『仙台さんのキラキラ』from「週に一度クラスメイトを買う話」
私は、五千円をクラスメイトに渡している。
正確に言うと、クラスメイトは仙台さんで、私はただのクラスメイトでしかない彼女に五千円を渡して、彼女の時間を買っている。
放課後、私の部屋で。
「宮城、今日の命令は?」
私が背もたれにしているベッドの上から、仙台さんの単調な声が降ってくる。
学校ではそつなくなんでもこなし、清楚を自称している彼女だけれど、私の家では違う。彼女はこの部屋にきてからずっと、私のベッドにだらしなく寝転がって漫画を読んでいる。
「宮城、私の声聞こえてる?」
「聞こえてるけど、返事しなきゃいけないわけじゃないから」
振り向かずに答える。
命令はまだ決めていない。
だから、聞かれても困るし、むかつく。
私が仙台さんに五千円を払うのは、彼女に命令をするためだ。でも、命令するタイミングを決めるのは私で、仙台さんじゃない。
「返事しないと、聞こえてるかわかんないじゃん」
仙台さんの声が聞こえてくる。
命令するタイミングに口を出してくることにも文句があるけれど、それ以上に仙台さんが読んでいる本に文句がある。
今日、五巻の発売日が一ヶ月以上先になると発表された漫画。
仙台さんはその漫画の二巻を読んでいる。
この部屋には本がいっぱいあるのに、できれば忘れていたかったことを思い出させるような漫画を選んで読んでいることに問題がある。
私は振り向いて、仙台さんの手から漫画を取り上げる。
「命令決まった?」
漫画を奪われたのに、仙台さんがなにも気にしていないように言う。
「仙台さん、うるさい。黙ってて」
「じゃあ、その漫画の映画見た?」
私が言った、黙ってて、は命令じゃないから、いうことをきかなければならない言葉ではないが、黙らずに話しかけてくるのは面白くない。
「喋っていいって言ってない」
冷たく言うと「宮城」とまた呼ばれ、私はベッドの上で寝転がっている仙台さんの手首を摑んだ。
「……仙台さん。爪、なんかついてる」
彼女が漫画を読み始めてすぐに気がついたけれど、指摘するほどのこともなかったから聞かずにおいたことを口にする。
「映画の話は?」
「しない」
映画は見ていない。
と言うよりも、まだ始まっていないし、映画化が決まった漫画は彼女が読んでいた漫画じゃない。
仙台さんはいつも適当だ。もしかしたら、映画化が決まったのはほかの漫画だと突っ込んでほしいのかもしれないが、わざわざそんなことをしてあげるつもりはない。
「まあ、しなくてもいいけど。で、爪の話だっけ?」
「そう。これなに?」
キラキラしたシールのようなもの。
正しく言い表すなら、それはネイルというべきもので、星のようなものが爪にいくつかくっついている。
私は、目立たない色のマニキュアが塗られた仙台さんの爪は見たことがあるけれど、今日のような爪は見たことがない。
「ここにくる前に、ネイルの練習したいって羽美奈に言われて実験台になった結果」
仙台さんが体を起こして爪を見せてきて、私はベッドに腰掛けた。
「こういうのするのって、初めて?」
「ネイルのこと?」
「そう」
仙台さんの指を引っ張る。
面白くない。
私はネイルの練習をするようなグループに属していないし、仙台さんとは同じクラスだけれど学校で交わることがない。
彼女は、学校で嫌でも目に入る人たちの一人だ。
だから、キラキラは私と仙台さんの領域が違うことを象徴するアイテムのように思えて、気分が悪い。学校ではそんなものだと思えるものも、この部屋に持ち込まれると私の領域を奪うものに見えてくる。
「ネイルなら羽美奈に何回かされたことあるけど、なんで?」
「なんででもいいじゃん」
私は、キラキラした星をぎゅっと押す。
「宮城、痛い」
ここにいる仙台さんは、学校での仙台さんとは違う。
それでも学校を完全に切り離してしまうことはできないから、学校の一部を身に纏った彼女がここにいることは仕方がない。でも、面白くないという気持ちを消すことができない。
「仙台さん」
「なに?」
――このキラキラを剥がしてよ。
そんなことを言いたくなって、彼女の手を離す。
仙台さんの爪になにかついているなんてことは、私には関係がないことだし、わざわざ口を出すようなことじゃない。
「宮城、人の名前を呼んだならなにか言いなよ」
呆れたような声で言われて、私は「呼んでない」と答える。
仙台さんから奪った漫画を開いて、読むわけでもなくページをめくる。
「まあ、いいけど。用がないなら、その漫画読んでる途中だし返して」
これで話は終わりだと言わんばかりに仙台さんが手を伸ばしてくるから、私は立ち上がって、漫画を奪い返される前に本棚にしまう。
「そういうの、やめなよ」
不満そうな声が聞こえてきて、彼女を見る。
「ここは私の部屋だからいいの」
「そんなことしてるくらいなら、命令タイムにすれば。足舐めてあげようか?」
仙台さんがベッドから下り、にこりと笑って床に座る。
本当にむかつく。
足を舐めさせるかどうかは私が決める。
仙台さんに決める権利はない。
この部屋で命令できるのは私だけだ。
「舐めなくていいから、仙台さんこれ脱いで」
私は今までしたことのない命令をして、床に座っている仙台さんの足を軽く蹴る。
「これって靴下?」
「それ以外にある?」
「……なにするつもり?」
「命令だから黙ってやって」
私の声に仙台さんがなにかを言いかけて、やめる。そして、ゆっくりとソックスを脱いだ。
「仙台さん、動かないでよ」
私はボールペンを持ってきて床へ座り、彼女の足の甲にペンを走らせる。
「宮城、ちょっと。なんなのこれ」
「落書き」
私が書いた落書きは“キラキラ”という文字で、その隣に星の絵も付け加える。
「それは見たらわかる。こんなの書くなんて、馬鹿じゃないのってこと。誰かに見られたら困るんだけど」
「ボールペンだし、洗えばすぐ消えるでしょ。消えなくてもソックスはいてれば見えないし」
油性マジックで書いたのなら、文句を言われても仕方がない。でも、私が書いた落書きは隠すことができるものだし、すぐに消すこともできるものだ。
「本当に宮城ってくだらないことしかしないよね」
そう言うと、仙台さんが呆れたようにため息をついた。
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