第48話 みんなが集う

 菜摘は木でできた置物やアクセサリーとかに興味があるようで、しんしんと目を落としている。

 母さんは別のお店で、売れ残った野菜とかを物色中だ。


 俺はその間に、今夜のイベントについて、何人かの旧友に連絡を送った。

 美空には今日のことは黙っていて、その代わりに別の日の放課後で時間がないかどうか、訊いてみるつもりだ。

 大勢でいる場所よりももっと別の場所で、話すことがありそうだと思ったから。


「ねえ礼司、これどうかな?」


 菜摘が首飾りを胸に当てて、目を向けてくる。

 雫を象った木製のアクセサリーに茶色の紐がつながっていて、紐にはカラフルな珠がいくつも嵌められている。

 光沢があって、つやつやと照り輝いて綺麗だ。


「うん、いいんじゃないかな」


「あ~、なんか適当に言ってない?」


「え、いや、そんなことはないけど! とっても綺麗で、本当によく似合っています!」


 今夜のことを考えていて、つい気が抜けた返事をしてしまったのだけど、気づかれたみたいだ。

 でも菜摘だったらきっと、どんなものだって似合ってしまうんだと思うのだけれど。


「いいなあ、これ」


 どうやら本当に気に入ったみたいで、うっとりとして眺めている。

 そんな様子を目にして、お店のおばさんが声をかける。


「それは職人さんの手づくりで、同じものは他にはないんです。とってもお似合いですよ」


「そうなんですね……」


 他にもいくつかのアクセサリーが陳列されているけれど、菜摘はそれだけに目を落として迷っている。


「菜摘、それが気に入ったの?」


「うん。滅茶苦茶気になってる」


「じゃあ、買ってあげるよ」


「えっ!?」


「すみません、これください」


 俺がおばさんに申し出ると、菜摘は急に表情を変えて慌て出した。


「ちょ、ちょっと待って礼司。わたしそんなつもりじゃ……悪いよそんなの」


「気に入ったんでしょ、それ? 良く似合ってるし」


「そんな……どうして、そんなことしてくれるの?」


 ……さあ、どうしてかな?

 本当によく似合っていると思うしさ。

 それに、ここは朝市だから、もうじきこのお店はなくなってしまう。

 そうなると、このペンダントとは、きっともう会えなくなってしまうんだ。


 それと……


「えと、俺がそうしたいからだよ。上手くは言えないけど」


「礼司……」


 心の中では、菜摘に感謝してるんだ。

 今ここで一緒にいてくれているのは、俺のことを信用して頼ってくれたからじゃないだろうか。

 知らない場所に来て、知らない人間と一緒に暮らすのなんて、勇気がいるに違いない。

 少なくとも、心臓が小さい俺なんかだったら、絶対に気後れしてしまう。

 でも彼女は、俺の言葉を信じて、ここにいてくれるんだ。

 そう思うと、自然と心が温かくなる。


「まあ、せっかく朝市に来たんだから記念にさ。菜摘には家の手伝いとかもしてもらってるから、そのお礼ってこともあるしさ」


 それとも、こういうのってキモイかな?

 身に着ける物だから、だれにもらったかって、大事なことかもしれないし。

 困らせてしまったのなら、申し訳なかったな。

 

