第2話  あっ!つべで見た人だ!

 幸いなことに、左遷されてから三日は何も起きなかった。

 なので、俺は過労で疲れた身体を放り出し、泥のように眠り続けた。

 8時間以上寝れたのはおそらく5年振りくらいだ。


 しかし、四日目の今日にとうとう仕事が舞い込んでくる。

 任された仕事は地上に出てきた魔物の駆除。


 そして今、俺は慣れない左手で刀を振るい、ダンジョンから出てきてしまった魔物を切り落とした所だ。


「あんれまぁーくまさんが真っ二つだーやっぱりお兄さん強いんだねー」


 半分ボケてしまっているのか、逃げるように言っても残り続けていたおじいさんが俺の後ろで関心している。


 まったく……俺が守りながら戦うのが得意分野だったから良かったものの。


「ほら帰りますよおじいちゃん。……ところでやっぱりって?」


 俺はおじいさんの方に向き直り、気になった一言を問う。


「うん、だって兄ちゃん昼間のテービーに出てたもん。テービーに出てる人が弱いわけなかー」


 テービー……テレビの事だよな、たぶん。


 俺の予想に反し、おじいさんは尻ポケットからスマホを取り出しこちらに見せてきた。


 テレビじゃなくてスマホじゃないか……しかも普通に使いこなしてるし。


「えーっと……?」


 スマホには真っ黒なサムネイルに「重大発表」というタイトルの動画が写っている。


 投稿サイトは世界最大手である「Hotube」略してホツベもしくはツベ。


 ……そして、その動画を投稿したチャンネルは「雲上愛羽くもかみ いとはチャンネル」だった。


 雲上……俺でも知ってるくらいの有名人だな。


 日本で10番目に「特級」探索者に認定された人物。

 配信活動をしているが、何処の事務所にも所属していない。

 その為身軽で、全国のダンジョンを攻略しつつ怪我人の治療などに励んでいるとか。


 チャンネル登録者数は……250万人か。

 これが多い方ってのは俺でも分かるぞ。


「はいどうもーチャンネルをご覧の皆様こんにちは! 雲上愛羽くもかみ いとはです!」


 動画が再生されて、黒と黄色のボーダーというかなり警告的な髪色に、背中に白い翼が生えた少女が映し出された。


 背景は真っ白で、部屋の自室でそのまま撮りましたといった感じか。


「本日は皆さんに重大なお知らせが有ります」


 冒頭の挨拶とは一転して、神妙な様子の雲上。


「私は昔から、配信活動を行ってきました。登録者数が一気に伸びたのは、私が特級に認定された半年前です。昔から応援してくれたファンの皆さんにも最近知っていただいた皆さんにも、感謝の言葉しかありません」


〈どした? どした?〉

〈え、なんかマジで重大発表の雰囲気じゃない?〉


 動画の横で、コメントが上から下に流れているのが見えた。

 どうやらこの動画は生配信のアーカイブだったようだ。


「今まで雲上愛羽をありがとうございました。このチャンネルは今日で閉鎖します」


〈!?〉

〈そんな!?〉

〈えーもう雲上ちゃんが見られないなんて寂しい……〉


「あっ、私の姿は見られますよ? これから別のグループを作るんで」


〈!?!?〉

〈え? どういう意味?〉


 雲上の衝撃発言連発に混乱し、速度を増していコメント達。


 いやぁ、推しが居るとこういう時大変だよな。

 ……俺は忙しすぎてそういうのを作る時間も余裕も無かったけど。


「配信の度に話してるので知ってる人も多いと思いますけど。そもそも私が探索者になったのって、昔の恩人と一緒に働きたかったからなんですよねー。それで今日、視聴者さんからの情報提供でやっっっとその人を見つけられたんですよ」


〈!?!?!?〉

〈おーおめでとう〉

〈雲上ガチ恋厨爆死www〉


 普通の祝福から煽り厨までコメントし、どんどん荒れていくコメント欄。


 いやしかし、その「憧れの人」とやらは大変だな。

 これから相当な騒動になるだろうし。


 なんて、完全に他人事で配信を見ていたその時だった。


「ということで、明日からこの人とグループを組みます!」


 雲上は心底嬉しそうな顔でノートパソコンを操作し、配信画面にある画像を写す。


〈誰だこいつ〉

〈知らん〉

〈誰それ〉


 画像には一枚の顔写真と数行の

パーソナルデータ。

 千擁四郎せんだ しろう26歳、六級探索者。

 職業「侍大将」。

 所属、親切探索者ギルド。


 ……どこからどう見ても俺だった。


「…………は?」


 いや待て、憧れの人ってどういうことだ。

 この子と個人的な交流をした覚えなんてないのだが。


「千擁せんぱーい! 明日お迎えにあがりますからね!!!」

「なんだって?」


 俺は今日この時程世情に疎いのを後悔した事は無い。明日……つまり今日彼女がやって来るという追い討ちを喰らって。


 俺は急いで自分のスマホを取り出し、何ヶ月か振りにトゥイッターを起動すると……


「雲上愛羽」

「重大発表」

「チャンネル閉鎖」

「千擁四郎」


 トレンドに上がっている俺の実名。

 既に凄まじい騒動に巻き込まれているという事は流石の俺でも分かる。


「ほらねー? お兄さん有名人でしょー?」

「あ、ええ……なんかそうなっちゃったみたいですね……?」


 混乱する俺をよそに、呑気な様子のおじいさん。俺は声をかけられたお陰で幾分か冷静さを取り戻し……たのもつかの間。


 目の前が少し暗くなり、自分達が影に覆われたのに気づいた。

 そしてその影の形は、人型。


「宣言通りお迎えに来ましたよ、先輩♡」


 恐る恐る空を見上げると……

 雲上愛羽が背中に生えた四対の翼をはためかせ、空を飛んでいた。

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