第13話 教育改革
司が初めに取り掛かったのは教育改革であった。
国の屋台骨がぐらつき始めている。
教育こそ未来への道を切り開く糸口となる。
他にも急を要する数多の変革が必要であったが、
俄かに宮廷に現れた司にどれだけの権限があろうか。
先ずは、実績を積み、足下を固めてからでないと、物事は容易く進むまないだろう。
司の執務室で教育改革のあらましが、彼女自身の口から語られて行く事に成る。
今日はその初日である。
再び、メンバーが揃うと、
司はいきなりとんでもない事を話し始めた。
「ご存じの通り、教育省は国の一機関でしか有りません。
何をするにも横やりが付き物です。
私利私欲に駆られた輩は後を絶ちません。
現場に必要な予算さえ思うようには行きません。
加えて、その教育省のトップと云えば名誉欲に魅了された、しかも、教育に関する経験も乏しく凡そ畑違いと思われる者が任命されています。
立法、司法、行政がこの国を支え培って来ました。
所謂、三権分立です。
教育はある意味、一国の大黒柱で在らねばなりません。
そこで、私は教育省を他の役所から一切干渉されない独立した機関に押し上たいと考えています。
『四権分立』です。
五年や十年でそれが叶うとは思って居ませんが、今、正に、その緒に就かなければと考えています」
冒頭からの司の情熱の籠った話を聞かれた面々は、居住まいを正し、その口もとに見入って居た。
さっきまで、心ここに非ずを呈して居た新でさえその勢いに圧倒されていた。
『司が胸の内でこんな事を考えて居たなんて』
新だけではなかつた。
この場に集ったみなも、いきなり金槌で頭を叩かれたような衝撃を受けた。
彼らを見つめる司の眼には、
『お願い、私と一緒に戦って下さい』
との思いが籠っていた
しばしの沈黙の後、やはり、ウォークが口を開いた。
「司の宮様の志はしかと承りました。ご尤もな事では有りますが、現状を鑑みれば、その前にやるべき事が星の数ほど有るのでは?」
司はまるで意を得たりとの表情を見せている。
「ウォークの言う通りです。
私は押し付けを好みません。ですから、ここで議論を行いと思いますが、如何ですか?」
一同頷いている。
「そこで、私から一つ、みなに問いただしたい事が有ります。
・・・いきなりですが、教育の目的とは何でしょうか?」
サドが先陣を切った。
ウォークは様子見と云った所だ。恐らく、メンバーの人格、見識を見定めようとしているのに違いない。
「宮様、それは個人に在っては生活を、国に在っては国力を豊にする為では無いでしょうか?」
「他には?」
司はみなを見渡した。
「トロット、あなたはどうですか?」
「えっ、僕ですか。え~と、そ、それは文化を高める為では~」
新、キラリ、ヒラリの口は貝の様に閉ざされている。
司は取り分けウォークに向って、
「子供たちの幸せの為だと私は思って居ます」
新の顔は、
『な~んだ。そんなことか』
と言わんばかりである。
ウォークを除いて、みなが雲の上を歩かされている気分で居る。
ウォークはまだ司が胸の内に何かしらを秘めていると考えたようだ。
「司の宮さま、それに関しては異議を唱える者は居ないかと~。ですが、それだけでは漠然として捉えようが有りません」
「尤(もっと)もな事です。
先日、私はある国の図書館、数多くの書物を収めていて人々に閲覧させたり貸し出したりする所ですが、そこで、教育に関する素晴らしい本を見つけました」
司の眼差しが新に向けられた。
新は、
『あの時のことだな』
と、司を見返した。
司は続けた。
「詳細は折々紹介しようと思いますが、今日は一点だけ伝えて置こうと思います」
みなが司に注目した。
「その本の中にはこう云う事が書かれて有りました。
親が子供に食事を与える際に、その子が嫌いな食べ物を無理やり食べさせるでしょうか?
