第18話 画策



カタリナが職場で、先進医療の新しい発見に関する対応で忙しくしていると、不意にジュリアンが姿を現した。

彼の突然の来訪に、彼女は眉をひそめた。


「殿下?こんなところに何のご用でしょうか?」と冷たく問いかけたが、彼は気にすることなく軽く笑いながら応じた。「ただ、エディスの様子を聞きに来ただけさ。長居はしないよ、少しだけ」


とはいえ、カタリナは彼がいう「少しだけ」が結局長くなることを、彼女はよく知っていた。

彼女の机の前に腰掛けたジュリアンを横目に見ながら、カタリナは内心ため息をついた。


「エディスの様子はどうだ?この前持って行った彼女の好きなお茶やお菓子は食べてるのか?」


カタリナは無表情で応えた。「殿下が持ってきたものですか? ええ、少しは口にしていますよ。でも、そんなに食欲はなさそうです」


「そうか…」ジュリアンは一瞬考え込むように視線を落とした。「エディスは自分の話をすることはあるか? 昼間は何をしてるんだ? 家の中にずっといるのか?」


カタリナは軽くため息を吐き、適当に応じた。「あまり自分のことを話しませんね。日中も特に出かけることはないですし、家の中で本を読んだり、息子と遊んで、静かに過ごしてるだけです。あまり元気がないのは確かですね」


ジュリアンはさらに心配そうな顔を見せた。「外に出ることもしないのか…まるで閉じこもってるみたいだな」


「ええ、そんな感じです。でも一番の理由は外に会いたくない人でもいるんじゃないですか?」カタリナは淡々と答え、手元の資料に集中した。


ジュリアンは何かを考えるように沈黙した後、カタリナに向かって言った。「彼女が少しでも元気になるように、俺がもう少しできることがあれば…」


カタリナは軽くため息をつき、「まあ、そんなに気を使わなくても大丈夫ですよ。私が傍にいますから」と冷たく返したが、内心はジュリアンの気遣いがエディスにとって本当に良いのか疑問に感じていた。




その後、カタリナの仕事が一段落ついたのを見計らって、ジュリアンが彼女のデスクに何かを置いた。

彼女が視線を向けると、それは翌日発行される記事だった。

ジュリアンは淡々と、「これはエディスに関係のある記事なんだ。彼女に見せるべきだろう」と言った。


カタリナは記事を手に取りながら、眉を寄せた。「本当にこれをエディス様に見せるべきだと殿下は思ってらっしゃるのですか?」と詰問するような口調で言った。

彼女は記事に何か作為的なものを感じ取った。「殿下は最近まで、エディス様にこういう情報を巧妙に隠していたのではないですか?」


ジュリアンは少し口元を緩めて、「そんなことはしてないさ」と言いながらも、微妙な表情を見せた。

「ただ…彼女には事実を知る権利があるだろう?それに、こういうことは避けられない」


カタリナはそこで、ふと思い出した。

以前、ジュリアンがエディスに再婚を勧められたと言ったことを。

「殿下、今度こそ離婚を言い渡されるかもしれませんね」と彼女は苛立ちを込めて言った。「これを読んだエディス様がどう思うか、全く理解しておられないように見えます」


「それは誤解だ」とジュリアンは軽く手を振ったが、カタリナの怒りは収まらなかった。

彼が何を考えているのか、何を企んでいるのか、すべてが不愉快に感じられた。


カタリナはジュリアンの来訪を疎ましく思いながら、ふと数日前のことを思い出した。

彼の部下が困り果てた様子で面談を申請し会いにきたのだ。


「カタリナさん、どうかエディス様に殿下の元に帰ってもらえるよう説得してほしいんです。そうでないと殿下は業務よりエディス様を優先して、皆が困っていて…」とカタリナに懇願したのだ。


その時も、カタリナは頭を抱えたくなった。「なんで貴方がそんなことを頼むのですか?」と呆れながら言い返した。「こんなやり方をして帰ってもらおうと画策していることがありえないですよ!」


彼女はその時のやり取りを思い出し、改めてジュリアンに対する苛立ちを感じた。

彼がいる限り、また同じ問題が起こりかねない。

カタリナ自身も迷惑をこうむるのではないかという不安が募る。


そして、ふと思い立ち、ジュリアンに視線を向けた。「そういえば、前にプロムの記事が出た時、エディス様が見ちゃいましたよ。殿下は隠そうとしてましたが、結局失敗しましたね」


ジュリアンの表情が一瞬強張ったが、すぐに無理やり穏やかな顔を作り直した。「そうか…。彼女、どう反応してたんだ?」


「懐かしいって仰ってました。あの場で起こったこと全てご覧になっていたようです。まるで劇のようだったと」カタリナは鋭い視線を投げかけた。


ジュリアンは微かに顔を歪め、過去の自分の行いに後悔の色を浮かべた。

しかし、カタリナはそれ以上は追及しなかった。

彼女は、当時エディスがジュリアンに憧れていたことを、あえて言う気はなかったのだ。

これはちょっとした意趣返しだった。


「まあ、いずれにしても、この記事は早めに見た方が良いですね」とカタリナはため息をつき、またジュリアンとのやり取りにうんざりした気持ちを抱えたまま、話を終えようとした。




しかし、ジュリアンは黙って微笑み、すでにカタリナの反応を予測しているかのようだった。

彼の来訪の目的がエディスの近況ではなく、エディスの帰宅を促すためだと気付いた彼女は、ますます不快感を募らせた。


カタリナはジュリアンを見ながら、ふと疑問に思った。

彼はこんなに冷静だっただろうか?

自分の印象では、もっと感情に任せて行動する人物だと思っていた。

後先を考えず、感情を優先するところがあるからこそ、彼の行動には隠し事がないと思っていた。

何かを隠したり、人をコントロールしようとすることは、一切なかった。

そういった人間のいやらしい部分がジュリアンには見当たらなく、品の良さを感じていた。


しかし、今のジュリアンは、冷静に物事を判断しているように見える。

感情に流されず、状況をコントロールしようとしている彼の態度が、新しい一面を示していた。

その結果、彼の品の良さはさらに際立ち、「嫌味な感じがしない品格」を持つ人物として、カタリナには映るようになってきている。


それは間違いなくエディスの影響だろう。



「結局、この記事をエディス様に見せなければならないですね…」とカタリナは最後にぼそりと呟いた。

彼女の胸に広がるのは、避けられない事実と、それに対する憂鬱な感情だった。


ジュリアンはカタリナの反応に満足したように見えたが、彼女はただ彼を追い払うために、早くこの不快な状況が終わることを願うだけだった。


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