 余計なことを言ってしまったかなと後悔していると、菜摘がコクンと首を縦にふってくれた。


「ありがとう礼司。じゃあよろしく!」


「う、うん」


 手作りの工芸品というだけあって、高校生にとって安い値段ではないけれど、それでも払えないことはない。

 断られていたら今日一日は凹んでいただろうけど、それは避けられたみたいだ。


 お金を払ってペンダントを受け取ったところで、母さんがやってきた。

 なにやら、新鮮そうな野菜が詰まった袋をぶら下げている。


「そろそろ行きましょうか? 家でお婆ちゃんが待ってるわ」


 菜摘と二人で頷いて、車に戻って、来た道をまた戻る。

 家に着いて荷物を運んでから、母さんが近寄ってきて、きょろきょろと周りを見た。


「礼司、手を出しなさい」


「へ? 手?」


 言われた通り手を差し出すと、母さんはこっそりと五千円札を握らせてくれた。


「え? 母さん、なにこれ?」


「臨時のお小遣いよ。よかったわね、菜摘ちゃんに喜んでもらえて」


 可愛い悪だくみをする子供のように、にやりと笑う母さん。

 ……なんだか照れくさいな。

 母さんには全部、見られていたみたいだ。

 ここはお気持ちに甘えて、ありがたく受け取っておこう。


 それから、婆ちゃんとも一緒にお昼ご飯を食べて。

 少し休んでから、夜のバーベキューの準備を始めた。

 庭先に鉄板やコンロを出したり、テーブルやキャンプ用の簡易椅子を運んだり。

 夜は真っ暗になるので、街灯の代わりに懐中電灯やライトなんかも持ち出す。

 母さんと菜摘は食材の下ごしらえをしたりとか、色々と忙しい。


 一通り準備を終えて、庭先で菜摘と一緒に一息をついていると、太陽が西の山の向こう側に姿を隠して、空が茜色に染まっていく。


「うわあ、綺麗な夕焼け」


 夕日を浴びて、菜摘の頬もオレンジ色だ。

 名前の分からない鳥たちが鳴き声を上げながら、空の中をゆっくりと通り過ぎて行く。


「ねえ菜摘、明日、この町の中を回ってみない? なにもないけど、のんびりできると思うよ?」


「うん、ありがとう。楽しみ。礼司が子供の頃を過ごした場所、見たいな」


「分かった。じゃあそうしよう」


「あ、そうだ。どうせだったら、お母さんにお願いして、お弁当でも作ろうかな?」


「いいね、ありがとう。いっぱい歩くと思うから、覚悟してね」


 のんびりと会話をしていると、いつもよりも早く、父さんが乗る黒いボックスカーが、家の前に着いた。


「お、いいねえ、いい感じだ、うん」


 バーベキューの準備がすっかり整っているのを目にして、父さんはご機嫌だ。


 すっかり日が落ちて暗くなってから、ぽつぽつと人が集まり出す。

 みんな顔見知りで、この辺りに住むおじさんやおばさんたちだ。

 それに、俺の呼びかけに答えてくれた旧友たちも、自転車を飛ばして来てくれた。


「よお礼司、久しぶり。東京の生活ってどうだ?」


「快適だよ。色んな物がそろってるし。勉強が難しくて大変だけれどな」


「変わんないなお前、向こうに行ってちょっとは変わったかなって思ってたけど」


「はは、そう言うお前らだって! 高校生になっても相変わらずだな!」


 俺もお前たちも、旅立ちの駅で別れた時と変わっていない。

 懐かしくて、胸の中にじんわりと温かさが広がる。


 ふと、母さんの横で手伝いをしている菜摘のことが気になって、声をかけた。


「菜摘、知らない人がいっぱいだけど、大丈夫? しんどくなったら、どこかで休んでてね」


「ありがとう、気を使ってくれて。でも大丈夫。こんなの初めてだから、楽しみなんだ。みんな知らない人ばかりだから、かえって気が楽かも」


「なあ礼司、その子はだれなんだよ?」


 旧友の一人、一番仲がいい脇田源太郎わきたげんたろうが目ざとく見つけて、興味を示してくる。


「あ、こ、こんばんは」


 菜摘が挨拶をすると、源太郎は急に慌てて、「ど、どうも」とぶきっちょに返しながら、ぺこりんと腰を深く折った。

 照れたように、にへら顔をしながら。


「まあ色々あってさ、東京からここに来てもらっているんだよ。食べながらゆっくりと話すよ」


 本当のことは話さない方がいいだろうから、親公認で仲良くなった友達ってことで、この場は乗り切ろう。


 父さんやおじさん達がお酒に手をかけて、肉や野菜を焼き始めると、香ばしくていい匂いが流れてくる。


「わお、美味しそうね。お腹減ったから一枚もらい!」


 父さんより少し遅れて帰って来ていた朝陽あさひが、まだ生焼け気味の肉に早速箸を伸ばす。

 父さんの知り合い、俺の友達、そしてうちの家族。

 両手指の数を軽く越える面々が集って、だんだんと盛り上がっていく。


 すると、この場で停まる自転車がもう一台。

 その主は、暗がりの中でも、麗しくて懐かしい顔をしているのが分かる。

 肩のあたりまでの伸びた髪の毛を微かに揺らして、ふわりと笑顔を流してくる。


 どくんとして、心臓が音を奏で始める。


「お久しぶり、礼司」


 彼女は、今日は声をかけていないはずの、杉守美空すぎもりみそらだ。



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