第9話 すれちがう溺愛【マリス編】

「マリス様、どうぞこちらへ」

「はい……」


 謁見えっけんで皇帝陛下への挨拶を終えたあと、広い城内を女官に案内されていました。

 なんだか予想外の展開が続いて動揺しています。

 それというのも謁見が終われば私は城の一画に軟禁され、人質として制限のある生活が始まると思っていたのです。

 それなのに私が案内されているのは本殿です。他にも本殿にある立派な庭園やサロンなど、人質が自由に出入りすることは本来許されない場所を案内されました。

 でもこれはもちろん私のためではありません。これから私がお世話をする王弟殿下のためなのでしょう。


「質問をよろしいでしょうか。こちらのサロンは王族専用だとうかがいました。私はどの区域まで入ることを許されていますか?」

「このサロンでマリス様に制限していただくことはありません」

「そうですか……。では迷子になりそうなので地図をかかせてください」


 王弟殿下のお世話をするにあたって制限はないということですね。

 それでは迷子にならないようにサロンの地図をメモしておきましょう。

 私の故郷の城にも王族専用のサロンや庭園などありましたが、帝国のそれは比べものにならないほど広いのです。

 先ほどからメモしている私を女官がいぶかしげな顔で見ていますが構いません。世話役の私が迷子になるなんて情けないことはできませんから。


「それでは最後にマリス様のお部屋に案内いたします。こちらは皇帝陛下や王弟殿下も生活をされている区域です」

「はい」


 緊張します。決して粗相は許されない場所です。

 広い回廊を進んだ先に華やかな装飾をされた両扉がありました。女官がゆっくりと扉を開きます。


「こちらです。どうぞお入りください」

「はい。っ、ええっ!? ここ本当に私の部屋なんですか?」


 部屋に入ると驚きを隠し切れませんでした。

 世話役の部屋にしては豪華すぎるのです。


「あの、なにかの間違いでは?」

「いいえ、この部屋だと伝わっています」


 そう言って女官は粛々しゅくしゅくと部屋の説明をしてくれます。

 扉を開けた先に広がっていたのはひと目で値打ちものだと分かるアンティーク調の応接セット。その先の扉には書斎、また別の扉には専用の寝所、私専用のバルコニーや箱庭まであったのです。しかもそこに揃えられた調度品や雑貨はすべて一級品だと分かる品々でした。

 しかも女官の説明はまだ続きます。


「こちらにマリス様の衣装を用意させていただきました。ヘデルマリアから運ばれた衣装も確認しておりますが、ぜひこちらで用意した衣装を御召しください」


 そう言って女官が衣裳部屋の扉を開きます。

 そこには私が故郷から持ってきた衣装の他に、帝国で用意された数えきれないほどの衣装が整然と並んでいました。


「ほかにもクチュリエが新たな衣装を仕立てておりますので、後日そちらもご確認ください」

「え、わざわざ仕立てているんですか!? ……あの、やっぱりなにかの間違いでは」

「間違いではございません。命令通りに準備させていただいています。それではマリス様、こちらへ。案内は終わりましたので時間まで居間でおくつろぎください。疲労が癒える薬湯を淹れさせています」

「そんなことまで……」


 私は促されるまま居間のソファに腰を下ろしました。

 すぐに温かな薬湯を用意され、続いて紅茶やお菓子がテーブルに並びます。

 しかも、それだけではありません。


「あ、すご……。うぅ、それききますっ、きくっ……。ぅ、あ……」


 もみもみもみ。もみもみもみ。もみもみもみ。

 もみもみもみ。もみもみもみ。もみもみもみ。


 全身がもみもみされています。しかも見事なまでの超絶技巧もみもみ。

 だめ、すごい。体の芯までグイグイきて、り固まった疲労がほぐされていって、ああ……!


「ふ、ふええ~~……」


 恍惚のため息が漏れました。


 そう、私はなぜか全身をマッサージされていました。

 白衣姿の女官が入室してきたと思ったら、「長旅お疲れさまです」といたわられながら施術用ベッドに連れていかれてマッサージされていたのです。


 ……私、人質なんですけど。


 人質というのはもっとこう粗雑に扱われるはずです。 

 ましてや私は元敵国の王族。まず王族としてのプライドをへし折られ、屈辱を味わわされ、見せしめにされたり権力を誇示する道具にされたりするのです。

 それなのに。


「マリス様、力加減はいかがですか? 痛みはありませんか?」

「だ、だいじょうぶです……」

「では今から香油を使わせていただきます。マリス様のためにいくつか香油を調合いたしましたので、お気に召すものをお選びください」


 私の目の前に香油の瓶が並べられます。しかも十二本。すべて私のために調合したというのでしょうか……。


「わ、私はなんでも……」

「ではこちらを。こちらは疲労回復に特化した調合をしております」

「ど、どうも、ありがとう……ございます……?」


 ……お世話を、お世話をされてしまう。

 お世話をするのは私の役目なのに、私が王弟殿下のお世話をしなくてはならないのに……。


 困惑しましたが、ふとマッサージされている体を見下ろしました。

 私の肌に直接触れないように女官はシルクの薄い手袋して、私の足や腕を優しく丁寧にもみもみもみ。

 おかげで施術前とは見違えるように私の足はスッキリ軽くなって……。


 …………。


 ………………ああ、そういうことでしたか。ようやく理由がわかりましたよ。


 私がマッサージされている理由は一つ、むくみ、ですね。

 皇帝陛下に謁見するには恥ずかしいくらい疲労でむくんでいたのでしょう。

 いけませんね、恥ずかしい姿を見せてしまいました。皇帝陛下に挨拶など許されないような姿だったことでしょう。


 失敗に気付いてため息をついてしまう。


 王弟殿下の世話役という大役をおおせつかいましたが、それでも人質という立場であることに変わりありません。

 人質なのにこういう待遇たいぐうを受けるのは、それだけ世話役が大変な重責だということですよね。

 衣装を用意されたのも私の衣装がみすぼらしいからなのでしょう。みすぼらしい姿で城内をうろうろするなということですね。

 ……自覚が足りませんでした。

 故郷から持ってきた衣装はどれもしっかり選んだつもりですが恥ずかしい真似をしてしまいました。気を付けなければ。


「あの、王弟殿下はどちらに?」

「現在算術の講義を受けております。その後は剣術の稽古です。マリス様にはそれが終わり次第ご挨拶にうかがっていただきます」

「わかりました。お忙しいんですね」


 王弟殿下は八歳だとうかがいました。

 幼いながらもたくさんの講義を受け、剣術や体術や馬術などのお稽古を受けているのですね。

 どんな子どもかわかりませんが、役目を受けたからにはしっかりお世話しなくては。

 決して粗相や失敗はできません。

 人質である私の言動は故郷にも影響してしまいます。

 重責で押し潰されそうですが泣きごとは言えません。


 こうして私の新たな生活が帝国で始まるのでした。





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