第2話
「すみません! 私、眠って……」
「眠ることの何が悪いんだ?
誰かを好きになるなんて気持ちは、錯覚。
異性として意識するなんて、あり得ない。
そんな生き方をしてきたはずなのに、俺は
「私も……」
「ん?」
「私も、悠真様の傍にいるための道を選択したいです」
ただでさえ、見えない未来のために歩みを進めることを怖いと思うはずなのに。
「足手まといになるのなら、私も戦う力を身につけます」
それが怖いことなんて俺でも想像ができるのに、戦う力を得たいと宣言した結葵の強さを支えたいと思った。
「来栖さんのような、女性の
なるべく落ち着いて声を発したいのだろうが、かすかに見え隠れする震えから彼女を解放したいと思って右手を伸ばす。そして、そのまま彼女の頬を優しく撫でる。
「愛する存在を手にかけるのか?」
「…………」
寝ぼけ眼のように見えても、これだけはっきりと喋れるのなら意識ははっきりしている。
それでも、彼女を眠りの世界に誘ってやりたくて、彼女の頬や首筋を優しい加減で撫でていく。
「っ、悠真さ、ま、っ」
「眠ってくれるか」
結葵の額と、自分の額を重ね合う。
これ以上、距離を詰めることができないってくらい結葵に近づく。
「俺も、結葵と一緒に休みたい」
結葵が、
少しでも、ほんの僅かな想いでも拾ってもらえたら。
そんな決意が、結葵の力になれたのなら幸せに思う。
「……悠真様」
「独り言なら、聞いてやる」
人を好きになるという感覚を知った。知ってしまった。
「私は、悠真様の傍で生きたいです」
愛する人の手を取ることが許されるような幸福な世界を生きられたらと願うけれど、今は、その幸福な世界を生きることができない。
「だから、夜、
結葵の平和と安全が保障されない限り、俺は結葵の手を取ることができない。
「私が存在するだけで、蝶が記憶を喰らう可能性を減らすことができるかもしれませんから」
「……すべての蝶が、君に味方してくれるとは限らないだろ」
「これは、私の独り言だったのでは?」
「っ」
優しすぎる結葵に心が懐柔されていくのがわかっても、俺は結葵との別れが来るその日まで結葵に対して狡いことを強いる。卑怯なことを続ける。
最低な行いをして、最終的には結葵に傷を残す役割を背負っている。
「よくよく考えたのですが、私は蝶に狙われないのではないかと」
「蝶に愛されすぎるのも困りものだ」
物語が悲しい結末で終わることを理解しているからこそ、彼女の生きたいという望みだけは全力で手助けをしたい。
結葵にとって生きることは当然のことではなく、彼女にとっての『生きる』には大きな価値がある。彼女が生きることを望んでくれたことこそ、大きな奇跡だと思っている。
「悠真様の腕の中は、とても温かいですね」
俺の名前を呼ぶ声に、涙が溢れそうになってくる。
自分の名前を呼んでくれる結葵のことが、いとおしすぎて堪らない。
「確かに」
「悠真様?」
「人は、とても温かいな」
十分すぎるほどの幸せをもらっているのに、今の自分では恩を仇で返すようなことしかできない。
「悠真様」
いつか君が、ほかの男を愛するときが来るとわかっていても。
「私も、悠真様に出会って、初めて知りました」
結葵の心に残りたいと願ってしまう。
「人が温かいということを」
結葵の心に残りたいという身勝手な願いを叶えることができないのなら、いつかは
(それはそれで、悪くないかもしれないな……)
その時点で、自分は駄目な存在だと判断されたようなもの。
結葵の記憶に残りたいと願うのに、その願いを叶えることができない悔しさをどこで消化すればいいのか分からない。
それなのに、結葵は伸ばす腕に力を込めてくるから泣きたくなる。
「結葵」
「はい」
君に、伝えたいこと。
君と、話したいこと。
明日の第一声は、何から始めよう。
「蝶に愛されてくれて、ありがとう」
あの日、あのとき、君を救ってあげられなかった。
あの日、あのとき、君を護ってあげられなかった。
「……蝶に愛されることは、恥ではありませんか」
「愛されたことを、むしろ誇りに思うべきだろ」
君に喜んでもらえるように、君を救うことができるように。
君が、明日を始められるように。
君が、未来を見たいと願ってくれるように。
君が、明日を求めてくれるように。
「おやすみ、結葵」
「……おやすみなさいませ、悠真様」
これからほんの少しの手助けを、俺はやっていきたい。
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