引き止める

「お前の彼氏、ずいぶんとふざけたことをしてくれたんだな……! 確かに警察沙汰にはならないが、聞いてて吐き気がする……! 帰りたくないのも納得だ」


陽翔は激高して握った拳をぶるぶると震わせる。まさか百子がそんな目に合っていたとは夢にも思っていないからだ。熱を出して帰ってきたのに、同棲している家に知らない女を連れ込まれて、しかも性行為の真っ最中を目撃してしまったなど、ショック以外の何物でもない。もし陽翔も同じような場面に出くわしたなら、逆上して暴れてしまう自信がある。

それなのに浮気現場を目撃してその場で怒り狂うこともなく、証拠を押さえて家を出た彼女のその行動には思わず舌を巻いた。

だが今の百子はそんな胆力を見せたのと同一人物だとは思えないほど憔悴している。今まで張り詰めた糸がふつりと切れてしまったのだろう。下を向いた百子から湿っぽい雰囲気を感じた陽翔は、一度席を外してタオルを持ってきて百子の膝の上に置き、小さな手にそれを握らせた。


「事情は分かった……それにしてもよく耐えたな。しばらく家には帰らない方がいいだろう。今帰っても浮気相手がいるかもしれないし、そいつに何を言われるかも分からないし。今頃お前のスマホには彼氏から山ほど連絡が来ているだろうし」


百子ははっと顔を上げる。その瞳は赤くなっていたが、百子は自分のカバンがどこにあるかを陽翔に問うた。


「……今は見ない方がいいと思うが」


「えっと……充電しないと多分駄目だと思うし、他の人からの連絡もあるかもしれないから……」


陽翔は苦い顔をしていたものの、充電の件を失念していたので、リビングの隅に置いてある彼女のカバンを渋々と持ってきて百子に渡す。


「ほら。充電はそこのコンセントを使っていいから」


陽翔の指差す方を見て、百子は小さく首を振った。


「そんな。流石にそこまで甘えられないよ。モバイルバッテリーを持ち歩いてるからそれで充電するし」


百子はカバンからシルバーのモバイルバッテリーを出して見せたが、却って陽翔の眉間の皺を深くさせるだけだった。


「俺はそこまでケチケチするつもりはねえよ。というかそのモバイルバッテリーだけでもたせようとしたら明日とかどうすんだ」


「そこは安心して。明日にはここを出ていくつもりだから。ちゃんと宿泊代も払うし」


百子はカバンを再び漁り、銀行のATMの横に置いてある封筒の中に一万円札を5枚入れてそれを陽翔に差し出す。

だが陽翔は思わず百子の華奢な腕を掴んだ。びくりとした彼女に構わず、彼は早口で言い募った。


「そんな体で何言ってんだよ。またぶっ倒れたらどうすんだ! まだ本調子じゃないのにめちゃくちゃ言いやがって! あと俺は別に対価もらうためにお前を助けたんじゃねえよ! ここを出たらどうやって生活するつもりだ!」

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