第27話 真田劇場

 続いて行われるのは、ファイナルシリーズ第2ステージ。


 これは、6戦行われ、先に4勝した方が勝利。勝利チームが日本一決定戦である、ジャパンシリーズに進出できる。

 ただし、シーズン1位のチームには1勝のアドバンテージがあるので、最初から福岡1勝、千葉0勝のビハインドから始まる。


 期間が、水曜日から、翌週の月曜日までという6日間のため、ちょうど中間テスト期間と重なることもあり、また出席日数の関係もあり、どの道応援には行けないので、私はまたも愛華と神戸を見送ることになる。


 そして、前回と同じように、その遠征前の放課後、千葉幕張スタジアムにて、島津監督、コーチ陣を集めた。愛華と神戸も同席する。


 当然、今回は、福岡パイレーツ対策だ。


 だが、

「大友選手対策として、内野5人シフトを敷きます」

 私が告げ、愛華がホワイトボードに書き込んでいく。


 当然、不満の声が漏れてきた。

「いくらなんでもそれは無茶だろ」

「大友を買いかぶりすぎです」

「大体、大友以外にも怖い奴はいるだろ」

 などなど。


 大友正樹。今シーズンの成績は、打率.325、20本塁打、90打点。

 アベレージヒッターとして、福岡パイレーツ打線を引っ張っていた。 


 現状、福岡パイレーツの打線の中でも最も警戒すべき人物だった。


 私が考えたのは、この大友対策として、通常のファースト、セカンド、ショート、サードに加え、レフトをサードとショートの間、というより少し前進させるというもの。レフトを実質的な内野手として扱う5人内野シフトだった。


 これは、

「大友選手の打球は、左中間方向が圧倒的に多いです」

 という、前回の大阪ドリームスの一二三対策に似た物だった。あちらは右中間、こちらは左中間。


 ただし、違うのは、あくまでも「内野」を強化するというもの。

 確かに今季は20本もホームランを打っているが、元々、大友選手は、スラッガーとうより、中距離バッターだ。


 そんなにポンポン長打が出る選手ではなく、長距離バッターの一二三選手と分けたのだ。


 不満は出たものの、これを何とか認めさせることには成功した。


 私は、他にも細々とした色々なことを、提案した。

 実質的には試合を見に行けないが、もちろん自宅からネットを通してウォッチする。

 その上で、ある程度、メンバーを固定し、交代選手も出来るだけ固定するように要請。もちろん、状況に応じて、島津監督には柔軟に動いてもらう。


 GMは、監督ではないので、試合に関する指揮権はないのだ。あくまでも「要請」に近い。


 そして、いよいよプレーオフのクライマックス、ファイナルシリーズ第2ステージが始まった。


 初戦から、プロ野球ファンの間では盛り上がっていた。

 ここ数年、常勝球団と化している、福岡パイレーツに「挑戦」する形で、福岡西鉄ドームに乗り込んだ、千葉ユニコーンズ。


 ネットの下馬評では、

―福岡の圧勝―

―千葉なんて相手にならん―

―JKのGM同士の注目決戦―

 などと、コメントが飛んでいた。


 共通するのは、いずれも「福岡が有利」ということだった。


 ところが。

 第1戦、第2戦を立て続けに千葉が勝利。エースの高坂、2番手の楠木がまたも活躍。打線も、待球作戦による四球での出塁が生きた。

 第1戦は、4-2。第2戦は3-1で千葉の勝利。

 いずれも強力な福岡打線を投手力で抑えていた。


 そして、第3戦。事件は起こる。

 終盤まで4-0と千葉がリード。この試合に勝てば、シーズン2位の千葉ユニコーンズが、一気に「逆大手」をかけることになるから、世間の注目度も高かった。

 言わば、「下剋上」的なファイナルシリーズになるのだ。


 試合は、地元のローカルテレビ局でも中継されていたから、私はテストの追い込み勉強も忘れて、中継に見入っていた。


「さあ、9回裏。ここを抑えれば、ユニコーンズは逆大手をかけることになります。マウンドに上がるのは、絶対的守護神、『幕張の最終防衛ライン』、真田将太だ!」

 実況アナウンサーが興奮気味に伝え、大歓声に迎えられ、真田がドームのマウンドに立つ。


 その雄姿が眩しく、私は彼なら難なくやってくれるだろう、と何の心配もしていなかった。何しろ、このプレーオフ、つまりポストシーズンで、彼は4戦連続でセーブを達成していたのだ。


 ところが。

「おっと。先頭バッターにいきなりフォアボール」

 先頭打者に四球を出していた。


 野球において、この「先頭打者に四球」というのは、流れが良くない。四球から得点されるというケースがよくあるのだ。一瞬、嫌な予感がしていた。


 さらに。

「真田、どうしたことか。連続四球を与える」

 次の打者にも四球を与え、ノーアウト1、2塁。


 そして、嫌な予感が確信に変わる。

「真田。4番、大友にヒットを打たれた!」

 大友シフトの裏をかかれる形で、一・二塁間を抜かれ、あっという間にノーアウト満塁となっていた。


 さらに、次のバッターは強力なスラッガー、外国人選手のサンタナ・ガーフィールドだった。今季、38本塁打を放っている。


 ここで最悪「敬遠」という選択肢もあっただろう。満塁で敬遠なら、当然1失点だが、それでも大量失点よりはマシという戦略だ。監督としては、満塁策を取ってもおかしくない。もちろん、マウンドにはコーチやら選手やらが集まったのだ。


