第29話 陛下と私②

「マリス……」


 口付けの合間に名を呼ばれました。

 自分の名前なのに自分の名前じゃないみたい。

 知りませんでした。私の名はこんなに甘く響くのですね。

 陛下の腕が私の腰を抱きよせます。

 そのまま唇が深く重なって、薄く開いた唇に陛下の舌が忍びこむ。

 でも口内にピリッとした痛みが走って息を詰めました。

 私の様子に気づいた陛下がはっとして唇を離します。


「口の中を切っているのか? 見せてみろ」

「そんな……」

「いいから口を開けろ」

「あ、う……」


 命じられておずおずと口を開く。

 じっと口内を見られて顔が熱くなります。


「……やはり許しがたい」


 陛下が低い声で言いました。

 声は怖かったのに、なぜでしょうか。私には甘く響いて堪らない気持ちがこみあげました。


「怒らないでください」

「これが怒らずにいられるか」


 吐き捨てるように言われました。

 でもやっぱり怖くない。だって、私の目にはどこか拗ねているように見えたのです。

 だから慰めたくて、甦った恋心を少しでも伝えたくて、今度は私から陛下に手を伸ばします。

 そして唇をそっと触れさせ、想いを伝えます。


「陛下、おしたいしています……」

「っ……」


 瞬間、陛下が目を見開く。

 ああ、あなたは驚くとそんな顔をするのですね。

 なんだかくすぐったい気持ちになって目を伏せる。すると今度は陛下からまた口付けてくれました。

 今度の口付けは最初から深いものですが、私が痛がったところを避けてくれます。

 その気遣いに胸が張り裂けそうなほど高鳴りました。

 そして。


「マリス、お前を抱きたい」

「っ、陛下……」


 直接的な言葉に目眩がしそう。

 でも今の私に拒むなどという選択肢はありませんでした。

 この甘やかで蠱惑的こわくてきな雰囲気に流されるように頷く。流されたいと、それを期待するように。

 ぱさりっ。肩からガウンがすべり落ちました。

 陛下が口付けたまま私の夜着を乱していく。

 ぴくりっと震えると、陛下の力強い両腕が私を横抱きで抱きあげました。


「へ、陛下……」


 突然のことに陛下を見上げると、陛下は私を…………見ていませんでした。


 ……陛下?


 さっきまであれほど近い距離で見つめあっていたのに、私を横抱きしたまま前を見ています。

 まっすぐ寝所に歩きながらも、ちらりとも見てくれません。

「陛下」と小さく呼びかけてみても前を見たままでした。

 でも寝所のベッドに体を降ろされると、ようやく私を見てくれます。


「マリス」


 また名前を呼んで口付けてくれました。

 夜着が乱され、夜着の長い裾がたくしあげられていく。

 口付けは嬉しいのに、陛下の手によって性急に素肌が曝されていきます。乱暴ではないけれど、ぎ取るようなそれが少し怖い。


「へ、陛下、……私は、初めてで……。ん……」


 あらわになっていく素肌に不安を訴えると口付けられました。

 訴えは口付けに吸い込まれて消えていく。

 伝えたいことがあるのに、口付けで頭がぼんやりしてしまう。

 陛下の大きな手が肌を撫でると体はバカみたいに熱くなって、もうなにも考えられなくなりました……。





 翌朝。

 目覚めると陛下はベッドにいませんでした。

 時計を見るとまだ早い時間です。でも今日は朝議がある日ですから、そちらに行かなければいけません。


「……いけませんね」


 頭では朝議に行ったとわかっているのに、少しだけ寂しい気持ちになるのを許してほしい。

 私は昨夜のことを思い出して枕に顔をうずめました。

 昨夜、私はとうとう陛下に抱かれました。

 今思い出しても夢のようで記憶がふわふわしています。

 でも体に触れた陛下の手の感触ははっきり覚えていて、朝だというのに体がじんわり熱くなってしまう。


「ヴェルハルト陛下……」


 ぽつりと名前を呟きました。

 それだけで胸が甘く締めつけられます。


「いたっ……」


 起きようとして、腰が痛くてまたベッドに逆戻り。

 でもその恥ずかしい痛みにまた陛下との夜を思い出して顔が熱くなりました。

 陛下の口付けはとても優しかったです。

 私は初めてなので良し悪しは分かりませんが、そんな初めての私が最後は快感にすすり泣いてしまったので、きっと陛下はお上手なのでしょうね。

 でも初めての私にはいささか激しいものでした。ゆっくりしてほしいと言ったのに、決して攻めをゆるめてくれることはなくて……。


「……私はなにを思い出して」


 私、浮かれているようです。

 陛下に抱かれて、特別になれた気がして……。


 …………認めましょう。私は恋をしていると。


 陛下は……わかりません。昨夜、一度も好きだとは言ってくれませんでした。

 でも、それでも私を抱いたということは嫌われてはいないということですよね。

 少なからず私のことを好んでいてくれるということですよね。

 私は甘くうずく胸を押さえ、お世話してくれる侍女がくるまで枕に顔をうずめていました。






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