第二十二話 守るべきもの
僕と楓音に仲の良い友達はいない。
なにも孤高を気取っているのではなく、楓音が記憶を失ったことが大きな原因だ。以前の楓音はクラスメイトともなんとなく仲良くしていたが、現在の楓音は余り仲良くしようとしない。それどころか、関わろうともしない。
理由は主に二つ。
中学生が子供染みていて面倒だからということ。
もう一つが本命で、実は楓音は勉強が苦手だ。
いや、苦手というよりも全部忘れてしまったというのが正しい。
記憶と共に勉学も消えていた。では高校生の記憶があるのでの高校の勉強は出来るのかと言うと、それはNOだ。基礎なしに高校の勉強ができるはずがない。
だから学校が終わるとすぐに家に帰り、僕が教鞭をとって楓音に勉強を教えているというのが僕らの日常だ。受験もあるわけで、なるべく同じクラスになりたい。
楓音も頑張るのだが、この一年でやっと基礎が固まり何でも応用ができるようになって来たが、もう時間があまりない。
ダンジョン攻略と受験。この二つを両立するためには他人と関わっている暇がなかったのだ。
その楓音が唯一友達と認めているのがハンドルネーム、オレンジサン。僕達はみかんと呼んでいて、身バレしてしまったリア友でもある視聴者だ。かなり贔屓になってしまっているが、視聴者のコメントでオレンジサンがあれば楓音は必ず取り上げる。みかんは楓音の中では唯一無二の友達になっている。そのみかんが『私知ってます』とスパチャでコメントをくれのだ。
「みかーーん! みかーん、みかんみっかん。みーかーん!」
楓音は何度も名前を連呼して喜んでいる。
「みかん。大好き」
とっておきの笑顔まで画面越しに伝える始末。
僕は返って冷静になり、「今から連絡先を書いてメール送るからよろしくね」と伝えると了承が貰えた。
「みなさん、今日はありがとう。また配信しますので、よろしくお願いします」
そう言って一礼し、配信を切る。
横では興奮した楓音が「みかんは神か」と両手を上げていた。
「最高の視聴者だね」
「何言ってんの。お友達でしょ。大切なリア友なんだから」
みかんに対する楓音の評価は留まることを知らない。
僕はみかん、本名は新田さんから電話番号が返信で送られてきたので、早速電話を掛ける。
ワンコールで出てくれた。
スタンバってたからだろうけど、あまりの速さに驚く。楓音が話したがっているのでハンズフリーにして三脚に固定する。
「みかーん! ありがとう!」
第一声は楓音だった。
『楓ちゃん? 楓音ちゃんの方がいいのかな? お久しぶりです』
「久しぶりじゃないよー。いっつも見に来てくれてるじゃん。私はいつも会ってる気分だよ」
『そうなんだ。嬉しい。また話せて嬉しいです』
僕は遠慮して新田さんの連絡先は聞いてなかったけど、楓音のためにも頻繁に連絡してもいいかなと反省する。
「新田さん、久しぶり。連絡先まで教えて貰っちゃってありがとう。僕達はいいんだけど、新田さんは迷惑じゃなかった?」
もしかしたら、リアルでの接触は嫌がられる可能性もある。特に新田さんはなにかと大変そうだったから、その辺りは気を使いたい。
『いえ、迷惑だなんて。電話出来て嬉しい気持ちしかありません』
「そっか良かった。もしよかったら時々電話してもいい?」
『えっ? ええっー!
