7.百合の話

「コンコンッ」


今日はいつもよりも不格好なドアを叩く音が、クロの小部屋に響く。


「入っていいわよ」


半ば反射的に反応するクロは、予想外の人物と目を合わせる、


「夜分遅くにすみません」


「別に構わないわ。いつものことだし」


「?」


「ともかく、要件はなに?」


「えっと、ちょっと、クロさんとお話したいな〜……なんて」


「お話なら今日散々したはずよ。……何か外では言えない話……?」


「まあ、そんなかんじです……」


アルは、次の一言を躊躇う。


「……クロさんと……[[rb:姉妹 > シュベスタ]]になりたくて……」


クロは一瞬黙る。


「……言ってなかったかしら……私に姉妹を作る予定はないわ……」


「ネオさんから聞きました……その……[[rb:実妹 > いもうと]]さんのことも……」


「……ネオは口が軽いから困るわ……で、その話を聞いてなお、私と姉妹になりたいの……?」


「……はい」


クロは悩んだ。適切な言葉を見つけるために。


絞り出した結果、


「……正直な話……無理ね……」


「……え?」


アルも、無理なことぐらい知っていた。


でも、ここまで冷淡無情に言われるとは思ってなかった。


「……今は」


「??」


余計にアルはわからなくなった。


クロは、アルにちゃんと伝わってないことに気づき、更に訂正する。



「こ、言葉足らずだったかしら……その……私は、姉妹になるのは、今は無理って言いたかったの……」


今だけは顔を赤くしながらも、まっすぐアルの目を見るクロは、ぎゅっとアルの手を握る。


あの日のアルとまではいかないが、クロにしてはしっかりと握ったほうだ。


するとアルの肌も、クロの赤みがかった肌の色が伝染したかのように、全体的に赤っぽくなる。


「だって……私、あなたのことを知らなすぎるもの……」


「……!」


その言葉にアルはハッとさせられる。


「そうです。そうですよね……!」


「お互いを知るためにも、今夜はもう少し話す……?」


「はい!」



それから、2人は飽きずに一時間ほど談笑した。


好きなことや、思い出話など、とても他愛のない話が大半を占めた。


「……そろそろ寝ましょうか……」


アルがあくびをしているのに、気付いたクロは、そんなことを呟く。


「……は、い……」


アルの返事は、まったくもって覇気はなく、今にも眠ってしまいそうな声をしている。


「これだけ戻してくるから」


と言って、コップを洗い場に置いてきたクロの目には、自分のベッドで、スヤスヤと眠るアルの姿があった。


(寝顔も可愛い……)


そんなことを考えていたクロは、あるアルの話を思い出す。



「私、EMP体外に出すことはできないんですけど、激しい戦闘とかをすると、体が魔法を使ってると勘違いして、せっかく体内で作ったEMPを、無意味に消滅させちゃうんですよ」


ふ〜んと、クロはその話を聞いたときに思いながら、コップの中にある飲み物に口をつける。


「でもでも、EMPをたくさん作る訓練はしてないので、結構すぐにEMPをほとんど消滅させちゃうんです」


「なんだか、力を制限させられている主人公みたいね」


「そんなカッコイイものじゃないですよ〜。だって、EMPがしっかり体内にないと、まともに歩けなくなったり、しちゃうじゃないですか」


アルの言う通り、女性はEMPを文字通り力の源として体を、動かしているのだが、逆に言えば、EMPを蓄えないと運動能力が著しく低下することになる。


ただ、詳しいことは、現代ではまだまだ解明されていない。


「え?……じゃあ、EMPが全くなくなったらどうするの?」


「熟睡したり、薬を飲んだりすれば治りますが、即時性は薄いです」


「すぐに立ち直したいときは?」


「……クロさん、中等部で習いませんでした?『口腔移動式魔力蘇生法』あれを使えば一発です♪」


クロは記憶をたどり思い返す。


そして、アルの言うその方法の特徴を思い出した。


『口腔移動式魔力蘇生法』……読んで字の如く、人工呼吸のようなものだ。


「だから……私がもし倒れたら、クロさんが試してみてくださいね」


「……つまり、それって……キス……ってこと……?」


「クロさんって意外とピュアなんですね♪……ここで練習しても、私は構いませんよ」


「……あんまり私の心を弄ばないで……」


「えへへ。でも、私が倒れたらキスをする。これは私とクロさんの約束ですよ!」


「わ、わかったわ……」



(キス……)


クロにも気になるものだ。


でも、流石に寝ているアルにするのはどうだろう。倫理的に。とクロは思う。


クロの中の天使と悪魔が戦った末……


「……ちゅ」


アルのおでこに一瞬だけキスをすることで、天使と悪魔は和解した。


「にしても……どうしようかしら……」


クロが寝る分の陣地を、占領して健やかに寝るアルを見ながら、クロは考える。


アルを起こしてアルの部屋で寝かせるのも、自分がアルの部屋で寝るのも、どちらも癪だったクロは、寮室のベッドは、決して小さくはないので、自分もアルの横で寝ることにした。


「……おやすみなさい。アルさん」


クロはアルの髪を、そっと撫でてから、だんだんと眠りについていった。


ちなみにクロは、魔法で宙に浮かして、アルを寝たまま連れて行くという方法を、次の日に思いついた。

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