第16話
どこかに移動しようかと思ったけど、今日の遊園地は、トイレですら三十分待ちの大渋滞だ。二人でこっそり入るなんて無理。というか人目につかない露骨な場所は、カップル達のたまり場になってたりしそうで、立ち寄りたくない。私は心の中でウガツに話し掛け、相談する。
——どうすればいい?
——ふふ、自分で気付けるなんて。リカも魔法少女として成長してきたというか、一皮むけたというか。
——ありがとう、ウガツ。私もウガツの肌、あとで一皮剥いてあげるね
——物理で剥こうとするのやめて! あしち綿だけの存在になっちゃう!
ウガツを軽く恫喝しつつ、手段を考える。とはいえ、わたしはこれしかないという案があるし、ウガツもきっとそれを提案してくると思う。
三回目ともなると馴れてきている。私はポケットからスマホを取り出し、その1ミリも可愛くないゲテモノストラップをさなに見せる。目の高さにぶらーんとぶら下げたまま、勢いで言いきった。
「私、魔法少女なんだ」
「あっ……うんうん、うん。いいよ、大丈夫。あたし、さなちゃんがそういうのでも気にしないし」
そういうのってどういうのかな。魔法少女だと告げられた時の反応がバリエーションが豊かですごいな。私は目の前にぶら下げたウガツを指で弾いた。
「いたっ!? ちょっと! やめなさいよ!」
「え!? 今これが喋ったの!?」
「そう。なんでだと思う?」
「……魔法、少女だから?」
飲み込みが早いさなの言葉を聞いて、私は微笑んだ。
「行こう。多分、この園内にハートに冒されている建物がある」
ベンチから立ち上がり、今度は私がさなの手を引く。不穏な気配を探して、私達は人混みの中を歩いた。まさか私達がみんなと別の目的を持って園内を散策しているとは誰も思わないだろう。それくらい、私達はこの空間に馴染んでいる自信があった。
「ハートって何?」
「うぅん、私もまだ上手く説明できないんだけど、建物に宿る感情のことなんだ。建物に心があるっていうのが信じられないかもしれないけど、さ」
早口かつ語尾がどんどん小さくなる。意味の分からないことを言ってると思われているだろう。不安になってさなを見ると、彼女は私の言うことを精一杯理解しようとくれているようだった。
「マイナスの心なんだ、ハートって。私はそれを解決してあげるって感じかな」
「ちなみに、さながリカに同行するのは三回目。最初は駅、次は体育祭の時の体育館ね」
「へ? そ、そんなの、知らないよ?」
「あー、うん……」
ウガツめ……また余計なことを。記憶を消す時にひと悶着起こりそうだから黙ってたのに。
「……変身、しないの?」
「え?」
「魔法少女って言ったらやっぱり変身じゃん!」
「あー……そうなんだけど、人目が多いところでそれをやるのは、さすがに」
「あぁ、それもそっか。ふふ、あたしだけが知ってるの? リカちゃんが魔法少女だって」
園内マップを確認しながら、ハートを抱えていそうな建物がある場所を探す。多分、さっきアクセサリーやぬいぐるみを見た場所は違う。それならさっき店内に居た時に気付けたはずだ。そこを除外して一番近い場所を目指すことにした。
「そうだね。私は、魔法少女だなんて人に知られたくないし」
「どうして?」
「魔法少女だって言われて、どう思った?」
「リカちゃんヤバいって思った」
「だからだよ」
こんなにすぐに受け入れてくれたさなですら初めは「この人ヤバい」って思うのに、普通の人が聞かされたらドン引きだ。私だってドン引きするし。
「そっかぁ。あたしらだけの秘密、なんだ?」
「……嬉しそうだね」
「そりゃね。でも、できれば、あたしの記憶はもう消さないでほしいな」
「うっ……」
彼女の言うことは尤もだ。というか、記憶を消されたがる人は普通居ない。居たとしたら、その人はきっと、恥ずかしい失敗をやらかしたとか、知りたくないことを知ってしまったとか、そんな事情を抱えているはず。
「大体、どうしてあたしの記憶を消すの? 過去のあたしって、もしかしてそれで嫌なこと言ったりした?」
「まさか。さなはいつでも私の言葉を信じてくれた。だけど、魔法少女の力を行使するためには、私のことを魔法少女だって知らない人に教えないと駄目なんだよ」
「……つまり、次回の準備のために、リカちゃんは私の記憶を最後にリセットしてるってことなの?」
「うん」
「そっかぁ。リカちゃんのためになれるなら、仕方ないのかなぁ」
さなはぽつりとそう零して、私は返事をすることができなかった。「そうそう、仕方ないんだよ」って言うのは簡単だけど、さすがに人としてどうかと思ったから、返す言葉が見つからなかった。
それから私達は園内をぐるっと一周した。だけど、それらしき場所は見つからず、ウガツですら「反応からすると、この敷地内だとは思うんだけど……」と弱っていた。
「リカちゃんは、一度行った場所なら気付けたと思う、って言ってたよね?」
「うん。絶対じゃないんだけど。どうして?」
「あたしら、別行動取る前に結構アトラクション乗ったよね」
「そうだね。お土産用のお店も全部回ったし……」
「ちょっとマップ見せてくれる?」
私はさなにそれを手渡す。もしかして、何か思い付いたんだろうか。期待を込めてさなを見つめていると、彼女は衝撃的な言葉を口にした。
「あたしらって今どこにいるの?」
「そこから……!? えぇと、ここだよ、この辺」
「あ、ここかぁ。この辺かと思ったぁ」
さなはメリーゴーランドを指す。そこは入口の近くだから全然違う……まぁ、地図やこういう施設のマップを見るのが苦手な子っているよね。そんな欠点すら可愛く見えるんだから、可愛い子って得だ。
「さっきあたしらが座ってたベンチは?」
「それは……この辺かな?」
「あー……分かりたくないこと分かっちゃったかも」
「え?」
さなは急に青ざめた顔をして、握っていたマップをくしゃっと握った。怒っているというよりは、嫌な予感に体を強張らせているように見える。
「あのさ、建物の声って、近付けば近付くほど聞こえやすくなったりしない?」
「……するけど?」
「うわぁ~……」
一体何だと言うんだろう。さなは両手で顔を覆って、細く長い溜息をついている。本当に嫌なことがあったときの反応だ。私はさなのことをよく知らないけど、ただならぬ様子なのは流石に分かる。
彼女の手から優しくマップを取り戻すと、ベンチがあった場所の周辺を確認する。そして、察してしまった。
「もしかして、お化け屋敷……?」
「……あたしはそう思う」
ほとんどのアトラクションを制覇した私達だったけど、お化け屋敷だけは例外だ。グループの子が嫌がったし、私も子供騙しに付き合う時間がもったいないと思ったから、嫌がる子の気持ちを優先した。あの時、さなは何も言ってなかったけど、この様子だとお化け屋敷を一番嫌がっていたのは、他でもないさなだ。
「さな」
「何……?」
「私が絶対守るから」
「イヤ。お化け屋敷だけは無理」
魔法少女ドカドカバキン、完。そんなフレーズが頭を過ぎる。だけど、さなを絶対に連れて行かないと。解決できたら、またどこかにワープすることになるんだろうし。その時にさなが、さなだけは居ないと駄目だ。ウガツはもういい、どうでも。
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