怠惰な悪徳貴族のままでは生きていけないと知ったので努力を尽くす事にします

北里 京(きたさと けい)

第1話 定められた終わりと叛逆の始まり

「覚悟しろ!このクソ野郎がァ!」


「クッ……!」


 剣を手にこちらに突進してくる男。私が散々虐げ、その財も時間も自由さえ搾取してきた平民。その中の誰かだということしか分からないがそんな有象無象に私は殺されようとしている。


「ぐぁ……」


「死ね死ね死ね死ね死ねッ!オラッオラ!」


 剣は腹部へと突き刺さり、そのまま背中から突き出る。生暖かい血液の流れと嫌な程に凍えていく身体。そして激しい痛みが意識を奪おうとしてくる。彼はそのまま剣を数回動かすと引き抜いた。私はよろめきそのまま倒れてしまう。

 何か言ってやろうにも情けないうめき声が出るばかりで意識も徐々に離れようとしてくる。そんな私に容赦のない追撃が加わる。先程の男は再び剣を突き立てくる。するとどうやら仲間が加勢しに来たのかゾロゾロとその男の後ろからも人が入ってきては私のもとに集まってきた。


「簡単に死ぬんじゃねぇぞ」


「そうだ!俺等の苦しみはこんなもんじゃ……」


「娘の恨み!もっと苦しめ外道が!」


 彼等は口々に恨み言をいうと思い思いの方法で私を嬲る。剣で、足で、拳で、ナタで、鍬で、鎌で、槌で。次第に感じなければいけないはずの痛みが無くなり始め、視界が狭くなってくる。死ぬのか私は。こんな下郎共によって最期を向かえるのか。

 そこにはコレと言って感動は無かった。恨みを買ってきた自覚はあったし、それらに対する対応が甘かった自覚もあった。私は私の怠惰によって自らの首を絞めた。その結果であると、ただ事実に対する理解だけがあったのみだ。

 しかしこれまでの甘すぎる生活に対する未練はあった。芸術作品を愛で、女に溺れ、酒に酔い、金でもって人を動かし、私腹を肥やした。ただ貴族であったというだけでそれらを生まれたときから当たり前のように享受してきた。それらを失う恐怖。死によってそれらの快楽を二度と感じられないということへの恐怖。それだけが今の私の意識を支配していた。

 あぁ。もしも次があるのならこの快楽の為にもっと勤勉であろう。いつまでも続かせる為に努力を惜しまない人間になろう。

 そんな後悔と共に私は死んだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー









「どうやらまだ貴様には罰が足りないようだな」


 目の前からの声に徐々に意識が鮮明になっていく。不思議な程に良く聞こえてくる、響くのではなく私だけに真っ直ぐとんでくるような幼い声。然し声質とは裏腹に自分より幾分も歳を重ねた者のような凄味と重みを孕んだ声だ。

 視界がはっきりとしてくると一面真っ暗な空間の中心に、石を削っただけのような質素な造りの椅子があるのが分かった。闇の中でその椅子の周りだけがぼんやりと光を持っているように見える。そしてその椅子に座っている1人の少女。その対面に座り込んでいるのが私。そんな状況であることが分かった。


「いやどんな状況だこれ?ここは地獄か?」


「死にたてほやほやの割に冷静ではないか。半分は正解だ。ここは地獄……その入り口であると思うが良い」


 取り乱して独り言を言うと、目の前の少女がそれに答えた。白雪のように輝く長い髪と同じく白すぎる肌。そして10代前半のような幼い容姿。さらに、この私が生前目にしたことのないような美しい黒衣を纏っている。覗いているとどこまでも呑まれそうな洞々たる闇のような黒でありながら、煌びやかで細かな輝きを星のように散らしている。その姿を見ていると、少女が私が生きてきた世界の者ではないということを何となく理解させられるようだった。

 どうやら私は死んだのだ。そして創作の類と思っていた死後の世界というのは、実際に存在していたのだろう。地獄の入り口……ということは私の生き方には確かな罪深く、これからその罪を罰をもって雪がれるのだろうか。

 少女は私を酷くつまらなそうに、無表情でこちらを見つめている。そしてその赤い瞳を細めて冷たくこちらをただ見ていた。


「私の生き方はやはり地獄に向うほどの罪か?」


 人から恨まれるような死に方をしただけに罪がないとは自分でも思ってはいない。だが頭で話の筋は理解できても現状の、生前の自分に話したら決して信じないであろう荒唐無稽さに何かを尋ねずには居られなかったのだ。

 少女は一切態度を変えず冷たく言い放った。


「その通りだ。しかし貴様は全くその生を反省などはしておらんだろう。死の間際まで生き方そのものへの後悔は微塵も感じられんかった……」


「人として生まれ、美醜を理解し、優劣を区別し、良いものを得ようと、自分の心地よいと感じる感覚を追い求めようとするのは罪か?知能がある生き物として生まれ、その中でも地位のある人間として過ごす以上それは罪ではなく当然の結果であろう。そうしなくてはいけないほどに、いやそうせざるを得ないほどに世界は美しく、素晴らしいものに溢れている!」


