間髪入れず

 絶望からの解放感は感じられなかった。完全にないわけではないが、それは安心する材料には至っていなかったのだ。


 燃え盛り、破壊されたかつて立派だった城が、儚げに立っていた。


 反乱か戦争か、それはまだ知る由もないが、ただ一つ言えることがある。


「…とりあえずここから早く出よう」


 光の言葉に全員が静かに賛同して、彼の後につく。


 たったの数ヶ月過ごしただけだが、この城の居心地はまあ悪くはなかった。だが、もはやそれをすることはこの先叶わず、殺された兵士やメイドたちに何も感ずに走っている。


「出口だ! ここからようやく出れるぞ!」


 オレたちを閉じ込めていた堅牢な城門は呆気なく崩壊していた。でも今となってはそれは利点だ。


「ここまで来ればもう…」


 初めて見にした外の世界はまさに地獄と言っても過言ではない。


 建物のことごとくが壊滅し、火の海が全てを焼き払っている。休む隙を与えない破滅の足音は、決して鳴り止んではくれない。


「そ、んな…」


 光の眼に絶望の影が宿ってしまった。そうなるのも無理はなく、どこにも逃げ場が存在しないのがわかってしまったから。


 そんな彼を見て暗馬が光の代わりとして、ここにいる生徒たちをまとめ上げようと試みた。


「俺らはまだ死んだわけじゃない。他の町に行こう。今ならまだ間に合うはずだ」


「暗馬…」


 彼の意向は力ずくに光を奮い立たせる。まだ生きている仲間がいて、彼らの命は自分が握っていると理解してしまったのだ。そして、心根から善意溢れる彼にとっては、立ち止まる選択肢はなくなった。


「みんな──」


「あれー? なーんでまだ生きてんの?」


 聞いたことのない若い男の声だった。場違いなそいつは急に姿を現し、訳のわからないことを言ったんだ。


 振り返るとそこには信じられない人物が立っていた。初めて見る顔ではあるが、驚くべき部分はそこではない。アジア人、いや日本人か?


 彼がどこから来たのか定かではなくて、もしかしたら我々と同じような顔立ちを持つ人々もこの世界にはいるかもしれないが、オレたちという実例がある以上、こいつも日本から来た可能性が否定できない。


「お、お前は一体…」


「え、ああ混乱しちゃうよねごめんねー? でもね、君らはもう死ぬからなに聞いても意味ないかな」


 ヒョロそうな出で立ちに関わらず、隠しきれない怪しい雰囲気はオレたちに不安を掻き立てる。


 無気力に手を伸ばしたそいつの先には光がいた。


「ッ!!」


 黒いなにかが飛んできたのだ。能力を使っていながらも、それをはっきりと把握できなかったほどに一瞬で、飛来したそれが異世界に来て初めて認知できないものとなった。


「あれおかしいな、殺したはずなんだけど」


 直前にした死をようやく理解した光。彼の目前には折れた刀を握った暗馬が立っている。


「はぁっ、はぁッ…!」


 呼吸が乱れ、あっという間に滝のように汗が彼らを濡らした。


 全員が察知してしまった。どう足掻いてもこいつには勝てないと。逃げるヴィジョンすら全くもって想像することすら許されないほどに。


 呆気ない終わり方だと思った。圧倒的な力の前にはなす術なく蹂躙され、殺される。


「え、ちょっと待って」


 もうお終いだと誰もが信じ込んだ時だった。憎らしいそいつが、一人の生徒の前に歩み寄った。


 思いがけず生まれた死までの延期に喜ぶことはない。依然変わりなく死が確定しているのだから。


「きみ…かわいいね」


「…は?」


 言い寄った相手は姶良だった。唖然とする彼女を無視して、さらに言葉を続ける。


「いやほんとだよ? この辺って日本人みたいな顔の人ちょっと少ないからさぁ、いや珍しい訳じゃないんだけどね? 君みたいな可愛い子あんまり見ないんだよ。うわ嬉しいなぁ君が召喚されてて…」


「……で?」


「だからね、君はぼくと一緒に来るんだよ。一緒過ごすんだ。ぼく子どもは六人くらいほしいなぁ、ねぇどう思う?」


 信じられないほどキモい発言でマジでひく。そんなこと言って恥ずかしくないのかと、彼の脳を疑う。病気だろこれ。


「…少し考えさせて」


「もちろんだとも」


 顎に手を当て考える仕草を取った姶良は振り返り、歩き出した。


「…運が良かったようね」


 後ろを向いた彼女の目にはある人を迷いなく捉えられている。


「津久見さん」


「へっ? あっはい」


 間抜けな声を上げたその女生徒に彼女は歩み寄った。そして、敵が顔をよく見えないのを利用して、何かを口にした。音は出ていない。口パクで、オレにはなにがなんだからさっぱりわからなかったが、どうやは津久見にはそれが何か伝わったらしい。


「護法結界…」


 やつを除いた我々だけが、白い半円に覆われた。


「ちょ、なにして」


「佐々町さん早く転送っ」


「あっ、でもどこに…」


「見える限りの遠くへ!」


「なに勝手なことしてんの?! くそっあぁお前があの結界か! だからなんで生きてんだよほんとにさぁ!」


「準備しますっ、近くに!」


 確信した勝利感から余裕ぶっこいていたそいつに焦りが生じる。何度攻撃を放っても思った通りの結果にはならず、このバリアーを壊せない。


 苛立つ彼を気にせずに転送の準備を進める佐々町。結界内に黒い魔法陣が浮かび上がり、次第にその光を増していく。


「絶対迎えに行くから! 待っていろよ!」


「キモっ、二度とあたしの前に現れないでちょうだい」


「行きます! 転送!」


 黒い光が力を増幅させ、やがてオレたち全員を隠し込んだ。

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