仮に、いつかの滋養の為にと子供の消化能力を度返しして食べさせたとしましょう。
子供の成長に無用なものが有って、胃腸で消化されず排出されるならまだしも、
それが体内に溜って後から入って来る食物を詰まらせ、最悪の場合は毒素を起こさしめ健康に害を及ぼすとしたら~。
どの親も、子供自身もそんな事を望みはしないでしょう。
教育も同じです。それも、横一列で押し付けて居るのが現状の教育です。
これほど単純な事に気付かず長年に渡って、
『制度先に在れり』
の様相を呈して来たのがこの国の教育です。
なるほど、横一列に生徒を並べ、一般教養を高め、識字率を向上させることに異議を唱えませんが、眼には見えませんがこ子供たちの能力は遥かに進歩している様に感じられてなりません。
見て御覧なさい。50年前なら巷の子供たちの中には鼻水をたらし、親や教師たちの意に叶う事が尤もな事だと考えていたでしょう。
ところが、今は、こども達自身の能力が進化して居るのです。
言い換えれば、自身が在るべき姿を自らの意志で自らに問いかける事が、より出来るように成って来て居るのです、
ところが、その答えを見出す為の場、詰まり、教育の現場が追い付けないでいるのです。
子供たちはその年齢に達すると否応なしに教育機関に送り込まれます。
『これらの教科をこの期間にまでに習得する様に』
なるほど、当初は好き嫌い、得手不得手は子供自身にも分からないでしょう。
だからと言って、その状況が続いて行けば、食物と同じ様に不具合が生じ兼ねません。
ならばどうするか?
子供の素養、能力などを成長過程において見極め、その子にあったカリキュラムを施すべきだと私は思います。
その本にはこうも書かれて有りました。
『教師は技術職』
だと。
と成れば、生徒と教師の関係が少し様変わりします。
『師弟関係』
に、近づきます。
この関係は、ほぼ、人間に限られています。
そこには師弟愛が生まれて来ます。
多くの偉業を達成した人には少なからず師匠や恩師に当たる人物がいます。
師匠は弟子を何としても自分と同じように、いや、それ以上にと弟子を教導して行止(や)みません。
弟子は畏敬の念を抱いて居る師匠に少しでも近づこうと努力を重ねて行きます。
この関係性こそ、今、求められて居るのでは無いでしょうか?」
司は、ここで一息ついた。
一同は肩の張りを解いたようである。
クォーク口を開いた。
「先ほどの宮様の志と云い、今の現状への考察と云い、誠にその通りだと思いますが、『言うは易く行うは難し』の言葉が私の頭にはくっきりと浮かび上がって来ております」
「その通りです、そこで、クォーク。あなたにはその人脈を通して、私に賛同してくれる人材を見つけて欲しいのです。
勿論、内々にです。
今、これらの事が露見してしまえば、忽ちにして横やりが起きる事でしょう」
「畏まりました」
「それで、トロット」
「はい、宮様」
「あなたには先ず、不登校の生徒の詳しい実情と、今現場で起きている不具合を把握して下さい」
「分かりました。不登校の原因別に数値を出し、取りだたされている事柄を整理すれば良いんですね」
「その通りです。私は常々、教育の現場ほど美しいものは無いと思って居ます」
新が、
「素晴らしいという事ですか?」
「それも有ります。
勿論、その場に師弟の絆が在ってこそ考えられる事ですが。
つまり、向上心溢れんばかりの生徒と、それを何としても培って行こうとする師匠の姿が美しいと思うのです。
考えても見てください。
人間の他に、この様な情景を創り出す生き物がこの地上に居るでしょうか?
翻って見れば、学び向上する為に人間はこの世にその形をして生まれて来たのでは無いでしょうか。
もっと大枠で捉えれば、進化とは人間に至るまでの過程の様にも思えてなりません。
折角、人間として生まれて来た以上、形はどうであれ全ての子供たちにその美しい光景の輪の中に集って貰いたいのです」
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