「清々しい程のクズよ。いや獣か……まぁ良いそこで貴様はこのまま地獄に落としてやっても意味が無いと私は考えた。罪を理解せずに痛みのみを与えても本質的ではないからな」


「ならどうなるのだ私は」


「もう一度生を与えてやろう。しかし今度は貴様が散々搾取してきた者たちの様な位の低い生活を与えてやろう……勿論記憶人格はそのままでな」


 人形のように整った顔で無機質に、目の前の少女はそんなことを告げた。生き返る?……ことができる様だが平民なんぞ受け入れられるわけがない。富と地位が無ければ、我が心の渇きはどう潤せば良いというのだ!芸術を愛でるにも、美女を探すにも、美酒、美食を楽しむにも金が!ツテが!どれだけ必要なことか!


「ふざけるな!それならばいっそ地獄に落とせ!」


「そんなにも欲に溺れるか……哀れよのう」


「私は平民に生まれようと反省はしない!だから頼む……」


「往生際が悪い……哀れよな。だがこれは決定事項だ。潔く受け入れ貴様の犯した罪の味を味わい尽くしてここに戻るが良い」


「クソッ!」


 次の瞬間少女は右手を上げると私の体は青白い光へと変わり凄まじい速さで上昇した。真っ暗な空間であっても上昇しているという感覚だけはあった。あっという間に少女の姿は見えなくなり、体感時間にして10秒程が過ぎると周り一面が闇から、真っ白な景色になっていた。温かみや情緒などは無い、ただただ無がある。そんな白だ。

 そして暫くすると上昇する感覚が無くなり、目の前に大理石で作ったような白く芸術的な彫刻の施された門が現れた。周りの景色とは異なる素材から出る自然な白色は、生前を思い起こされるような物質感があった。だが見たことのない植物のような、何かの生き物のような模様や知らない文字が彫られていた。美しく思う反面どこか恐ろしさを感じるような……そんな門だ。


「次、人間。農夫の子。エドガー・ベルジェに対応する魂は門を潜れ」


 どこからともなく声が聞こえる。音域と響きから男のもののように聞こえる声だが、辺りに人の姿は見えない。


「なんだ?少しずつ門に近づいているような?」


 対応する魂とやらが何の話か分からなくとも、自分が門を通る存在であるということは少しずつ門に吸い込まれていく感触によって無理矢理理解させられる。

 このままではそのエドガーとかいう農夫の子にさせられてしまうということか?それだけは何とか回避せねば……

 そう思い周りを見渡す。すると自分と同じ様な青白い光のようなものが複数浮遊しているのが見えた。自分と同じ姿であり、私の罰が平民への転生だとすれば、恐らくだが此等は次の生を待つ魂というやつなのだろう。

 そうだ!どれでもいいが、掴んで無理矢理にでも私の代わりに門を潜らせてやる。


「クソッ!魂だけの存在では腕も伸ばせないのか……!」


 光の塊となった私は成すすべなく門に吸い込まれるしかなかった。どうする?焦りが自身の客観性を思考から奪い、視界を狭める。諦めるしか……そんなことは出来ない!私はそんな生を認められるわけが……


「……ここまで強欲で傲慢な罪深き魂など久しくみておらんかったぞ……素晴らしい資質だ!どうだ人間?望むならもう一度貴様の希望する地位とやらを持つ生を送らせてやろうか?」


 絶望しかけていた私の元にどこからか声が届いた。恐ろしいようで、心に嫌に纏わりつくような甘さを感じる。妖しく美しい男の声だ。


「誰だ私に声をかけるのは!?だが誰でもいい!できるならやってみろ!私に富と権力を与え……人の世を好き勝手に生きる力を!欲のままに生きる力を与えてみろ!」


「シュルルルルルルルルッ!なんと!この期に及んでそんな傲慢な態度!ますます気に入った!真っ黒な魂と心を持つ人間よ!邪神ーーーーーの名においてお前を王にしてみせようぞ!」


 声だけの存在が私にそう宣言すると、さっきまで青白く光っていた自分自身が紫色の光を放ち始めた。そして門はその白を黒曜石のような光沢と輝きに染められ、禍々しく姿を変えた。


「異常事態発生。速やかに門への力の接続を停止せよ。速やかに門への……」


 アナウンスと共に周りの空間に混乱が起こる。しかしもう遅い。私の魂はその門へと至っている。


「何だか分からんが状況が変わったらしい!ざまあみろクソッタレな小娘と、天界もどきめ!お前らの思惑どうりにはならんようだぞ!すぐに地獄に落とさなかったことを後悔せよ!」


「やはりクズだ!素晴らしい魂だ!共に世の全てを貪り尽くそうぞ!」


 私が啖呵を切っていると、声だけの存在は非常に楽しそうに語りかけてくる。何やら私にとって良い事が始まる予感がする。とても良い気分だ。

 そんな多幸感と予感を感じながら私は門へと吸い込まれた。そして門の中に入ると私の意識は黒い闇へと吸い込まれてーーー

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