なんかめっちゃ早口になっているが、嫌がられなくてよかった。楓音も喜ぶだろうと思ったが、何故か少しほっぺを膨らましている楓音。
「もう! お兄ちゃんばっかり! 私も話したいの!」
なんか年相応の楓音が見れてほっこりする。
「みかん。ありがとう。電話に出てくれて。あっ、新田さんの方がいい?」
『みかんがいいです。みかんって呼んでください。お二人にそう呼ばれると嬉しいんです』
「やったー。ありがと、みかん。また会いたいね」
『はい。でもまだ駄目です。私変わりますから。そうしたら必ず会いにいきます』
「うんうん。東京に行くけど会いにきて。うちに泊まってもいいからね。待ってる」
『楓音ちゃん。……私に勇気をくれてありがとう。二人の配信からはいつも力を貰ってます』
「みかん……」
楓音にとってみかんはやはり特別なんだ。
いい感じの雰囲気のところ申し訳ないが、このままでは話が進みそうにない。少し気が咎めるが横槍を入れさせてもらう。
「新田さん」
「みかん」
『みかんです』
「あ、ああ、そうだね、みかん」
何故か呼び名で二人から責められているような気がするが、ここは敢えて突っ込むまい。それより早く本題に入りたい。こういうところが男女の違いなんだろうなと時々思わされる。
「みかん。動画の件なんだけど」
『あ、そうですよね。えと、どこから配信が広まったかを聞きたいんですよね?』
「うん。ごめんねお手数かけるね」
『とんでもない。お役に立てて本望です。それはそうと、お二人はネットは見てないんですか? この一週間ずっと騒がれていますよ?』
「え? まじで?」
「うーん。見てなかったねー。まったりしてた」
『いいなー。二人でまったりできて』
「今度はみかんも一緒にまったりしよ?」
『はい! 楽しみにしてます』
ネット界隈では騒がれていたのか。あの動画が拡散されたんだったらわかるけど、でもいつも通りに「加工乙」とか言われて叩かれてお終いという方がじっくりくる。そうして今回は話題になっているんだ? 何が違うのだろうか。
「どこから拡散されたのか分かる? もしかして伴天連?」
『あ、ご存じなんですか?』
みかんがそういうと周りの温度が少し下がった気がした。楓音さん、冷気が漏れてますよ? ……眼鏡くん、君って奴は。
『そうなんです。その伴天連のファンがアップしたようなんです』
「伴天連のファン?」
心なしか気温が戻った気がする。
『ええ。伴天連さん達がライブ配信していたんですが、熱烈な伴天連ファンの方が、そのライブを録画していたようでして、断りもなくアップしたようなんです』
よかったな眼鏡。首の皮一枚繋がったよ。
『こちらが伴天連さんのチャンネルです』
伴天連のチャンネルのURLが送られてきたので、調べてみるとなんか凄いことになっていた。
――違うんです。俺達じゃないんです。約束通りアップしていません。うちのファンがアップしてしまったんです。すぐにやめるよう伝えましたが気付くのが遅くて、拡散されてしまいました。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
お怒りになるお気持ちはわかりますが、どうしようもなかったんです。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
なんかそんなメッセージが載せてあった。
少し不憫に思う。
楓音はと言うと、「ここに返事書けるの?」と聞いてくるので、コメントは書けると思うよと伝える。
「だいたいはわかったよ。ありがとうみかん」
『やっぱりあの動画はお二人なのですね』
「そうだよ」
『やっぱり凄いですね。楓音ちゃん、かっこよかったです』
「ふっふん。みかん、見直した?」
『はい! もっと好きになりました』
あまりにも純粋な賞賛に、楓音は顔を赤くしながら「わ、私の方がみかんが好きなんだからねっ!」と訳が分からない返答をしていた。
「しかし今回はどうして拡散したんだろう。嘘だと言われてもおかしくない映像なのに」
僕の自分に問いかけるような呟きに、みかんは返事をくれる。
『それは検証班の影響です』
「検証班?」
『はい。有名な三名の方が、その動画の信ぴょう性を検証したところ、加工や合成の確率は1%以下という結果を同時に出したんです。それが騒がれた原因だと思います』
流石は古参のみかんだ。僕達がもてはやされない理由も知ってくれている。これまでは検証すらされていなかったが、今回は偶然にも検証されたと? それはそれでしっくりこない。
「これは偶然なのか?」
『違うと思います。
「そ、そうなのか? の割には登録者は五万人くらいだったよ?」
『顔出しなしで五万人は多いですよ。それもダンジョンが出現したばかりの時から配信していたんですよ? みんながみんな何者なんだ? と話してましたから』
「顔出し効果か。……それだけでこんなに登録者が増えるものか?」
これまであまりに批判的なコメントが多かったので実感がわかない。
『
「そんなの当たり前じゃん」
『即答はシスコン過ぎて引きますが、でもそうなんです。楓音ちゃんは可愛いんです。勿論、
「楓音はわかるけど、それが理由なの?」
『もう、ほんとわかってない! 可愛らしい女の子が、すっごい魔法を使ってるんですよ? それも加工無しのリアルというお墨付きで。持て囃されない理由がないじゃないですか。これまで懐疑的だった人達まで楓ちゃんの言葉は真実だったのかもしれないと反省してるんですから!』
