第2話

天才ピアニストが生まれる場所は何処か_。

結論から言えば"予測不可能"。

人は例外なく誰しも何かしらの才を持って産まれてくる。

ただそれを命が燃え尽きる前に見つけられる人間は少ない。

というより誰も見つけようとしないのだ。

理由は簡単、あるかどうかも不確かな自分の才を見つけようと右往左往するのは時間の無駄でしかないからだ。

そう考えるとまだ幼い頃に音楽と出会えた僕は幸福なのかもしれない。

自分の産まれ育った環境、育て親の性格、自身の好奇心、全てが才を見つける事に関して都合の良い道具だ。

だがこの道具の示す道が1つでも異なれば自分の才を見つけるのは困難になる。

仮に見つけられたとしてもそれを見つける頃にはもう後戻りなどできない場所に居場所を作ってしまった人間が殆どだ。

つまりは何が言いたいのかというと、この場所に必ずしも天才ピアニストが産まれる。と限定できる場所など存在しないのだ。

それが例え音楽の都、ウィーンだとしても。

事実、天才音楽家であるベートヴェンやモーツァルトもウィーンで産まれ育った訳ではない。

モーツァルトに関してはウィーンと然程遠くない都市で育っているが才能を持った音楽家達の殆どがその才能を十分に掘り出してからウィーンという都に足を踏み入れるのだ。

僕はウィーンで産まれ、音楽に囲まれて育った為、自身の才能を見つけるのはそれ程難しいことではなかった、当然である。

言ってしまえば僕は単に運がよかったのだ。


そんな事を考えているうちにミントグリーンの鮮やかな色の屋根が見えてきた。

久しぶりに見るせいか、鮮やかな筈のその色も随分色褪せたように思える。

ミントグリーンの屋根の家に近づいていくと、入り口近くに人が立っているのが見えた。

遠目からでも分かる程美しい銀色をした髪が風に靡いている。

「悪いな、待たせてしまったか」

急ぎ足で駆け寄り声をかけると綺麗に手入れされた髪を揺らしながら答えた。

「いや、まだ20分前だ、僕こそ君を走らせてしまったね」

穏やかな微笑を浮かべながら話すその男はアベリスク・フランク、僕の数少ない古くからの友人である。

元々ヴァイオリニストとして突起した才能を持っており、様々な音楽家の指揮するオペラで演奏した経験を持ちながら作曲家としても一部ではその名を馳せていた。

そんな彼は今、数々の未来ある子供達にピアノを教えている。

『僕は新しい才能を育てる方が性に合っている』

かつて彼がヴァイオリニストとしての道を捨てようとしたとき猛反発した僕に、彼が掛けた言葉である。

当時は音楽界から彼という才能溢れるヴァイオリニストが消えてしまうことを激しく惜しんだが、今思えば彼の選んだ道は正しかったのかもしれない。

「それで、僕に天才ピアニストを紹介してくれるというのは本当か?」 

そう、一昨日フランクから急な連絡があったのだ。

"君の音楽を理解できる天才ピアニストを見つけた。2日後の指定時間に僕の家に来て欲しい"

内容はおおよそこんな物だった。

「嗚呼、ただ彼が来るまでまだ時間がある、それまでゆっくりしようじゃないか」

これには同感だった。

久しぶりに友人と合ったのだ、僕とて天才ピアニストに合う為だけに此処に来たのではない。


今はただ、旧知の友人と何でもない時間を過ごしたかった。


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