第48話 皇帝陛下の恋人①
「マリス、こっちだ! 見てるかー!?」
「はい、見ていますよー!」
馬に乗って大きく手を振っているエヴァンに私も手を振り返しました。
今日は午後からエヴァンの乗馬訓練です。
乗馬を指導教官に褒められたらしく、どうしても見学に来てほしいとねだられました。
もちろん断る理由はありません。エヴァンが頑張っているところを見学できるのは嬉しいことです。
こうして私が乗馬場の
見ると侍従たちを従えた陛下がいました。まだ政務の時間のはずなのに乗馬場にやってきたのです。
しかも東屋にまっすぐ歩いてきて、私は椅子から立ちあがって陛下を出迎えます。
「陛下、お疲れさまです」
「立たなくていいぞ、
そう言って陛下は私がいる東屋に入ってきます。
陛下に促されて椅子に座ると彼も隣に座りました。
「こちらになにかご用でしたか? まだ政務の時間だったと思いますが」
「朝食の時にエヴァンの乗馬訓練の見学をすると言っていただろう」
「それでわざわざ……」
「……迷惑だったか?」
「とんでもないっ。エヴァンが喜びます」
少し驚いただけです。
朝食の時にエヴァンと何気なく話していただけなのですが、聞いていた陛下も気にしてくれたのですね。嬉しいことです。エヴァンも喜びます。
私と陛下は並んで乗馬訓練の見学をします。
エヴァンは幼いながらも馬を巧みに操って障害物を越えたり、駆けまわったり、まるで馬と一体化しているような見事な動きです。これなら教官に褒められるのも納得でした。
「エヴァンはとても上手に馬に乗るんですね」
「三歳の頃から乗っているからな」
「ふふふ、なるほど。上手なわけです。私も久しぶりに乗馬をしたいです」
「できるのか?」
「当たり前じゃないですか。エヴァンのように三歳から乗っているわけではありませんが、ちょっとした障害物なら越えられます」
「そうか。お前の足が治ったら馬で出かけるか」
「それは楽しみです。でも私の足はもうほとんど治ってますよ?」
陛下と馬で出かける約束ができるなんて嬉しいです。
しかも陛下は私の足の怪我まで気にしてくれて、なんだかくすぐったい気持ち。
そう、あの廃墟の迎賓館から逃げる時に私は足を怪我していました。少し
そういえば貧民区で殴られた時も気にしてくれていました。
もしかして陛下は少し心配性なのでしょうか。
「帝国にきてからお前には怪我ばかりさせているな」
「すべて自分が招いたことです。むしろ陛下は私を助けてくださいました。ありがとうございます」
「お前を守るのは当然だ」
「…………」
さらりと言われてしまいました。
いけません、顔が熱くなってしまう。
そんなことを言われると勘違いしてしまうのでやめてほしいです……。……うそ、ほんとうは嬉しい。
でもやっぱりやめてほしい。勘違いはみじめじゃないですか。
私は苦笑してまたエヴァンを見つめます。
エヴァンは難易度の高い障害物に挑戦していました。馬上から真剣な顔で障害物を見据える姿がかっこいいです。
「マリス」
ふと陛下に呼ばれました。
振り向くと陛下と目が合う。陛下はなにか考えている顔をしていました。
「どうしました?」
「……あれからずっと考えていたんだ」
唐突なそれに首を傾げてしまう。なにを考えていたんでしょうか。
でも陛下は眉間に皺を刻んで考えながら口を開きます。
「よく考えたが……転生がよくわからん」
「陛下……っ」
驚きました。
あの夜の私の告白でずっと頭を悩ませていたというのです。
胸が甘く締めつけられました。
どういうつもりなんでしょうか。陛下は私の気持ちをこれ以上
「陛下、あの夜はつまらない話をして申し訳ありませんでした。陛下を困らせるつもりはなかったんです。どうか夢の話と思って忘れてください」
「それはできない。お前の秘密の話だろ。俺は嬉しかったんだ」
陛下が私を見つめて言いました。
胸がぎゅっとしました。
思わず胸を押さえてしまう。罪な人です、ほんとうに。
「陛下、ありがとうございます。そのお言葉だけで充分です。それだけで私は」
「充分だなんて言うな。俺はお前が秘密を打ち明けてくれたことが嬉しいと言っただろ。しかし俺にはどれだけ考えても転生だの前世だのということはよくわからない。だが今、この世界でここにいるのは俺の愛したマリスだ。ここでお前は俺の恋人になってくれた。俺にとってはそれがすべてだ」
「陛下……。……ん? …………っ、えええええっ! 私、陛下の恋人だったんですか!?」
ガバリッ! 思わず立ちあがりました。
え? ええ? えええええ!!??
恋人? 私が? 陛下の!!??
驚愕する私に陛下も目を丸めます。
「ど、どうしたマリス。ほら、いいから座れ。戻ってこい」
陛下に椅子をぽんぽんされました。
困惑しつつも腰を下ろします。
でも陛下を凝視したままです。だってこの人さっき私のことを『愛するマリス』って言いました。『俺の恋人』って言いました。
信じられない言葉に動揺が隠し切れません。だって、そんなの今まで言ったことないじゃないですか。
私は大きく深呼吸して陛下にもう一度聞いてみます。
「……あの、私、陛下の恋人だったんですか? 私のこと……あ、愛してたんですか?」
「なにを言ってるんだ。恋人だろ。愛してると何度も言っているはずだ」
「言ってません」
「なんだと? そんなはずは……」
陛下が顔をしかめました。
私はゆっくり首を横に振ります。
「言ってません」
「ちょ、ちょっと待て」
陛下が口元を片手で
目を閉じて過去を回想しているようで……。
「…………もしかして、言ってなかったか?」
陛下がおそるおそる私を見ました。
私は大きくうなずきます。
「絶対言ってません! 今まで陛下がなにも言わずに私のところに来るので、てっきりそれだけの関係なのかと思っていました。でも私は陛下をお慕いしていますから、これからも陛下とこうしていられるなら、陛下の気まぐれでも愛人でもなんでもいいと」
「どうしてそんな悲しいことを言うんだ。自分で自分を傷つけるな。ダメだぞ?」
「え、私が悪いかんじになるんですか?」
あなたが何も言ってくれなかったからなんですが……。
「……陛下こそどうして今まで何も言ってくれなかったんですか」
「言ったつもりだったんだ。あの燃える孤児院の前で初めて出会った時から、ずっとお前のことばかり考えていたから、……言った気になっていた」
「ええ……。で、でも初めて夜をご一緒した時、陛下の名を呼んでも返事もしてもらえず、素っ気なくされて……」
「あの時は……興奮していた。あの夜のことは今でも少し後悔している。ようやくお前を抱けるのだと思うと興奮して、……俺自身あまりよく覚えていない」
陛下が片手で頭を抱えて
どうやら本当に言った気になっていたようで、本当に興奮していただけのようです。
でも顔をあげて言い訳してきます。
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