんだよ白猫」

「ビアンカさん!!」 

 

 しゅるしゅるとビアンカ達に近づく男。他の人が助けに行こうとするのはあの鳶の男が牽制している。コニィがビアンカを庇っているけど、このままでは。

 ビアンカはロディネにとって、特別な人だ。幼馴染であり妹でも姉でもある――ロディネにとって、家族だ。

 先生であるセイルを失って、未だにあんなに傷ついている。その上ビアンカを失ったら、ロディネは。

 

「コルノさん、導きありがとうございます。俺は戦うので、ビアンカさんとコニィさんをジーナと一緒に何とか連れて戻ってください」

「ネロっ! 気持ちは分かるけど君は退くんだ!」

「まだ人もいるからきっと大丈夫です。だからみんなを小塔に放り込んだらすぐ戻ってきてくださいね!」

 

 ネロはその後に続く引き留める言葉を、完全に黙殺して男の方へ向かう。蛇も鳶も早いけど、避けられないようなものではない。コルノのお陰で完全ではないけど聴覚も嗅覚も完全に戻った。鴎の導き手も退いた。数的にも、倒し倒されほぼ同じだ。これなら。

 

「お2人とも、退いてください。殿は俺が守ります」

「ネロ、やめ……」

 

 いやいやと首を振るビアンカをぎゅっと抱き締めてコニィは立ち上がる。

 

「お言葉に甘える。だけど何度も言うが、君に何かあったらロディネに申し訳が立たない、けど……」

「相手にとって色んな意味で俺は大事みたいなんで、殺されはしないと思います。だから、ジーナと一緒に退いてください。俺は戦います」 

 

 コニィは弱々しく暴れるビアンカを暴れないようしっかりと抱き抱え退却に入る。それを止めようとした蛇の男の間合いへとネロは向かった。飛んで尾をかわし、一気に間合いをつめる。尾には毒か何かがあるが、上半身は普通だ。きっと大丈夫。

 

 ビアンカさん達を。先生を。

 守らないと。

 

 そんなネロの気持ちに応えるかのように、唸っていた犬は、力強く大きく吠えた。

 

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