第16話「AとBの二択の問題があって、回答を選んだら選択肢の部屋に入る」

3月。「3月と言ったら何か?」そう訊ねられたら、高校生なら大抵は「卒業式」と答えるのでは無いだろうか。


かくいう俺の場合も、高一なので「卒業式」と言いたいところだ。部活の先輩にも3年生の先輩がいる。ただちょっと特殊な理由があって、その3年生と別れることになるのかまだ確定していない。既報のとおり、テンプレ部の部長である彼女には留年の危機があるのだ。


-----------------------------------


高校は先日、学年末考査を終え、今は翌週に控えた卒業式の準備に取り掛かっていた。テストを終えたため、一般市民の俺にとっては落ち着いた束の間の安堵の日々だ。


今日のテンプレ部の部室には俺と鳴海さんがいた。春らしい暖かな陽気の、穏やかな午後だった。

俺と鳴海さんがコーヒーを飲みながら他愛もない世間話に花を咲かせているとき、ふいに部室の扉が開いた。入ってきたのは、宮前部長だ。


「鳴海、瀬田。良いところに」宮前部長が穏やかな笑みを浮かべて言った。


「お疲れ様です」俺と鳴海さんは口を揃えて言う。


少し前と似たような流れだ。そのとき、宮前部長はスカウトの話を持ってきた。今回もまた変な話しを持ってくるのだろうか。


宮前部長は俺達の前にある椅子に腰をおろし「お願いがある」と言った。「卒業式の日に、やりたいことがある」


「何なりとお申し付けください。そのための後輩です」鳴海さんが笑顔で言った。

俺も同じ気持ちだった。部長の晴れ舞台(未確定)だ。出来ることは協力したい。


宮前部長は腕を組み、神妙な面持ちをして言った。「芸能人格付けチェックがしたい」それは想定外の要望だった。


「格付け?」俺は言った。


「浜ちゃんの?」鳴海さんも続く。


「そう。あれがやりたい」宮前部長が言う。「私が浜ちゃん役で、鳴海はGACKT。瀬田は鬼龍院かな」


「あんまり飲み込めてないんですげど……」俺は言った。普通、卒業式の日は格付けチェックをしない。


「もしかして格付けをご存知ない? 簡単に言うと、AとBの二択の問題があって、回答を選んだら選択肢の部屋に入る。全員回答が終わったらゲームマスターの私が正解の選択肢の部屋に入って、正解したら祝福されるっていうあれ」宮前部長が説明する。


「それはなんとなくわかりますが……なんで卒業式の日にするんですか?」鳴海さんが尋ねる。


「卒業式の日にするんだから、そりゃ留年か卒業の二択問題でするんでしょ」宮前部長が言う。


部室に沈黙が流れる。締めた窓を突き抜けて野球部の練習の声が聞こえそうだ。


「自分でエンタメしすぎですよ」俺は沈黙を破り言った。


「まあまあ。とりあえずよろしく! 私受験やら何やらで忙しいから、みんなに伝えといて」宮前部長はそう言って会話を切り上げ、颯爽と部室から出ていった。


--------------------------


卒業式当日。3月の上旬にここ東京では桜はまだ咲かないが、今日は快晴だった。先輩の門出に(なれば)相応しい春の陽気だった。


朝の七時半。鳴海さん、夏目さん、優衣、俺の4人はAとBの部屋の前に集まっていた。卒業式の始まる前の時間だ。俺は宮前部長に言われた通り、隣り合った2つの空き教室の使用許可を取っていた。


左側の部屋には、「A:卒業!」、右の部屋には「B:留年!」と印刷された紙が貼られている。鳴海さんが用意してくれた。留年のほうにもご機嫌にエクスクラメーションがついている。


宮前部長からの連絡では、8:00に正解発表するから、7:50までには正解の部屋に入っておくように、とのことだった。


「どう思いますか」俺は皆に尋ねた。


「さすがに卒業してるでしょ。卒業してないのに、こんなこと出来たらメンタル強すぎる」夏目さんが言う。俺と鳴海姉妹が頷く。どうやら全員、部長の卒業を予想しているようだ。

   

「みんな卒業ですか。じゃあみんなでAの部屋でいいですか」俺は言った。


「うーん。でも、全員Aはリスク大きくない? 最悪のパターンを想定すると」優衣さんが疑問を呈す。


「最悪のパターン?」鳴海さんが聞き返した。


「うん。例えば全員で卒業の部屋に居て、部長が留年の部屋に行って一人のシーン、めちゃめちゃ気まずくない?」優衣が言った。「留年の部屋に入ったら一人だったときの部長の悲しそうな顔、想像してみてくださいよ」


「泣いてるね」夏目さんが言った。


「じゃあ全員でB行く……? でもそれだとAだったとき、誰も祝福してない感じになるかな」鳴海さんが悩ましげに呟く。


「半々でいいんじゃないですか?」俺は言うと、優衣が「妥当かもね」と言った。

   

--------------------------


「フェイント長いなあ」優衣が呟いた。優衣と俺はBの留年の部屋にいた。高校留年ってかなりダメージの大きい出来事だと思うのだが、宮前部長は楽しそうに取っ手をガチャガチャしている。


「誰か通ったら完全に不審者だよね」優衣が言った。俺は頷く。想像するに、せっかくの美人が台無しの光景だろう。


その時、Bの扉が1センチほど開いた。一瞬、俺の心は締め付けられる。まさか留年か? しかし、すぐにAの扉が開く音がした。Aの部屋から快哉があがった。ただ卒業しただけなのに。


俺と優衣は顔を見合わせ、破顔した。そしてBの部屋を駆け出し、宮前部長のもとに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る