第3話 新しいパートナー

「君に紹介したいがいるのです。パートナーになってほしいと思っています」


 パートナー? 納棺師フネラリウスは2人1組で動く場合もあるが、俺は必要としていない。もちろん、そんなことローチェも理解しているはずだが、眼差しは本気のものだった。成り行きがわからず、困惑した顔をする。


 ローチェが俺をじっと見つめたまま、重々しく立ち上がった。


「レギ、ちょっと隣の部屋へ来てくれ」


 そう言いながら、彼は部屋の隅にある小さな扉を指し示した。その仕草に何かを感じ取り、俺は黙って従った。ローチェは扉を静かに開け、中へと入っていく。続いて俺も部屋へ足を踏み入れると、そこには思いもよらない光景が広がっていた。


 そこは小さな小部屋だった。支部長室のための物置部屋のようなその部屋の中央には、大きなふかふかのクッションが置かれていて、その上に赤ん坊ほどの大きさの生き物が丸くなって寝息を立てて寝ていた。暗がりの中でも、その生き物ははっきりと目に飛び込んでくる。鱗は暗い赤で、窓から差す光が反射して呼吸に合わせてキラキラと輝いている。小さな体ではあるが、明らかに普通の動物ではない。尾が長く、背中には小さな翼が生えている。


「……なんだ、こいつは?」


 思わず口をついて出た言葉は、戸惑いと警戒心が入り混じったものだった。モンスターか? しかしモンスターが迷宮を出て活動したという話は聞いたことがない。モンスターを無理に迷宮外に連れ出しても入り口を出た途端、生命活動を停止するというのが、一般常識だ。


「それが、わからないのです」


 ローチェは淡々と答えながら、その生き物に近づき、そっとクッションの上に手を置いた。俺はその背中越しに、じっとその生き物を観察していた。見れば見るほど、その姿はまるでドラゴンの幼生のようだった。かつてレベル5の迷宮で発見されたという炎霊竜アグニドールドラゴンに似ているような気がする。頭は小さく、翼もまだ未発達。だがその存在感には、何かしらの力を感じさせるものがあった。


「ドラゴンの……子供にみえるな」


 俺の疑問に、ローチェはふっと笑みを浮かべた。


「そのように見えますが、正確にはまだ分かっていない。最近、この子は教会で保護されたんです」

「教会ってことは迷宮の外か」

「ええ、聖ヴェリス教会の庭で寝ていたらしいですよ」

「ずいぶん呑気なやつだな」


 俺はこのもの珍しい生き物をしげしげと眺める。こいつはどこまでの力を秘めているのだろうか。見た目で力を判断してはいけない。他にも同じようにモンスターが迷宮から出てきているようならかなり危険だ。

 

 すると、クッションの上で眠っていた生き物がピクリと動いた。小さな足がもぞもぞと動き、丸まっていた体がゆっくりと伸びていく。目を開けたかと思うと、突然その口が大きく開いた。


「くぁあ……」


 小さな火花が口からふっと飛び出した。俺はとっさに顔をしかめ、数歩後ずさった。


「……火を吐くのか!?」


 驚きのあまり声が上ずる。ローチェは悠然とした様子でその場に立ち、ドラゴンらしき生き物を見守っている。


「まあ、今は暴れたりはしない。こいつは『アルー』と言う。教会が最近保護したんだ」

「アルー。 支部長が名前をつけたのか」 

「いや、が自分でそう名乗った」


 俺にはローチェの言葉の意味が全く理解できなかった。彼と呼ばれたそれは、ドラゴンと呼ぶにはあまりに小さく、可愛らしい存在だった。だが、確かにその小さな火は、ただの動物ではないことを物語っていた。ドラゴンの子供は寝ぼけ眼になりながらもその場にフヨフヨと浮き始めた。


「オイラはアルー。君はレギだっけ? これからよろしく」


 俺は人生で一番驚いたかもしれない。目の前の子供ドラゴンが突然、喋ったのだ。見間違いでもなく、確かにその火花を出した口から言葉が発せられていた。ローチェは驚く俺を見ながら口を開いた。


「見たとおりアルーは言葉を解することができる特殊な生物なのです」

「……どうして俺にこの子を見せたんだ」

「これが頼みたいことだからです」


 アルーはその小さな目で俺を見上げていた。まるで人間の赤ん坊のような目つきだったが、その中には不思議な輝きが宿っていた。俺は無意識のうちに、その視線に引き込まれた。


「彼は、どうしても迷宮に行きたいようなんです。それで要望を呑んでもらえないなら暴れると」ローチェはそう言うとアルーの顎を指で撫でた。アルーは気持ちよさそうに目を細めている。表情だけを見ると犬のようだが、物騒なことを言うドラゴンの赤ちゃんもいたもんだ。


「オイラ、迷宮に行ってみたいんだ。レギ、連れて行ってくれよ」


 アルーの言葉を受け流しつつ、「どうしてこいつを?」と声には出さず表情でローチェに問う。ローチェは俺の耳に手を押し当てて囁いた。

「彼、今は話が通じるんで良いんですが、もし機嫌を崩されて暴れるようなら国を滅ぼす可能性だってあるんです。見た目は炎霊竜アグニドールドラゴンなので」

「なんで俺なんだよ!」

「できるだけ内密にしたいのです。信用のおけて、口が固く、かつ孤立している人といえば……」ローチェはそう言った後、無言で俺を見つめる。


「俺……なのか?」


 あまり意識したことがないが、俺は孤立しているのか。なぜかいきなり傷つく真実を突きつけられた。


「いや、悪い意味に捉えないでください。納棺師フネラリウスとは元来そういうもの。単独で迷宮に挑みむので、都合が良いと思って」

「こいつのことは、教皇庁には言っているのか?」

「いいえ、おそらく報告すれば、討伐は免れないかと」


 ……討伐か。おそらくそうだろう。この危険分子を教皇庁が見逃すわけがない。報告すれば、遅かれ早かれ討伐されてしまうだろう。しかし、ローチェにはそれができない。人語を介する生き物を無闇に殺したくないのかもしれない。


「こちらでも、彼の研究と調査は行なっています。どうか、扱いの方針が決まるまでの間、ご機嫌取りをお願いできないでしょうか」

 ローチェの言葉遣いは下手ではあるが、その表情は有無を言わせないということを物語っていた。


「……わかった。いまは時間がないし、とりあえずイェナの回収に連れて行く。一度だけだ」


「助かります」とローチェは言うと、「アルー、彼が連れて行ってくれますよ」とアルーに声をかけた。

 アルーは笑ったような表情になった後、部屋の片隅にあるネイビーの中折れのハットとクロークを着た。ドラゴンも服を纏うのだなと感心した。


「普段は、俺のカバンの中に入っていてくれ。迷宮内は好きにしても構わないが、あそこじゃお前を助ける者などいないからな。それだけはくれぐれも忘れるな」

「任せとけ!オイラ、楽しみだなー」

「とにかく時間が惜しい。もう出発するぞ」

「頼みましたよ。レギ」


 こうして俺たち、1人と1匹は風切りの迷宮へと向かうこととなった。

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