第13話 すれちがう食事デート②

 そしてヴェルハルトはデートの現場である広間に来たわけだが。


「エヴァン、マリスはどうした」


 広間にいたのは弟のエヴァンだけだった。

 エヴァンはあどけない笑顔で首を傾げる。


「さあ、わかりません。ぼくも待っているんですが、どうしたんでしょうね」


 八歳の弟は不思議そうに言った。

 この弟は兄であるヴェルハルトの前ではつねに笑顔の優等生である。決して心の内側を見せることはない。


 しかしヴェルハルトはエヴァンの本質に気がついていた。


 優等生な笑顔の下では性根が捻じ曲がっていることを……。今まで何人の世話役を辞めさせてきたことか……。

 

 だが気がついていても今まで手を打つことはなかった。……正しくは手を打てなかった。

 エヴァン本人がヴェルハルトの前で決して本質を見せないことも理由だが、それ以上の理由がヴェルハルトにはあったのだ。血を分けた唯一の家族だが、だからこそ……。


 広間には微妙に重い空気が流れたが。

 ふと広間の扉がノックとともに開く。マリスが来たのだ。


「お待たせして申し訳ありませんでした!」


 マリスが入ってきたと同時にがばりっと頭を下げる。

 それだけでヴェルハルトの機嫌は上昇だ。

 マリスは申し訳なさそうに頭を下げているが、そんなことは気にしなくていいのだ。デートは遅刻するくらいがちょうどいい。ちょうど待ちたい気分だったのだから。それよりヴェルハルトは早く顔をあげさせたい。


「はやく着席しろ」

「は、はいっ。失礼します」


 マリスが恐縮しながら着席する。

 場所はもちろんヴェルハルトの正面だ。

 ヴェルハルトはねぎらいの言葉をかけたかったが、その前にエヴァンが口を開く。


「おそかったね、マリス。ぼく、まってたのに」


 そう言ってニコリと笑顔を浮かべたエヴァン。


 ピシッ……!


 エヴァンとマリスのあいだに電気が走った。

 空気が変わったことにヴェルハルトも気づいたが、フォローする前にマリスがニコリと笑顔を浮かべた。


「殿下、お待たせしてしまって申し訳ありません。私のことを待っていてくださったんですね。まだ出会ったばかりですのに私のことを慕ってくださり、世話役として光栄です」


 マリスは笑顔で淡々と言った。

 それは含みのある笑顔と口調だったが、…………うらやましい。ヴェルハルトとしては笑顔を向けられたエヴァンが羨ましい。


(……子どもとはいいものだな、俺には警戒したままなのに。支配国だから仕方ないが、それでも少しでも警戒を解いてほしい)


 ヴェルハルトも少しでも会話をしたくて話題を振ってみる。

 まずは共通の話題からだ。


「世話役ご苦労。エヴァンはどうだ」

「その、今日お会いしたばかりですが、殿下はとてもいい子で……」

「そうか」


 ほんとにそうか? 無理してないか? そう思ったが、マリスの優しさに惚れなおした。

 きっと手を焼いているはずなのだ。弟が扱いづらいことは兄の自分が一番わかっている。

 それでもいい子だと称してくれるマリスにヴェルハルトの恋は加速する。


「今は食事にしよう」


 せっかくの食事デートだ。食事を楽しんでほしい。

 マリスに少しでも喜んでほしくて今夜のメニューはヴェルハルト直々に注文をつけたのである。

 おいしいものを食べると人は笑顔になるという。

 その瞬間を見逃したくなくてヴェルハルトはマリスを見つめる。

 もちろんヴェルハルトもマリスと一緒のものを食べて、そしてまたじっとマリスを見つめる。『おいしいな』『おいしいですね』と気持ちを伝えあうように、まっすぐに見つめる。

 給仕が新しい料理の皿を運んでくる。


「マリス様、こちらをお召し上がりください」


 給仕のすすめにマリスが少し困惑しながらも料理を食べる。

 もちろんこれはヴェルハルトの差し金だ。

 帝国にきたばかりのマリスに帝国の料理を食べさせるよう、事前に給仕に命令しておいた。

 マリスの故郷の料理を知りたいと思うのと同じだけ自分の国の料理も知ってほしいのだ。

 もちろん感想も気になるので聞くように命令しておいた。


「マリス様、いかがですか?」

「お、おいしいです。ありがとうございます」


(よかった、おいしいと言った!)


 やはりメニューに注文をつけておいて大正解だった。

 マリスがおずおずとヴェルハルトを見る。


「陛下、ありがとうございます」

「ああ、楽しんでくれ」


 楽しんでくれ、心からそう思った。

 マリスが楽しいとヴェルハルトも楽しい気持ちになる。

 この食事の時間が永遠に続けばいいのにとすら思ってしまう。

 おいしい食事を愛おしい人と囲めるのは幸せなことだ。

 こうしてヴェルハルトは食事デートを思う存分楽しんだのだった。


◆◆◆◆◆◆




「疲れました……」


 私は夕食が終わって部屋に戻るとそのままベッドに倒れこみました。

 お行儀が悪いけれど疲労は限界です。

 ベッドに倒れると全身から力が抜けて、そのまま柔らかなシーツに溶けてしまいそう。

 今日はあまりにもたくさんのことがありました。

 殿下の世話役に任命されたこともそうですが、なにを考えているか分からない陛下の不可解な行動にも翻弄ほんろうされました。

 油断はできません。冷徹と噂されている陛下に試されているのです。

 私は人質という身分ですから失敗は最悪の事態を招きかねません。


「……とりあえず殿下のことをなんとかしなければいけませんね」


 殿下が一筋縄ではいかない子どもだということが分かりました。

 明日からのことを思うと少し気が重いです。


 私は世話役として殿下とうまくやっていけるでしょうか……。


 一抹の不安を覚えたけれど、一度始まったことを止めることは出来ません。

 私は少しでも疲れを癒そうと、そうそうに眠ることにしたのでした。






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