「おおう、そ、そうか。うんわかったみかん。うん、落ち着いて? 理解できたよ? うん。そっか、僕達認められたんだね?」
『もうっ! ここまで言ってどうして疑問形なんですか。楓音ちゃんも何か言ってあげてください』
当の楓音はと言うと、なにやらスマホを弄っていた。
「何してるの?」
「動画観てるの」
拡散された動画が映っていた。やっぱりカメレオンを倒した時の動画だった。
動画で見ると楓音は無表情に近い。目だけが怒りを物語っていた。思わず吸い込まれそうな金色の瞳だが、その淵が炎で彩られていて楓音から漏れ出す感情を表しているようだった。
いつものポニーテールでなく、黒く艶やかな長い髪が揺らめいている。いや少し紫がかった色に見える。
楓音が氷の柱を頭上に出現させたときは、髪が下から風を送られてきたかのようにふわりと持ち上がり、氷の柱が落ちるとともに髪もまっすぐになる。炎の柱でとどめを刺した時は、髪全体が強風にあおられたかのように後方へなびく。魔法にばかり気を取られていたので、こういう映像は新鮮だ。僕には楓音の髪が、感情を表現しているかのように変化する様が綺麗だと思った。炎の柱が消えると、楓音の髪もゆっくりと背中へ流れていく。気持ちを落ち着かせるかのように不自然にゆっくりと。
そして楓音がカメラの眼前にまで来ると、僕の心を覗き込むかのような美しい金を称えた瞳が僕を射止める。
一瞬呼吸を忘れそうになるほどの綺麗な透明で澄んだ瞳。
だが瞳の淵の揺らめく炎のような円環が、僕らを現実へ戻す。そこには力があり、思わずひれ伏したくなるような思いが湧く。
圧倒的な力の輝きの前で、僕は心の底から湧き上がってくる熱を持って、その瞳をと対峙する。
畏怖。
それは恐れであり、力と美しさに対する崇高な憧れでもあった。
僕は動画から目を離さず楓音に話しかける。
「楓音」
「なあに」
「バズった理由がわかった。うちの妹は世界で一番美しい」
「シスコン」
「そう言われてもいいと思えるくらい綺麗だね」
「……私よりそう思われるにふさわしい人がいるよって言いたいけど、綺麗な金目だね」
僕は映像から楓音へと視線を映し、改めてうちの可愛い妹を認識する。
記憶を失ってからの楓音を一言で言うと無垢だ。
いい意味でも悪い意味でも、言葉に対して真摯に向き合っている。殺意に対しては敏感だが悪意に対しては鈍い。すぐに言葉で騙されそうな危うさがある。
そんな楓音に悪意ある男が近づき、楓音の弱みに付け入った場合。
「ああ、これは不味いね」
「どういうこと?」
「いや、何でもない」
それはかなり危険だ。普段の楓音がこの金目と同一人物だと知れると、よからぬ虫が絶対にくる。ある種偶像とされるかもしれない。それくらいの危険性を僕は感じた。高校に入るまでは、楓音が金目であると絶対に肯定してはいけない。
ならどうする? 後半年の間だけだが、強引に否定しまくるしかない。折角増えた視聴者は減るかもしれないが、楓音の安全には変えられない。
「楓音。みかん。これって身バレしたと思う?」
「え? バッチリ映ってるよ?」
『そうですねぇ。お二人を知る私としては楓音ちゃんだと思えますが、知らない方からしたら半信半疑かもしれません。幸い寿音くんは声しか入ってませんし』
「だよな。髪も紫がかってるし、瞳は金だ。確かに楓音だけど、違うと言い張れる可能性もあるかもしれない」
「無理じゃない?」
『寿音くんは、否定する考えなんですか?』
「そうだ。検証班がこの画像は加工されてないって断言してるんだよ。なら黒髪で黒い瞳の楓音は見つかりにくいと思う。この映像があまりにも鮮烈すぎるからこその隠れ蓑になるかもしれない」
拡散された動画は、楓音の目の色が変わったモノだけ。その前のダンジョンに入る時のはアップされていなかった。
その後も僕らは意見を重ね、完全否定する方向で計画を練る。
その一つに、断腸の思いではあるが髪を切ることが挙げられた。楓音は髪を長くしていた。腰までとはいかないが背中から腰近くまである綺麗な髪だ。僕も同じように伸ばしているが、それは記憶をなくす前の楓音の頼みであったから。僕もここ五年近く髪を切らずに梳いて整えるだけにしていた。
この髪を切り、ウィッグにして配信時はウィッグで誤魔化し、普段は肩までの長さで過ごす。リアルでの身バレが最も怖いので、夏休み後に僕達だとわからなくする必要がある。髪はまた伸ばせばいいが、楓音がどう思うかが心配だ。僕は隠したくないので楓音には、「楓音の希望で二人とも伸ばしてたんだよ」と伝えている。
あと半年だが、それでも半年の間に問題が起こると祖父母に迷惑がかかる。そう言うと楓音は迷わず髪を切ると言い出した。
そうなるとは思っていたが、僕は何とも言えない気分だ。思い出って言うのは僕が思っていた以上に心に根差していた。以前の楓音の記憶を少しでも無くしたくない。今の楓音が僕の妹だと分かっているが、過去の楓音を失いたくない僕がいる。
自分には髪を切った方が判断としては正しいと言い聞かせていたが、実際に楓音の口から髪を切ると言われた時は悲しかった。
でも僕が守るべき妹は今の楓音だ。
次の日、僕達は髪を切った。
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