第3話 憂鬱な朝と突然の接触

 俺は、武道全般が好きで自身も武道を経験している父親の影響で、幼い頃から柔道や剣道、空手道や合気道など様々な技を叩きこまれて育ってきた。その過程で、父親の知り合いの大人と組み手をしたり、大きな大会で成績を残したりもしてきたので、自分で言うのも変だが実力はかなり高い方だと思う。今となってはそれも過去の話で、俺自身も最近は武道からは離れていた。


(まさかあんな形で役に立つとは思ってなかったけど‥‥父さんありがとう)


 俺は昨日のショッピングモールでの一件を思い出しながら学校へと続く道を歩いていた。日頃は仕事の影響で家を空けることが多い父親に、今度帰ってきたときは感謝の証として一緒に美味しいものでも食べに行こうと思う。


(とはいえ、問題は未解決のままなんだよなぁ‥‥)


 俺は学校に近づくにつれ、段々と自分の足が重くなっている理由を考えながら、それでもゆっくりと歩いていた。

 聖女たちを助けたあの場所には、たくさんのお客さんがいた。その中に同じ学校の人間がいてもおかしくはない。


(顔、見られたよなぁ‥‥)


 周りのギャラリーはともかく、聖女2人にはがっつり顔を見られている。あの時、顔を隠せるようなマスクだったり、サングラスだったりは付けていなかったので、俺の顔は覚えられている可能性が高い。となると聖女2人に何かしら言われる可能性もあるわけで、そんなことがあれば絶対に他の生徒からの追及は避けられないだろう。


(いやいや、落ち着け俺。あの聖女たちだぞ? 昨日のことなんてもう覚えてない可能性だってあるし、仮に覚えてたとしても、普段は教室で空気になっている俺みたいなやつに話しかけてくるわけがない。自意識過剰になり過ぎだ)


 俺は変に意識しすぎないよう、自分の中で「聖女たちは俺に話しかけてくるはずがない」と決めつけ、何とか落ち着きを取り戻す。変に自意識過剰になって、いざ学校に行って何もありませんでしたとなれば、俺はただの恥ずかしい奴だ。そんなことにはなりたくない。


 学校も目前になり、辺りには他の生徒たちも多数見られるようになってきた。俺は他の生徒たちに紛れ、昇降口へと入り、自分の教室を目指す。

 教室が近づくにつれて、段々と人の数が増えてくるが、これは同じクラスにいる聖女目的で集まってきた人たちだろう。普段から同じような光景が見られるため、特段変なことではない。‥‥いつもよりちょっと人が多い気がするけど。


「なんか‥‥いつもより人多くね?」

「聖女様たちが人探ししてるんだとよ。昨日トラブルに巻き込まれたところを、同じクラスの人間に助けてもらったらしくてさ。そいつを一目見ようと集まってるみたいだぜ」


 近くから聞こえてきた会話に、俺は足が止まり、一気に背筋が凍るのを感じる。

(聖女たちが人探し‥‥? 昨日助けてもらった‥‥?)

 聞こえてきた単語が頭の中でぐるぐると回り、それと一緒に冷や汗がダラダラと流れてくる。

 え、なんで? なんでそこまで情報回ってるの? 聖女たちは普段、他の生徒と絡むことはないから、噂が出回るなんてことないのに。


(どうかバレませんように‥‥‥‥)


 既にだいぶ帰りたくなっているが、ここまで来て家に帰るなんてことはできない。俺は、できるだけ存在感を消し、止まっていた足をゆっくりと動かし教室へと入る。大丈夫、普段から空気みたいな存在感の俺だ。他の人間にバレるなんてことはないはずだ。


「よっ。なんか面白いことになってんな」


 自分の席に着いたタイミングで声をかけられ、俺は思わずビクッと肩を揺らす。


「なんだ透真か。びっくりさせないでくれよ」

「ちょっと声をかけただけでお前がビビり過ぎなだけだろ」


 そういってケラケラと笑うのは、高校で知り合った友人である横川よこがわ透真とうまだ。透真は端正な顔立ちと明かるい性格でクラスの人気者兼ムードメーカーといった存在で、俺みたいな人間にもこうして気さくに話しかけてくる。


「‥‥で、面白いことって具体的にどんな?」

「うちのクラスの聖女たちが人探しをしてるって話だよ。昨日、しつこいナンパから助けてもらったらしいが、それがどうやらこのクラスの人間らしくてな。聖女たちが普段は全く話しかけることがないクラスメイトに話しかけたせいで、急速に噂が広まっていってな。こうして人だかりができてるわけだ」


 いろんな人と交流のある透真は、こうした噂話にめっぽう強い。だから敢えて何も知らないふりをして具体的なことを聞いてみたのだが、おおむねさっき聞いた話のとおりみたいだ。新しい情報としては、聖女2人がクラスメイトに話しかけているという点だ。


「にしても、なかなかに勇気あるよなぁそいつ。本当にうちのクラスなら、こうなることくらいわかってただろうに。気の毒になるぜ」

「‥‥だね」


 あーあー! 耳が痛いよ本当に! 俺だってこうなることは分かってたよ! けどさすがに見捨てるわけにはいかないじゃん?!


 ‥‥なんて口に出せるわけもなく、俺は適当に相槌を返しておく。そして、「お願いだから見つかりませんように」と心の中で唱えて、俺は机に突っ伏した。こうすれば顔を見られることもないだろう。


「興味なしって感じですかい。面白くないやつだなお前‥‥っとおい灰斗。顔上げろ」

「ん? なんだよ‥‥って、え?」


 透真の声に顔を上げると、俺は突然視界に映り込んできた女子の顔に思わず硬直する。


(え‥‥? 黒聖女‥‥? なんで‥‥? てかまつ毛なっが‥‥肌白すぎ。すごく綺麗な二重ですね‥‥え、なんで?)


 あまりにもいきなりすぎる出来事に俺は思考がショートする。なんで無言でこっち見つめてきてるの? 怖い怖い‥‥俺の顔になにかついてる?


「見つけた‥‥あなた、昨日私たちを助けてくださった方ですよね?」

「え‥‥?」


 はい、さらば俺の平穏な学生生活よ

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