第5話 帝国への人質


「マリス様、国王様がお呼びです」

「父上が……。わかりました。すぐにうかがいます」


 侍従が私を呼びに来ました。

 ヘデルマリア王国がダラム帝国に陥落して三日が経過しました。

 王国は混乱し、王都には街や村を焼かれた国民が避難民となって押し寄せています。政情不安になったことで治安が悪化しましたが、その治安を守っているのが帝国兵なのだから皮肉なものです。

 そして私を含めた王族は今も生きています。

 ヘデルマリア王国は王家の存続を許されるかわりにダラム帝国の属国になりました。

 属国の王を本当の王と呼べるのか疑問ですが、帝国に従うことを条件に王家であるフェアフィールド家は生き永らえたのです。

 私は部屋を出ると広間に向かって長い廊下を歩きました。

 途中、前から歩いてきた侍女が立ち止まってお辞儀します。自分より身分が高い者とすれ違う時は立ち止まってお辞儀しなければならないのです。

 私はそのまますれ違おうとしましたが、ふと立ち止まりました。


「あなた、街へお使いを頼めますか?」

「え」


 突然声をかけられた侍女はびっくりした顔になりました。この城で私が誰かに声をかけることはめったにないのです。

 でも私は構わずに使いを命じます。


「南の谷に小さな町があります。その町の図書館に行って司書に注文した本を早く入荷するようにと伝えてください。なるべく早くお願いします」


 そう言付けを頼むと私はまた広間に向かって歩きだしました。

 先ほどの言付ことづけはもちろん普通の言付ことづけではありません。

 図書館の司書の発注先は私が個人的に親しくしている総合商社でした。そこに燃えた孤児院の再建を依頼したのです。私の言付けは『再建を急ぐように』というメッセージでした。

 ほんとうはこんな回りくどいことはしたくありません。でも私が孤児院を作って子どもを保護しているなど知られるわけにはいかないのです。


 コンコン。広間の扉をノックしました。


「マリスです。失礼します」

「入れ」


 入室を許可されて中に入ると、そこには父上である国王ウォーレスがいました。他にも義母である王妃と腹違いの弟のレナードがいます。

 家族ですが顔を見るのは久しぶりでした。


「なにか御用でしょうか」

「兄上、お久しぶりですね。つれない物言いをされると寂しいではないですか」


 レナードがにこやかな笑顔を私に向けてきました。

 整った顔立ちの弟ですが蛇のような目つきです。うさん臭いそれに顔をしかめてしまう。

 いつも私を見ると『母親がいやしい身分だと苦労も多いでしょう』と嫌味な口調で侮るのです。正妻である王妃の子どもであるレナードにとって、平民出の寵姫から生まれた兄など存在自体が許せないのでしょう。


「白々しい挨拶は結構です。それで、御用とはなんでしょうか」


 私は国王ウォーレスに顔を向けました。

 厳しい顔つきをしているウォーレスに緊張を覚えます。

 ウォーレスは王妃やレナードには家族を溺愛する父親の顔を見せますが、私には一切見せたことがないのです。


「マリス、お前にこの国の第一王子としての役目を果たしてもらいたい」

「どういう意味ですか?」


 第一王子の役目。それは今まで私から遠ざけられていたものでした。

 それなのに……。

 いぶかしむ私にウォーレスが厳しい顔のまま命じます。


「国王として命じる。マリス、お前には人質としてダラム帝国に行ってもらう」

「え……?」


 驚愕に息を飲みました。

 私が人質?

 呆然とする私にウォーレスが続けます。


「王族から人質を出すように帝国から要請されている。本来ならその役目は王女にさせたいが私には娘がおらん。しかし第一王子のお前なら帝国も納得するだろう。行ってくれるな?」

「…………」


 私は唇を噛みました。

 疑問形で聞いていますが、それは有無を言わせぬ口調でした。レナードが口角をあげてニヤリと笑っています。

 レナードは私の前に来るとうやうやしくお辞儀しました。


「兄上は第一王子という尊い身、どうか国の窮地を救っていただきたい。兄上ならきっと皇帝陛下も気に入りますよ。なぜなら」


 レナードはそこで言葉を切ると私の顎に指をかけ、くいっと持ち上げました。


「兄上は顔だけは美しい。兄上の母親はヘデルマリアの宝石と称されるほどの美女だった。そして兄上はそんな母親とよく似ていると聞きます。ヘデルマリアの宝石を人質として献上するんですから、皇帝だってお喜びになるはずだ」

「触らないでください。不快です」


 パシンッ。

 レナードの手を払いました。触れられるのは不快です。

 でも次の瞬間、バチンッッ!


「っ! うぅ……」


 頬を打たれた衝撃に吹っ飛ばされました。

 頬を押さえて睨みつけると、レナードは憎々しげに私を見下ろしています。


「兄上に第一王子としての役割を与えてあげようというのに、ずいぶんと反抗的じゃないですか。兄上はご自分の立場が分かっていないとみえる」

「レナード、そこまでにしておきなさい。帝国へ人質にだすというのに顔に傷でも残ったら大変だわ。少しでも美しいほうが皇帝の御目に留まるかもしれませんもの」

「さすが母上! あやうく傷物にしてしまうところでした!」


 レナードは母である王妃を賛辞すると「母上に感謝してください」と私に吐き捨てました。

 でもこれで分かりました。私が帝国へ人質として行くのはすでに決定事項なのですね。

 私がどれだけ反対しても無駄なのでしょう。


「……わかりました。これでこの国が守れるなら、私は人質として帝国へ参ります」


 私は静かに答えました。

 国王と王妃は満足げな顔になり、弟レナードは勝ち誇った顔になります。

 人質になれば私の命を帝国に預けるも同然のこと。私に万が一のことがあっても構わないのです。いいえ、彼らにとって私を国から遠ざけられる理由になるのでむしろ幸運だと思われているかもしれませんね。


 こうして私は人質としてダラム帝国へ行くことになったのでした。





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