第27話 イブン=ハジの粉末


「怪しい奴め! このイブン=ハジの粉末でも食らえぃ!」


 アミーこともう 惟秀これひでとしては、登山のつかれもひどく、体力が戻ってきたところで意味不明な内容で怒鳴どなり散らされた所為せいで、唖然あぜんとして返す言葉もなかった。

 そんな状態で黙っていたものだから、当人あてんと教授であると思われる人物からは、さらに攻撃的な内容の台詞セリフと共に、アミーに対して粉がぶちまけられた。当人あてんと教授が手に持っていた噴霧器ふんむきからである。


「ぐわぁ! ブヘッ! 粉っぽい! ちょっと、めて下さい。めろ! あんた、何なんだこれは!」


 比較的に温厚な性格のアミーではあったが、山中で倒れているところにこの所業しょぎょうときては怒って当然だろう。彼は腕を振り回して、抗議の怒鳴り声を上げた。

 イブン=ハジの粉末とは、不可視の存在に対して、それが見える様にするための物ではなかったか、とアミーは考えた。どうして、彼がそんなことを知っているのかについては、この際であるから脇に置いておこう。


 ちなみに、イクちゃんこと万魔まんま佞狗でいくはどうしているかといえば、ちゃっかり認識阻害にんしきそがい効果を自分に付与してから、彼らの横に移動して事態の推移すいいを見守っていた。

 例の粉はイクちゃんにもかかったのであるが、それは持っていると思われる効果を発揮はっきしなかった。


「うーん……? 君は人間のようだな。失礼した。私は呑舞大学で考古学を教えている、当人あてんとという者だ。珍しい格好をしているが、神職しんしょくかたかな?」


 背中のボンベにタップリと詰まっているであろう粉を周囲に噴射ふんしゃしていた教授だったが、アミーが粉っぽくなる以外の変化を示さないことに気がついてめてくれたらしい。渋い感じのバリトンボイスで自己紹介までしてくれた。


「酷いじゃないですか、教授。私はもう 惟秀これひでです。まだ正式ではないですが、一応は宮司ぐうじになる予定です。マンマーTVの者でもありますが……」


 怒りが一気に収まってから、一旦は落ち込んで、それから気を取り直したアミーは、教授に対してそう切り出した。一応は営業の人間なのだ。その時の彼は「あのバリトンの声はズルい」と同時に思っていたのである。


「そうか。あなたも何やら複雑な事情がありそうだな。少なくとも、あのRPG村や沱稔だみのるとは関係無さそうだ」


 発言内容からすると、どうやらこの当人あてんと教授は、この山のほこらまつられている沱稔だみのる様や、家出人の集まりであるRPG村の住人とは仲がよろしくないらしい。


 取りあえずアミーの方は、自身が呑舞どんまい大学の卒業生であり、神職の単位を取得してから研修も受け、権正階ごんせいかいの資格を得たことについて教授に話した。

 そのついでに、教授がここで何をやっているのか聞いてみたのである。


沱稔だみのる痕跡こんせきを探しているのだ。私の学説では、万魔まんま佞狗でいくは圧力団体の様なものではないかと思われるのだよ。だが沱稔だみのるは正体不明の神体しんたいだ。かなり古い時代からここでまつられているのに、書物にほとんど登場しない。それにね、アレには実体があるように思えるのに、12歳以下の時からこの地域に居る人間は、アレに関して話すことを避けるんだよ」


 当人あてんと教授は、こぶしを握りしめて力説してくれた。

 アミーからしてみれば、ゴーグルにガスマスクをして、噴霧器ふんむきまで持ち歩いている男の方も充分に怪しかった。


 それに彼は、万魔まんま佞狗でいくが実在することも知っているし、沱稔だみのる様については「イクちゃんの関係者なんだろうなぁ」という気がしていたからそこまで不思議でもなかったのだ。

 むしろ、教授があの巨大な『おセンチ様』や、この地域に特有の危険生物について、何も言わないことの方が不思議で仕方がなかった。

 アミーにとって、この土地に古い時代からひそ脅威きょういを個別に考えることは、どうしても無理があるように思えるのだ。

 全ては、イクちゃんとその関係者(人間ではない方の)と当時の陰陽師達の不毛な喧嘩ケンカから始まったのではないだろうか、というのがアミーの考えだった。


「そういえば、君は網家もうけの人間だったな。ここの事について書かれた、古い時代の書物か何かで良いんだが……ご実家に伝わっていたりしないかね?」


 物欲しそうな顔で教授にそう聞かれたアミーは、本当にうんざりした気分になった。



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