第10話 サードパーティー - Part 1
あれにしようか、やっぱりこれにしようか。あるいは思い切ってこっちの派手なものに……
姫宮さんとの外出を控えた私は、お姉ちゃんの部屋のクローゼットや棚にある服とアクセサリーを物色していた。
姉妹なんだから、よく似合う服装というのはある程度共通しているはず――だけど、いざ実際に試してみると何が良いのか悪いのかさっぱり分からない。私にもっとファッションだとか美容の素養があれば多少は迷わずに済んだかもしれない。
結局何も決断できないまま鏡と対面していると、視界の端に本来の部屋の主が映った。色々試させてほしいって断りを入れておいたから、やましいことは何も無いはず。でも他人の所有物をあたかも自分の所有物のように扱っていたのは事実。自分を省みると、途端に勢いが削がれる。
埒の明かない状況を打破するために、私は助言を求めた。
「ねぇ。服、どれにすればいいと思う」
驚きと呆れの混じった答えが返ってくる。
「まだ決まってなかったの? 迷うぐらいだったら、いつも通りの方が良いでしょ」
「いつも通りも考えたには考えたけど」
たまには印象を変えてみたいから、と言おうとして寸前で止めた。余計な事を考えられると困る。……いや、もう遅いか。
見るからに誤解を含んでいるであろう納得を示す相槌は、嫌な予感を裏付けした。
「あ、オッケーオッケー。なるほど。最初に気づくべきだった、ごめん」
「何が?」
「霞もそういう歳なんだな~、って」
「……はぁ。まあいいや」
私には相手の考えていることをそのまま読み取れる能力がない――きっと良くないことを考えているんだろうな、とは想像できるけど。
「なら、いつも通りで行きな? 霞と休みの日にまで会おうとする物好きさん、素の霞のことが一番好きに決まってるから」
「どうして言い切れるの」
私の懐疑を全身で受け止めるように、お姉ちゃんは純粋な誇りを胸に抱いて答える。
「だって、霞のお姉ちゃんがそうなんだからね?」
理解するまで時間が必要だった。まさか、このタイミングで冗談が飛んでくるとは予想もつかなくて――本当に冗談だったのかはさておき――困惑してしまった。
でも、おかげで決められた。やっぱり普段着ている服で行こう。ここで張り切っても、どうせ着こなせはしない。よくよく考えれば姉妹とはいえ体格が全然違うし。身長とか、あとはまぁ、色んなところとか。そんな当然のことも忘れていた。
「……わかった。その通りにする」
「うん。絶対そのほうが良さげだよ」
ひと呼吸置いたのち、もう一度私達は対面する。
「どうする、車で送ってこうか?」
「別にいい。向こうで待ち合わせしてるし、どうせ混んでるだろうし」
付け加えると、夏祭りは行きと帰りの移動も含めて思い出だから……っていうのは受け売りでしかないけど、車はなんだか味気ない。それに、気を遣わせてしまう。
「ふ~ん。じゃあ愛しい愛しいお姉様は一人寂しく待ってるとしようかな」
「ご自由に」
物色したもの全てをあるべき元の場所へと戻し、部屋を去る。
丁度廊下に出たときドアの向こう側から声が響いた。
「あの子によろしくねー! あと、お土産はいらないからねー!」
『あの子』が誰を指しているのか、なんて考えるまでもない。
なぜなら夏休みが始まる直前の日、姫宮さんに抱きつかれたところを見られたから。お姉ちゃんのことだし絶対に勘違いしている。特に私との関係について。
今度、姫宮さんは単なる友達だっていうことを言い聞かせよう。
とりあえず今は急がないと。時間には余裕持たせたいし。
8割の焦りと2割の期待を胸に、玄関のドアを開ける……
駅に着くと、まずうんざりするほどの群衆が目についた。
どんなに少なく見積もってもいつもの倍以上に膨れる人だかり。みんな、夏祭りを目指しているんだろう。制服だったりスーツだったりで色味の無い日常の景色とは違って、今日に限ってはあらゆる色彩が散りばめられている。熱気の溢れる構内に嫌気が差す一方で、視覚ではっきりと分かる非日常を楽しむ自分がいた。
どんなに良い言葉で表しても、待ち合わせをしている身分からすれば、これ以上に最悪な状況も珍しいんだけど。
はぁ。見つけられるかな……
……というのは杞憂で、実際はそこまで時間もかからずに合流出来た。こまめに連絡を取っていたからでもあるし、姫宮さんの方から声をかけてくれたからでもある。
そんなこんなを経て、私達は目的地へと向かった。
夏祭りの会場がこれまた駅前だからか、車両を降りた瞬間から祭りらしい活気を感じ取った。帰りたい。正直一人で来たなら駅前にあるドーナツを買ってすぐ家に戻っていたと思う。姫宮さんなら許してくれそうではある……
「……ねぇ」
意味の無い思考に揺られていると、珍しくはにかんだ表情をした姫宮さんに呼び止められる。
「ん?」
「……あんまり見つめないで、照れちゃうよ」
彼女は私からとっさに目を逸らした。そのまま顔すらも隠すように手で覆う。まるで見える景色から私だけを除外するように。
「ごめん。完全に無意識だった」
一応形だけ謝った。罪悪感が無いにしても、何もしないよりかはずっと良いはず。
終端のない雑踏のさなか、私にだけやっと聞こえるような声量で彼女は囁く。
「余計たち悪いじゃん……」
何を意味しているのかは聞かなかった。
普段の底知れない余裕を見せる姿とは違って、今の姫宮さんは――なんだか可愛らしい。そう思ってしまったから。
「早く。行くよ」
同時に手を強く引かれる感覚。
「もちろん」
彼女の指先から伝わる熱は、私を少しだけ懐かしい気分にさせた。
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