第十八話  空のあるダンジョン

 岩に囲まれた洞窟のような階段を降りきると、地下とは思えないほどの森林が眼下に広がっていた。

 振り返ると岩山が聳え立つ。僕達が通った階段は岩山の中腹にあったらしい。

 それに気温が高い。まだ朝なのに日中くらいの暑さがある。

 見上げると青い空があり澄んだ空気。とても地中とは思えない。


「ほんとに空がある。どこまで続いているんだろう」

「太陽まで。でも、ここはダンジョン。確か上空は50メートルくらいで天井に当たるよ。でも外の光は入ってくる。不思議だよね」


 周りを見渡すが、このダンジョンは広い。面積は今までの数倍はある。


「こんな広いところを二時間で攻略するの? 不可能な気がするけど?」

「普通に探索すると無理。でも裏技があるの。ここじゃ危ないから下まで降りてなるべく中央まで行こう」


 僕らは慎重に岩山を下り、森林へと踏み込む。

 魔物は気性が荒い。楓音が言うには元々の本能と悪魔の人殺しという性質が宿った結果、人を敵視していると未来で考えられていたそうだ。

 大きな鳥の鳴き声のようなものが至る所から聞こえる。

 カエルの鳴き声や動物の遠吠えまで聞こえてくる。


「混合ダンジョン。こういった広いダンジョンはいろんな種類の魔物がいるの。特に厄介なのは」


 空を見上げる楓音が眉を顰める。そして両手を耳に当て音を集めるように静かに集中している。


「まだわからないけど最悪の事態は免れたかも。でも空の怪鳥は厄介だな」

「怪鳥?」

「えと、恐竜って言うんだっけ? 翼竜って奴。ダンジョンは育てば育つほど過去の生き物が魔物になって出てくるの。どんどん巨大化してほんと厄介だよね」

「プテラノドンとかそんな翼竜がいるってこと?」

「ああー、図鑑で見る恐竜とは少し違うかな。なんて言うのかなもっとカッコイイっていうかな、もっと鷹とかみたいな鳥類っぽいよ。それに色や模様も図鑑みたいな土気色じゃないし、羽も羽毛もあって戦闘機みたいな少し足の長い鳥って感じかな」


 恐竜や考古学好きにはたまらなく魅力的な魔物なんだろうな。もしかして魔物が売れるようになるって言うのは、恐竜の事なのか? 今は無理か。動画にして誰かに捕獲依頼を出してもらってからかな。持って帰ったところで腐らすだけになちゃいそうだ。


「お姉ちゃん。行くよ。もっと真ん中に行かないと無駄になるから」


 先を急ぐ楓音に小走りでついていく。

 ダンジョンの特性として、入り口はダンジョン全体から見るといつも東にある。だから僕達は西に向かっている。つまり太陽を背にして走ってるってこと。進行方向は

楓音任せに突き進む。

 道中、昆虫や爬虫類の魔物が見えたがスルー。襲ってくる気配はなかった。


「成長したダンジョンの魔物は強いのはわかるよね」


 慎重に進みならもどこか余裕を感じる楓音に相槌を打つ。


「強くなるとどっしり構えてるのよね。こっちが攻撃しない限り戦闘にならないこともあるの」


「んー、こっちかな」と言いながら前に進む楓音。


「でもね、こういった強敵が多いダンジョンには特徴があるの」

「特徴?」

「魔物って普段は他の魔物に干渉しないように見えるでしょ? でもね、こういったところや魔物の巣なんかは、仲間が倒されると周辺の魔物が気付いて襲い掛かってくるの」

「こわっ。ここの魔物を一匹倒したら、周りの魔物も襲い掛かってくるってこと?」

「うん。だからまだ攻撃しないっでね」


 まじかぁ。でも残念なことに僕には攻撃手段なんてないんだけどね。

 言われてみれば魔物が襲ってくる気配はない。遠すぎて気付かれていないのもある。

 蜘蛛みたいな魔虫には気を付けてとも言われた。こっちに攻撃の意思が無くても、蜘蛛は糸を張り巡らせて罠にしていそうだ。 洞窟型じゃないダンジョンはそういう意味でも一気に難易度が上がるんだな。

 それにこの広い森林の中にどのくらいの魔物がいるか想像できない。今までは多くても三十~四十匹だ。とてもその程度とは思えないくらい広大だ。それに森では視界が悪い。不意打ちとか喰らったら死んじゃいそう。