 ところが、再開されると、彼らは勝負に出た。


 そして、5球目。

「打った! 大きい! ライト下がる!」

 打球が、大きく弧を描き、ライトの頭上を襲う。


 ライトが懸命に後退しながら打球を追うが。

「入った! ホームラン! 何とガーフィールドの満塁ホームラン!」

 

 福岡西鉄ドームのライトスタンドに集まった、パイレーツの旗を振った大観衆が揺れており、迅雷のような大歓声が響いていた。


 これで試合は、4-4。4点のセーフティリードが一気になくなり、試合は振り出しに戻っていた。


 当然、ここで真田は降板となった。

 ところが、試合というのは「勢い」、「流れ」がある。


 代わった投手、ベテランの仙石次郎は、その回を何とか抑えるも。

 次の回、延長10回裏。


 さらに代わった投手が、福岡打線に捕まる。言わば、彼もまた炎上したのだった。というより、いったん、福岡に行った「流れ」を戻せなかった。


「打球がライト線を抜ける。俊足の殿村が、還ってくる! サヨナラだ!」

 福岡打線の勢いが止まらず、結局、延長10回、4-5でサヨナラ負けを喫していた。


 当然、翌日のスポーツ新聞やネットでは、大炎上。

―やっぱり、真田は幕張の炎上王―

―最終防衛ラインが破られる―

―千葉、追い詰められた―

 と言った、否定的なコメントが溢れていた。


 さらに翌日の試合も、2-3と敗れ、これで福岡がアドバンテージを含んで3勝、千葉が2勝となる。優勢に進めていたはずが、逆に一気に大手をかけられる展開となっていた。


 続く第5戦をかろうじて、7-6という乱打戦を制し、3勝3敗のタイで迎えた、第6戦。ここで勝ったチームがジャパンシリーズに進出する。


 まさに運命の試合。

 私もまた、テレビ中継をかじりつくように見つめていた。


 試合は、投手戦になっており、終盤まで来て、3-2と千葉ユニコーンズが1点リード。

 迎えた最終回。

 

 マウンドには、またもあの男が上がる。

「幕張の最終防衛ライン、真田。今夜こそ抑えられるか」

 もはや実況の人もまた、活躍を怪しむような発言だった。


 その真田。

 私もまた注目していた。


 ところが。先頭打者に四球、続く打者には犠打を許し、1アウト2塁。

 早くも得点圏にランナーを背負ってしまう。


 当然、千葉ユニコーンズのファンたちは、ざわついた。

 つまり、第3戦の再現のような状況になっていたからだ。


(真田投手。大丈夫かな)

 私としても、速球と縦のスライダーが武器で、コントロールもあまり良くない、彼が心配だったが、かと言って、別の選手をクローザーに立てる余裕はないこともわかっている。


 しかもここで迎えるのが、福岡パイレーツが誇る3番、大友選手だった。

 当然、大友シフトを敷くユニコーンズだった。


 そして、次のバッターがガーフィールドということもあり、チームは大友を歩かせない。つまり敬遠せず、あえて勝負に出た。


 これは、戦略的には、「間違い」とも言い切れない。仮にこの大友を歩かせて、1アウト1、2塁にしても、ガーフィールドに3ランホームランを打たれたら、それこそサヨナラ負けになる。


 ハラハラ、ドキドキする展開というのは、ファンのみならず、フロント、球団関係者、もちろんGMである私も同様だった。


 そんな心配を余所に、真田選手は、いつもと変わらない、涼しい顔をしていたのが、印象的だった。


 あっさりと、大友選手をサードフライに打ち取り、続くガーフィールド選手にも果敢に勝負を挑み、速いストレートで空振り三振に切って取っていた。


「ゲームセット! ユニコーンズ、太平洋リーグ優勝! パイレーツを破り、ジャパンシリーズに進出!」

 マウンドに集まって、真田選手に抱き着く、大道寺選手。


 さらに全員がマウンドに集まってきた。


 やがて、島津監督がおもむろに立ち上がり、マウンドへ。

 島津監督が3度、宙に舞っていた。


 彼らは詰めかけたファンに一礼をした。

 千葉ユニコーンズ。シーズン2位からの下剋上を達成し、ついに太平洋リーグ優勝。


 ジャパンシリーズに進出。

 このことは、翌日のスポーツ新聞はじめ、ネット情報でも大きく拡散され、話題に上ったのだった。


 そして、

―さすが幕張の劇場王、真田―

―真田。天使か悪魔か―

―選手生命を賭けた、真田ナイト劇場、乙―

 ネット民たちは、この真田劇場に大いに盛り上がっていたのだった。

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