 なのに平然と走る楓音の肝っ玉は何処まで大きくなっていくんだろう。


「お姉ちゃん、そろそろだよ」


 楓音が向かっていた先は開けた原っぱだった。そこだけぽっかり空いた空間で大きな池もあった。


「水場って川が主流なんだけど、こういった池や湖があったりするの。特にダンジョンの中央にはそう言ったところが多いから、ここも同じで良かったよ」


もうちょっと行こうかと言う楓音について池の近くまで歩いていく。


「多分大丈夫。池の中まではわからないけど見通しはいいし、近くに魔物はいないね。じゃ、さっそく始めるね」

「何を始めるの?」

「あ、説明いる?」

「是非」

「そっかあ。やりながら説明出来たらするね。方角は勘でいいかな」


 楓音は北を向くと両手をかざし何かを呟いている。


「(おそらくこのプライベートダンジョンに対する支配力は最大。ダンジョンに命じちゃダメ。あくまで魔物への従属命令。そのために一柱。北だから氷で。)」


 僕にはもう魔力の強さは感じられないが、何かが起こっているのはわかる。大きさの規模がわからないだけで魔力の存在はいつも感じている。でないと魔を祓えないから。ぶっちゃけるとわかならくても何となく祓えるんだけど、分かった方がより祓いやすい。


「立ちなさい! 氷の一柱!」


 距離にして200メートル先だろうか。細長い氷の柱が聳え立った。


「先ず、一本。お姉ちゃん、翼竜とか来るかもしれないから対応よろしくね。後三本立てるから」


 次は東を向き両手をかざす楓音。


「ほんとは五人でやる裏ワザなんだよね。今の私なら出来ると思うけど、流石にちょっとキツイ。上りなさい。第二柱、炎の柱!」


 同じく200メートル先の東側に、細い炎の柱が立ち上る。


「まだ、来てないか。よかった。後二本行くよ」


 次は南。楓音が南側に両手をかざし深呼吸をしている。


「イメージって難しいよね。見よう見真似なんだけど! 我が名によって命じる。第三の柱。風の道しるべ、そこにあれ!」


 細長い竜巻が起こり、南の方角でうねっている。

 僕は空を警戒するが魔物は来ていない。


「はぁ。つっかれる。最後行きます。我らが請い願う西の園。今こそ我らの前にその姿を現せ常世の門! 第四の柱。雷の門!」


 西側は小さな雷がバチバチと広範囲に迸る。


「仕上げ行きます! 大地の魔力。住まう魔物。我に従え」


 なんか嫌な感じがする。両腕からぽつぽつ鳥肌が立つ。き、気持ち悪い。なにをしようとしているんだ楓音。


「我が支配、今ここに満ち足れり。従属せよ。我が力に屈し支配を受け入れよ」


 楓音から嫌な感じの魔力が広がっていく。いや、地面からも湧き上がってくる。うをおー、これはキツイ。気分悪りぃぃーーっ! おわっつ、反射的に祓ってしまいそうだ。

 楓音を取り巻く魔力に彩が付き、北の青、東の赤、南の緑、西の黄が混ざり合い、なんともいえない吐気が僕を襲う。


「魔都の支配者。我が名は楓音。我に従ええぇぇーっ!」


 吐気は一層増し、僕は膝をつく。


「従えっ! 従えぇー! 我に従属せよっ!!」


 楓音が何度も何度も、命じる度に全身を怖気と不快感と吐気が襲う。だめだ、僕とは根本的に相いれない力。もう立つことも出来ない。もう止めてくれ楓音。


「はぁっ。はぁっ。つ、疲れた。……でも上手く言ったみたい。今はほとんどの魔物がひれ伏しているはず。でも、10分かな。10分でパレードが始まるよ」


 地面に寝っ転がり、気持ち悪さが去ったことに安堵する僕は声が出ない。


「今は休もう。どの道、二時間は戦わなくちゃいけないんだから」

「えっ? 終わったんじゃ、ないの?」


 なんとか声を出した僕に楓音が微笑む。


「言ったじゃん。二時間で攻略って。魔物を倒さないと攻略出来ないよ? あと少ししたら全部の魔物が一気に襲い掛かってくるから、ちゃんと休まないとね」

「はい?」


 どっかりと草の上に腰かけ、疲れ気味の楓音はうーんと伸びをする。


「プライベートダンジョンには二つの隠し要素があるの。一つはダンジョンの魔境化。もう一つが今やったダンジョンの支配。って言ってもダンジョンを支配したわけんじゃないんだけど、今回は支配力を魔物の敵愾心を煽るよう行使しただけなんだよねー。その結果、魔物が怒って暴れ出すんだよ。私に向かって」

「楓音に向かって?」

「うん。だから来るよ。支配が弱まったら私を殺しに」

「……」


 なんだそりゃ。確かに攻略をしに来た。魔物を叩くつもりで来た。だけどそんな無茶な方法しかなかったのか。


「無茶じゃないよ。コレが一番早い攻略方法。じゃないとヤンキー死ぬよ」

「……」


 この空き地を選んだのは、魔物が来たら分かり易くて対処しやすいようにするため。中央に来たのは効率よく魔物を誘き寄せるため。森の中では不意打ちが怖いが見通しのいいここなら遠距離から迎撃できるからだそうだ。

 ほんとダンジョンに関しては楓音に敵わない。

 仕方がない。僕に出来ることを僕はするとしようか。


「もうね。さっき楓音の事めっちゃ祓いたかったの。この気持ちを魔物にぶつけるよ」

「あははっ。頼りにしてるよお姉ちゃん」


 二人で笑いながらまったりしていると、森の方からこちらに近づいてくる音がする。





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